ちくねこだん。

猫の住む町のシド・ヴィシャス
伊集院アケミ
伊集院アケミ

第十一話「豹変するシド・ヴィシャス」

公開日時: 2020年9月1日(火) 16:55
更新日時: 2020年12月8日(火) 12:39
文字数:3,182

 パンク・ユニフォームを着たステロタイプのパンクスになるな。たとえその人間が、自分を純度百%のパンクスだと自負してたとしても、その理念に取り憑かれ、表層的意味ばかり追うようになると、最終的にはパンク・フォロワーにしかなれない。


 ジョニー・ロットンはそう言って、何度も客を煽った。だから僕は、シドの真似をすっぱりと止めた。本当は寒くなってきたからである。頭はいまだに坊主だが、必ず帽子をかぶるようになった。やはり寒いからである。君子は豹変にやぶさかではないのだ。


 半力さんも少しばかり堕落した。僕に付いてこようとはするのだが、少しばかり外の風に当たると、「マジですか? やめません?」という顔をするようになった。やはり、寒いからである。


 仕方がないので、僕はしばらくの間、ケージに入れて半力さん運んでいたのだが、冷静に考えたら、猫をモバイルしなきゃいけない理由なんてどこにもない。バカらしくなった僕は、半力さんを赤瀬川さんの事務所に置いてゆくようになった。


 諸君、やはり黒トラはダメ猫である。飼うべきではない。三毛猫は優しいが、他の猫の五割増しの勢いで太る。やはり避けた方が無難である。ちょっとばかり可愛いからって、出来心を起こしちゃいけないのだ。


 朝、事務所に顔を出すと、半力さんは全力さんと溶け合い、謎のクリーチャーみたいになっている。朝飯を食い終わると、窓際で日向ぼっこをするか、箱の上で二人して丸くなって眠る。全力さんは冬毛に生え変わり、ただでさえ短い脚が毛の中に埋もれてしまって、猫という概念がゲシュタルト崩壊していた。


 仙台に戻ってきてから、既に五ヶ月が経過している。作品はずいぶん溜まったが、どこからもお呼びはかからない。百名ほどいた支援者も、猫で笑いをとる僕の芸風に飽きてきてしまって、「今年はお年玉銘柄やらないんですか? ボチボチ相場に復帰しましょうよ」などと、せっついてくる始末だ。


「そろそろ、賞の一つでもとらないとヤバいかもしれない」と思いだした僕は、物凄くマイナーな出版社の新人賞用の作品を、こっそりと書き出していた。君子は豹変にやぶさかではないのだ。


「提督カッコ悪すぎー!」


 玄関のプリンツが僕を責める。


「いやいや、これが売文業の悲哀と言うものですよ。自分の好き勝手書いてプロになろうなんて輩は、まだイチの鳥居もくぐっていないのです」

「そんなこといって、一次落ちばっかじゃん。やるならちゃんと、可愛い女の子を出しなよ。幻覚とか、猫とか、タペストリーとかじゃなくてさ!」

「この前出したよ。幻覚じゃない奴。初登場が三十話で、自分でもビビったけど」

「キカイいじりにしか興味のない、メガネっ娘整備士とかどこにニーズがあるのよ! おまけに全然、ラブでコメってないじゃん!」


 僕はジャンプ派だから、ラブコメは無理なのである。タ〇チとか、犬〇叉とか、何が面白いのかちっとも理解できないし。


「何がジャンプ派よ。友情・努力・勝利の欠片もない作品ばっか書いてるくせに、良く言うわね!」


 プリンツは僕の妄想なので、こんな風に平気で突っ込んでくるのである。


「あーもう、理由なんかどうでもいいから、主人公に惚れさせなさいよ! 女の子同士で奪い合いとかさせなさいよ! あと主人公を、猫とか幻覚としゃべらせるの禁止!!」

「えー」

「えーじゃない!」

「奪い合いかー。寝取られモノなら大好物だけど、応募できる賞がないしなぁ……」

「……」


 プリンツは絶句してしまった。まあ僕ぐらいの大魔導士になると、自分の妄想に呆れられるくらいの事は、お手の物である。恋愛経験皆無の僕に、恋愛ものを書けというのが、どだい無理な話なのだ。


 そこらの非リアは、「お母さんからしか、チョコレートを貰ったことない」とか言う自虐ネタで笑いを取ろうとするが、こちとら八歳で実の母から施設にぶち込まれた筋金入りである。物心ついてからというもの、「レシート要らないです」以外の会話を、女性とかわしたことがないのだ。


