パンク・ユニフォームを着たステロタイプのパンクスになるな。たとえその人間が、自分を純度百%のパンクスだと自負してたとしても、その理念に取り憑かれ、表層的意味ばかり追うようになると、最終的にはパンク・フォロワーにしかなれない。
ジョニー・ロットンはそう言って、何度も客を煽った。だから僕は、シドの真似をすっぱりと止めた。本当は寒くなってきたからである。頭はいまだに坊主だが、必ず帽子をかぶるようになった。やはり寒いからである。君子は豹変にやぶさかではないのだ。
半力さんも少しばかり堕落した。僕に付いてこようとはするのだが、少しばかり外の風に当たると、「マジですか? やめません?」という顔をするようになった。やはり、寒いからである。
仕方がないので、僕はしばらくの間、ケージに入れて半力さん運んでいたのだが、冷静に考えたら、猫をモバイルしなきゃいけない理由なんてどこにもない。バカらしくなった僕は、半力さんを赤瀬川さんの事務所に置いてゆくようになった。
諸君、やはり黒トラはダメ猫である。飼うべきではない。三毛猫は優しいが、他の猫の五割増しの勢いで太る。やはり避けた方が無難である。ちょっとばかり可愛いからって、出来心を起こしちゃいけないのだ。
朝、事務所に顔を出すと、半力さんは全力さんと溶け合い、謎のクリーチャーみたいになっている。朝飯を食い終わると、窓際で日向ぼっこをするか、箱の上で二人して丸くなって眠る。全力さんは冬毛に生え変わり、ただでさえ短い脚が毛の中に埋もれてしまって、猫という概念がゲシュタルト崩壊していた。
仙台に戻ってきてから、既に五ヶ月が経過している。作品はずいぶん溜まったが、どこからもお呼びはかからない。百名ほどいた支援者も、猫で笑いをとる僕の芸風に飽きてきてしまって、「今年はお年玉銘柄やらないんですか? ボチボチ相場に復帰しましょうよ」などと、せっついてくる始末だ。
「そろそろ、賞の一つでもとらないとヤバいかもしれない」と思いだした僕は、物凄くマイナーな出版社の新人賞用の作品を、こっそりと書き出していた。君子は豹変にやぶさかではないのだ。
「提督カッコ悪すぎー!」
玄関のプリンツが僕を責める。
「いやいや、これが売文業の悲哀と言うものですよ。自分の好き勝手書いてプロになろうなんて輩は、まだイチの鳥居もくぐっていないのです」
「そんなこといって、一次落ちばっかじゃん。やるならちゃんと、可愛い女の子を出しなよ。幻覚とか、猫とか、タペストリーとかじゃなくてさ!」
「この前出したよ。幻覚じゃない奴。初登場が三十話で、自分でもビビったけど」
「キカイいじりにしか興味のない、メガネっ娘整備士とかどこにニーズがあるのよ! おまけに全然、ラブでコメってないじゃん!」
僕はジャンプ派だから、ラブコメは無理なのである。タ〇チとか、犬〇叉とか、何が面白いのかちっとも理解できないし。
「何がジャンプ派よ。友情・努力・勝利の欠片もない作品ばっか書いてるくせに、良く言うわね!」
プリンツは僕の妄想なので、こんな風に平気で突っ込んでくるのである。
「あーもう、理由なんかどうでもいいから、主人公に惚れさせなさいよ! 女の子同士で奪い合いとかさせなさいよ! あと主人公を、猫とか幻覚としゃべらせるの禁止!!」
「えー」
「えーじゃない!」
「奪い合いかー。寝取られモノなら大好物だけど、応募できる賞がないしなぁ……」
「……」
プリンツは絶句してしまった。まあ僕ぐらいの大魔導士になると、自分の妄想に呆れられるくらいの事は、お手の物である。恋愛経験皆無の僕に、恋愛ものを書けというのが、どだい無理な話なのだ。
そこらの非リアは、「お母さんからしか、チョコレートを貰ったことない」とか言う自虐ネタで笑いを取ろうとするが、こちとら八歳で実の母から施設にぶち込まれた筋金入りである。物心ついてからというもの、「レシート要らないです」以外の会話を、女性とかわしたことがないのだ。
「提督は作家になる、ならない以前に、人格に問題があるんじゃないかなあ……」
