西遊記龍華伝

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百はな
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人参果と流行り病 弐

公開日時: 2023年2月10日(金) 20:12
文字数:5,717

源蔵三蔵 二十歳



「つまり、三蔵に呪いの元凶である妖を退治して欲しいって事か?」


沙悟浄はそう言って、鎮元仙人に尋ねた。


「率直に言ってしまえばそうです。我々は三蔵様を頼りにしているのは事実です。」


「へぇ、だから人参果を渡した訳ね。」


悟空は鎮元仙人に向かって冷たい言葉を放つ。


だから、人参果を渡した?


悟空の言葉を聞いた鎮元仙人はどこか焦っている様子だった。


「どう言う意味?」


俺はそう言って、悟空に尋ねた。


「簡単に言えば、人参果を渡すから妖怪を退治しに来て下さーいって事だろ。」


悟空の言葉を聞いて理解した。


あぁー、成る程。


だから、鎮元仙人は確信を突かれて焦ってるのか。


「わ、私めはそんな…っ。」


「分かり易くていーじゃねーか。ま、決めんのはコイツだけど。どうすんの?」


悟空は俺の事を指でさしながら尋ねて来た。


「詳しく話を聞いてからだなぁ。俺達は今、白虎嶺(ビャッコレイ)に向かってるんで。」


黒風(コクフウ)の情報で、白虎嶺に経文の気配が感じられたらしく俺達は白虎嶺に向かっている。


牛魔王や毘沙門天よりも早く白虎嶺に着かなければならない。


「え?白虎嶺と仰いました?」


俺の言葉を聞いた鎮元仙人は、驚きながら尋ねて来た。


「そうだけど…、え?」


「その流行り病が広がってるのが白虎嶺なんです。」


「白虎嶺って、そんなに大きい町なのか?」


「い、いえ、そこまで大きな町ではありませんが…。噂では妖怪が住み着いているらしいんです。」


鎮元仙人の言葉を聞いた悟空達の眉毛がピクッと動いた。


妖怪が住み着いてるって…。


まさか、牛魔王か?


いや、牛魔王が町なんかに住み着く可能性はない…か。


「もしかしたら、その妖が病の原因かと。」


白虎嶺にはやっぱり、何かありそうだな。


「まぁ、白虎嶺に行くついでに退治しても構わないですよ。」


俺がそう言うと、鎮元仙人はパァッと表情が明るくなった。


「ほ、本当ですか?!三蔵様?!」


「あ、あぁ…。白虎嶺に行くのは本当だし…。」


「流石です、三蔵様!!」


「空よりも広い心に感謝致します!!!」


鎮元仙人とその弟子達が騒ぎ始めた。


「本当にありがとうございます!!三蔵様!!」


「あ、あぁ…。」


俺は適当に相槌(アイズチ)を打った。


食事会が終わり鎮元仙人が、俺達が寝泊まりする部屋に案内した。


「我々が旅のご準備を致します!!準備ができ次第、お声を掛けますからごゆっくりして下さい。」


そう言って、鎮元仙人はパタパタと廊下を走って行った。


「はぁぁ…。何か大事になっちゃったな。」


俺は鎮元仙人を見送った後、大きな溜め息を吐いた。


「まぁ、それだけお前の事を頼りにしてんだろ?」


沙悟浄はそう言って、俺の肩を叩いた。


「俺は疲れたよー。早く寝たい。」


猪八戒は欠伸をしながら襖を開けた。


ガラッ。


部屋に入ると、布団が4人分既に準備されていた。


「とりあえず、今日の所は休むか。」


沙悟浄はそう言って布団の中に入った。


「俺は先に寝るぜー。」


「俺もそろそろ寝るよ。悟空は?」


猪八戒が布団に入るのを見届けた後、俺は窓際に座る悟空に声を掛けた。


「あ?俺は一服してから寝る。部屋の明かりは消して良いぜ。」


「そっか、分かった。」


俺はそう言って、部屋の明かりを消して布団に入った。


悟空の煙管の匂いが鼻に届いた。



孫悟空ー


煙管の煙と吐いた白い息が混じり合い、空に消えて行く。


冬の澄んだ空気は、夜空の星を煌びやかに輝かせた。


寝ている三蔵達に視線を向けると、静かな寝息を立てて眠っている。


哪吒(ナタク)達との戦いの最中、俺の中で覚えていない事がある。


俺はその事がずっと気掛かりになっていた。


どうして覚えていない?