「提督は作家になる、ならない以前に、人格に問題があるんじゃないかなあ……」

「えっ? 人格に問題がある人だけが、作家になるんでしょ? 公民の教科書に書いてあったよ」

「どこの公民の教科書よ!」

「山〇とか、そういう奴じゃない? やっぱ名門だし」

「……提督ぅー、もうだいぶ人生投げてるでしょ?」

「これが投げずにいられるかよ! いつもなら、今の時期は沖縄でのんびり過ごしてるのに!!」

「動物を飛行機で運ぶの、結構高いしねえ……」


 そうなのだ。手荷物扱いのくせに、動物を飛行機で運ぶのは、非常にお金かかるのだ。昔まだ僕がトリ派だったころ、ニワトリを三匹空輸したのだが、僕の航空運賃より遥かに高くて僕は呆れた。ケージに入れて、ニワトリを持っていった時のお姉さんの引き気味の笑顔を、僕は一生忘れないだろう。


 小説を書き出してからも、嗜む程度に相場は続けていたのだが、二〇二〇年のコロナショックで、殆ど全部やられてしまった。つまり、余計なお金は、今の我が家にはない。


「そもそも白河より北に住んでる奴は、人間じゃないと思うんだよね。なんだってわざわざ、こんな寒いところに住むんだろう? 頭がおかしいんじゃないかしら?」

「あっ、とうとう、東北民までディスりだした。貧すれば鈍するを地で行ってるなあ……」


 プリンツは少し落ち込んでしまった。こう見えて僕は、家族を大事にする男である。僕はパソコン通信(2400bps)時代から培った検索スキルを駆使して、プリンツを勇気づけるネタを探し始めた。


「何を調べてるの、提督?」

「いや、女の子が出なくても参加できる公募がないか、探してみようと思って」

「そんな賞あるの? ラノベでしょ?」

「わかんないけど、もしあったら、この前ちょっと受けた『ちくねこだん。』を出してみようかなって思って」

「ちくねこって、提督がシド・ヴィシャスのコスプレして、ヘドバンしながら猫を追っ払う奴?」

「そうそう」

「あれ、受けたって言っても、『キチガイの書いたラノベ小説』っていう煽りで5chに晒されて、一瞬ランキングに入っただけじゃん。載っけてたのも、な〇〇とか、カ〇〇ムとかじゃなくて、すっげえマイナーな投稿サイトだし」

「ス〇〇ブ〇〇イの事を悪く言うなあああああ!!」


 ス〇〇ブ〇〇イとは、芥川賞に二度もノミネートされたN先生(えらい)が主催する小説投稿サイトの事である。僕みたいなキチガイの書く作品も、時折ピックアップに載せてくれる素晴らしいサイトなのだ。


「一般文芸作品のみ」を売りにしており、中の人たちの目利きも確かなので、投稿されている作品のクオリティも非常に高い。だが、あまりに敷居が高すぎてお客さんがほとんどいないので、PV数の話題だけは絶対に出してはいけないのだ。


「あった……」

「あったって何が?」

「ちくねこが出せそうな公募。ほら見てごらん」


 僕は自分のノートパソコンを、プリンツの前に差し出した。


「ハートウォーミング大賞?」

「うん。これならいけるんじゃない?」

「提督? ハートウォーミングって言葉の意味、本当にわかってる? ここに、親子の絆とか書いてあるよ」

「親子の絆あるじゃん(断ち切れてるけど)」

「友情を描いた物語は?」

「友情もあるだろ? 半力さんとの」

「どこの世界に、飼い猫を毒殺しようとするハートフル・ストーリーがあるんですかね?」

「いや、それはまあ、物語を盛り上げるための演出ってことで。愛犬・愛猫との笑いあり涙ありのストーリーってところは完璧だしな!」

「完璧かなあ……」


 壁のプリンツは浮かぬ顔していた。


「あっ!」

「どうしたの?」

「この公募、応募期限が過ぎてるよ。八月末だってー」

「なあんだ。じゃあ、どっちにしろ駄目じゃないか」

「そうだね。まあ、間に合ってても、どうせダメだったと思うけどね」

「せっかく、良いのが見つかったと思ったのになあ……」


*この物語はフィクションです。現実の公募および、小説投稿サイトとは一切関係がありません。 関係ないよ!

読み終わったら、ポイントを付けましょう!

ツイート