「えっ? 人格に問題がある人だけが、作家になるんでしょ? 公民の教科書に書いてあったよ」
「どこの公民の教科書よ!」
「山〇とか、そういう奴じゃない? やっぱ名門だし」
「……提督ぅー、もうだいぶ人生投げてるでしょ?」
「これが投げずにいられるかよ! いつもなら、今の時期は沖縄でのんびり過ごしてるのに!!」
「動物を飛行機で運ぶの、結構高いしねえ……」
そうなのだ。手荷物扱いのくせに、動物を飛行機で運ぶのは、非常にお金かかるのだ。昔まだ僕がトリ派だったころ、ニワトリを三匹空輸したのだが、僕の航空運賃より遥かに高くて僕は呆れた。ケージに入れて、ニワトリを持っていった時のお姉さんの引き気味の笑顔を、僕は一生忘れないだろう。
小説を書き出してからも、嗜む程度に相場は続けていたのだが、二〇二〇年のコロナショックで、殆ど全部やられてしまった。つまり、余計なお金は、今の我が家にはない。
「そもそも白河より北に住んでる奴は、人間じゃないと思うんだよね。なんだってわざわざ、こんな寒いところに住むんだろう? 頭がおかしいんじゃないかしら?」
「あっ、とうとう、東北民までディスりだした。貧すれば鈍するを地で行ってるなあ……」
プリンツは少し落ち込んでしまった。こう見えて僕は、家族を大事にする男である。僕はパソコン通信(2400bps)時代から培った検索スキルを駆使して、プリンツを勇気づけるネタを探し始めた。
「何を調べてるの、提督?」
「いや、女の子が出なくても参加できる公募がないか、探してみようと思って」
「そんな賞あるの? ラノベでしょ?」
「わかんないけど、もしあったら、この前ちょっと受けた『ちくねこだん。』を出してみようかなって思って」
「ちくねこって、提督がシド・ヴィシャスのコスプレして、ヘドバンしながら猫を追っ払う奴?」
「そうそう」
「あれ、受けたって言っても、『キチガイの書いたラノベ小説』っていう煽りで5chに晒されて、一瞬ランキングに入っただけじゃん。載っけてたのも、な〇〇とか、カ〇〇ムとかじゃなくて、すっげえマイナーな投稿サイトだし」
「ス〇〇ブ〇〇イの事を悪く言うなあああああ!!」
ス〇〇ブ〇〇イとは、芥川賞に二度もノミネートされたN先生(えらい)が主催する小説投稿サイトの事である。僕みたいなキチガイの書く作品も、時折ピックアップに載せてくれる素晴らしいサイトなのだ。
「一般文芸作品のみ」を売りにしており、中の人たちの目利きも確かなので、投稿されている作品のクオリティも非常に高い。だが、あまりに敷居が高すぎてお客さんがほとんどいないので、PV数の話題だけは絶対に出してはいけないのだ。
「あった……」
「あったって何が?」
「ちくねこが出せそうな公募。ほら見てごらん」
僕は自分のノートパソコンを、プリンツの前に差し出した。
「ハートウォーミング大賞?」
「うん。これならいけるんじゃない?」
「提督? ハートウォーミングって言葉の意味、本当にわかってる? ここに、親子の絆とか書いてあるよ」
「親子の絆あるじゃん(断ち切れてるけど)」
「友情を描いた物語は?」
「友情もあるだろ? 半力さんとの」
「どこの世界に、飼い猫を毒殺しようとするハートフル・ストーリーがあるんですかね?」
「いや、それはまあ、物語を盛り上げるための演出ってことで。愛犬・愛猫との笑いあり涙ありのストーリーってところは完璧だしな!」
「完璧かなあ……」
壁のプリンツは浮かぬ顔していた。
「あっ!」
「どうしたの?」
「この公募、応募期限が過ぎてるよ。八月末だってー」
「なあんだ。じゃあ、どっちにしろ駄目じゃないか」
「そうだね。まあ、間に合ってても、どうせダメだったと思うけどね」
「せっかく、良いのが見つかったと思ったのになあ……」
*この物語はフィクションです。現実の公募および、小説投稿サイトとは一切関係がありません。 関係ないよ!
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