頭に血が上った所までは覚えてる。


何がが引っかかる。


ブワッ。


冷たい風が急に吹き、目を瞑ると誰かが声を掛けて来た。


「よぉ、悟空。」


俺の声が聞こえて来た。


目を開けると、俺の目の前にいたのは、紅色の髪は少し長くなった襟足に真っ赤な目をした俺が座っていた。


「お、俺?」


「あぁ、お前は俺で俺はお前だ。」


何で、俺が?


妖の仕業なのか?


「言っとくけど、他の妖の仕業じゃねーよ。俺は美猿王だったお前。」


美猿王だった時の…俺?


「お前が記憶を無くしてた時は俺が出てやったからだ。」


「…。はっ?」


「俺様が出てあの石(セキ)とか言った金髪の男を転がしてやっただろうが。」


美猿王はそう言って、俺の煙管を奪い取り口に咥えた。


「お前の心の突っ掛かりを教えてやってんだろ?」


「じゃあ、あの時はお前が出て来たから記憶がないのか?」


「ご名答。あんな雑魚にやられてんじゃねーよ。」


そう言って、美猿王は煙を吐いた。


「何で、美猿王だった頃のお前が出てくんだよ?俺は俺だろ?」


「いや、お前は俺じゃねー。あの爺さんが俺を封じ込めたんだ。」


「何だ…って?」


爺さんが美猿王を封じ込めった?


「ハッ、自分の事なのに分かってねー感じだな。須菩提祖師(スボダイソシ)は俺を封じ込める為にお前に名前を付けた。今のお前はあの爺さんが俺を封じ込めたお陰で平和ボケしてるわけ。」


「名前を付けたからって、美猿王だった俺を封じ込めたって…。そ、そんな事が出来るのか?」


「出来きたから、今まで俺が出て来なかったんだろ。名前を付けると言う事は新しい命が生まれる。爺さんはお前に名前を付け、俺を封じ込めた。お前を人間のように育てたかったかららしいがな。」


「どうして、そんな事を知ってるんだ?爺さんと話したのか?」


爺さんが美猿王を封じ込める為に名前を付けた…?


悟空と言う名を付けて俺の中にいる美猿王を消そうとしたのか?


爺さんは、俺を普通の人間にしたかったのか…?


「あの爺さん、俺の中に入って来て怒鳴ってきやがったんだぜ?お前が悟空を悪い子にしたのかー!!って、それから、俺を出てこさせないように封印をして来たが、この間の戦いでその封印は破れたけど。」


ハッ、爺さんらしいな…。


「俺はお前を人間にはさせねーぞ。」


美猿王はそう言うと、俺の事を睨み付けた。


「今のお前じゃ、牛魔王に勝てねー。」


「牛魔王に勝てねぇって、俺が?お前に何が分かんだよ。」


俺はそう言って、美猿王を睨み付けた。


「今のお前は情けなくて見てらんねぇ。仲間いるお前はいつか、必ずそこを突かれる。そうなったお前は今の仲間を捨てれるのか。」


「そ、それは…。」


確かに、三蔵達の事を仲間として大事に思って来てるのは事実だ。


牛魔王や毘沙門天に三蔵達を使って、俺を潰そうとして来る可能性は高い。


俺が黙っていると、美猿王は俺の顎をクイッと持ち上げた。


「お前と俺は血よりも濃い物で繋がってんだ。俺の言う通りに動けば良い。」


「俺はお前の犬でも、家来でもねーよ。」


パシッ。


俺はそう言って、美猿王の手を払い除けた。


「お前は俺を呼ぶ、絶対に。それまでは大人しくお前の中で待っててやるよ。」


「ん…?悟空?」


三蔵が目を擦りながら俺に声を掛けて来た。


その瞬間、俺の目の前から美猿王のはいなくなり冷たい風が再び吹き込んだ。


「どうかしたの?」


三蔵は寝惚けたまま体を起こそうとしていた。


「何でもねーよ。」


「本当に?」


「あぁ。」


「なら、良いんだけど…。」



「俺も寝るからお前も寝ろ。」


「分かった。ふわぁぁあ…、おやすみー。」


「おやすみ。」


俺はそう言って、自分の布団に入った。



源蔵三蔵 二十歳


旅の準備が出来たのは翌日だった。


鎮元仙人はありったけの食料や、治療道具などが入った袋を何個か用意していてくれた。


俺達は朝方、五荘観の出入り口となる鳥居の前にいた。


「三蔵様、どうかご無理だけはなさらないで下さい。」


「まぁ、上手い事やりますよ。」


「お連れの方もどうかお気をつけて。三蔵様を宜しく頼みます。」


そう言って、鎮元仙人は悟空達に向かって頭を下げてた。


「ちゃんと、三蔵様をお守りしますよ。食料、ありがとうございます。」


「い、いえ!我々にはそれぐらいしか出来ませんので…。」


沙悟浄と鎮元仙人が話している中、悟空はどこかボーッとしていた。


「どうかした?」


俺が声を掛けると、悟空はハッとし目を逸らした。


「何でもねぇ。」


「?」


昨日の夜中から、悟空の様子がおかしいような…。


俺の気のせいなのかな?


「三蔵、そろそろ行くか?」


沙悟浄に不意に声を掛けられ、体がピクッと動いた。


「え、あ、あぁ!!そろそろ行こうか。それじゃ

あ、失礼します。」


「お気をつけて。」


俺達は鎮元仙人に見送られながら五荘観を後にし、万寿山を降りた。


山を降りた瞬間、悟空達に貼っていた妖気を消す札が剥がれ落ちた。


「ギリギリセーフだったな。」


「とりあえずは安心だな。1日伸びてたらやばかったな。食料は手に入ったし、当分は飯の心配はしなくて良さそうだな。」


「お、沙悟浄の飯が食えんのか!楽しみだなー。」


「おい、お前もたまにはやれよ。」


「俺が?不味いもんしかでねーよ?な、悟空。」


沙悟浄と話していた猪八戒が悟空に話し掛けた。


「お前が料理出来るとは思わねーけど。」


「あ、何か馬鹿にされた?俺。」


「じゃあ、沙悟浄より上手く作れんのか。」


「ゔ、そ、そう言われると…。」


普通に話してる。


やっぱり、俺の勘違いだったかな。


「猪八戒、この機会に料理を勉強したら?」


「えぇ…?三蔵まで言うの?」


俺達は再び歩きながら話をした。


悟空の様子がおかしい事に気付いていたのに、何もしなかった自分に後悔する日が来ると、この時は思ってもいなかった。


それからは妖怪と戦いながらの白虎嶺に向かう旅路が続いた。


幸いな事は食料がある事だった。


小さな町すらない旅路は、最悪なものでしかも季節が冬だった為、寒さに耐えながら日々を過ごした。



2ヶ月後ー


目の前に町が見えて来た。


「お、おい。あれが白虎嶺か?」


猪八戒はそう言って、目の前に広がる景色を指差した。


「黒風の助言通りならここは白虎嶺だよ。」


俺は黒風に書いて貰った地図を見ながら猪八戒の問いに応えた。


「あの大きい闘技場は何だ?」


沙悟浄はそう言って、大きな縁型の闘技場を見ていた。


それと同時に、強い妖気を白虎嶺全体から感じた。


「この妖気…、妖怪が住み着いてんのは間違いないねーようだな。」


妖気を察知した悟空は、町を睨みながら呟いた。


この妖気の強さは上級の妖だ。


「とりあえず町の中に入ってみるか。外からじゃ、中の状況は分からないし。」


「猪八戒の言う通りだな。」


猪八戒の言葉を聞いた後、地図を閉じ白虎嶺に足を

踏み入れた。



白虎嶺(ビャッコレイ)


白虎嶺に足を踏み入れた三蔵達は驚きを隠せなかった。


町と呼べない程の貧困さ、遺体の骨が何体か地面に転がっていた。


「これは…、町じゃねーな。」


猪八戒は町の光景を見ながら言葉を放った。


「呪いが流行ってるのは本当だったな。なぁ、悟空。人間を骨に出来る妖とか知ってるか?」


沙悟浄はそう言って、悟空に尋ねた。


「骨にする妖…ねぇ…。"がじゃどくろ"の仕業かもしんねーな。」


「"がしゃどくろ"?」


悟空の言葉を聞いた三蔵は妖の名前を呟いた。


「がしゃどくろは、戦死者や野垂れ死んだ者や埋葬されなかった死者達の頭蓋骨や怨念が集まって巨大な髑髏になった妖怪だって聞いた事があるな。」


「じゃあ、ソイツで決まりじゃん。」


「おい、まだ確証はねーだろ。」


「だって、悟空が言うならそうなんじゃないの?」


三蔵の言葉を聞いた悟空は少し黙った後、口を開いた。


「俺の情報がいつも正しい訳じゃねーぞ。自分の目でしっかり見て判断しろっ!!」


グシャ!!


悟空は素早い速さで如意棒を取り出し、三蔵の後ろにいたドロドロになった人間の頭を貫いた。


「え、え?何?!」


驚いた三蔵は後ろを振り返った。


後ろを振り向くと、骸骨になった人間やドロドロに

なった人間達が集まって来ていた。


数は数十体にも増えつつあった。


「に、人間なのか?!これ?」


戸惑いつつも猪八戒は紫洸を取り出し構えていた。


「俺達が気配を察知出来ていなかったし、人間で間

違いはねーと思うぞっ!!」


ガシャーンッ!!


沙悟浄は走って来た骸骨を蹴り飛ばした。


バラバラになった骸骨は素早く再生し、再び三蔵達に向かって走り出した。


「おいおいおい!!?もしかして、コイツ等…。」


「死骸だろうなっ!!喋ってないで構えろ!!」


慌てる三蔵に喝を入れた悟空は如意棒を振り回し、向かって来る死骸達を弾き飛ばした。


ビュンッ!!


「グァァァァァァァアイァァ!!」


死骸達は奇声を上げながら走って来た。


「コイツ等、斬っても斬っても再生しやがる!!」


グシャ!!


死骸を斬りつけながら沙悟浄は言葉を放った。


死骸の数は徐々に増え始めていた。


パンパンパンッ!!


「数もさっきよりも増えてるし、町中が死骸で溢れてんのかこれ?!」


「明らかに俺達を狙って来てんだろ?!どう考えても!!」


三蔵の問いに答えながら猪八戒は死骸に向かって、銃弾を放つ。


ドドドドドドドッ!!


「グァァァァァァァアイァァア!!」


三蔵は札を取り出そうとした時だった。


ジャラッ。


錫杖の音が町に鳴り響く。


「封金(フウキン)。縛(バク)。」


*縛魔系の術*


ジャキ、ジャキジャキジャキ!!!


死骸達の足元にトラバサミが現れ、死骸達の足を挟んだ。


「グァァァァァァァアイァァア!!」


「な、何だ?」


「死骸達の動きが止まった…?」


沙悟浄と猪八戒は目の前で起きた光景に理解が追い付いていなかった。


「三蔵の技…なのか?」


「ち、違う。俺の術じゃないよ。」


沙悟浄の問いに三蔵が答えた後、冬の空気とは違う冷たい空気が流れた。


ゾクッ!!


三蔵達の背中に寒気が走った。


ザッ。


「凶魔風斬(キョウマカゼキリ)。」


男がそう呟くと、何本の風で出来た刀が現れ死骸達の頭を跳ね飛ばした。


グジャグシャグシャ!!!


「な、何だ?!一気に死骸達の頭が!?」


驚く猪八戒を他所に、三蔵はこの技に見覚えがあった。


ザッ。


網代笠を深く被り黒と金色で菊の花が刺繍された法衣を着た男が現れた。


「アイツ、ただの坊さんじゃねーな。」


悟空は現れた男の姿を見て、言葉を放った。


「まだまだ修行が足りないんじゃないのか?」


「っ?!う、嘘だろ…?」


三蔵は男の声に聞き覚えがあった。


驚いている三蔵を見て悟空達は首を傾げた。


「怪我はねーか?江流。」


男は三蔵の本名を言って網代笠を外した。


「え、え?!?お、お師匠!?」


三蔵達の前に現れたのは法明和尚だった。


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