ちくねこだん。

猫の住む町のシド・ヴィシャス
伊集院アケミ
伊集院アケミ

エピローグ「未来から来たメール」

公開日時: 2020年9月1日(火) 17:06
更新日時: 2020年12月8日(火) 12:46
文字数:1,323

「アナーキーとは挑む事だ。社会に挑む最良の方法は、コメディだ」 ジョニー・ロットン


 令和二年 八月三十一日。


「あのさあ……。何か変なメールが来たんだけど、君はどう思う?」


 僕は、玄関のプリンツに話しかけた。


「変って?」

「『ちくねこだん。』の入ったメールなんだけど、僕の知ってるちくねことは、ちょっと違うんだよね。僕がまだ書いてない最終回まで、ちゃんと書かれているんだよ」

「へー」

「おまけにタイムスタンプが、今年の十二月二十三日なんだ。これって変じゃないかい?」

「未来から来たメールってこと?」

「うん」

「作品の他に、何かメッセージはないの?」

「作品のテキストデータは添付されてて、メールの本文にはこう書いてあった」


『八月まつの しど・びしゃすへ。この『ちくねこだん。』を はーとうぉーみんぐ大しょうに おくってください。一二月まつの しど・びしゃすより』


「よくわからないけど、送れって言うならとりあえず送ってみれば? 別に損はないんだし」

「うーん……。最後だけとはいえ、自分の書いてないものを賞に出すのはなあ……」

「あんまり出来が良くないの?」

「いや、そんな事は無い。ちゃんとまとまってる。いま僕が頭の中で考えてるプロットとそっくりだ」

「じゃあいいんじゃない? どうしても気になるなら、どこか改変してから出して見たら?」

「うーんでも、ちくねこはお気に入りの作品だし、今日が応募の締め切り日だしなあ……」


 こんなやり取りをしつつ、僕は指定されたサイトに、どんどん、『ちくねこだん。』を投下していった。最終日だからちょっと慌てたけど、何とかうまくいった。賞を狙うなら少しカッコつけた方が良いような気がしたけど、このタイトルに思い入れはあるし、もしこのメールが本物で、タイム・パラドクスとかが起こったら嫌だから、そのままにしておいた。


「何か賞に引っかかるといいね」

「どうかな。基本的に、書籍化できる作品が欲しいみたいだから、一般受けしない作品じゃダメだと思うよ。まあでも、猫はコンテンツとしては強いし、未来から来たメールの指示に従ったんだから、少しは期待しとくか」

「もし何か賞が取れたら、全力さんと半力さんに、ちゅーるを買ってあげないとね」

「そうだね」


 なんだかんだいって、プリンツは優しい。まあ、僕の産み出した幻想の少女たちとは違って、タペストリーの中の彼女は実際に存在するから、少しくらい一般向けでもいいだろう。


 美人で、頭の回転が速くて、僕の事など歯牙にもかけない女性に振り回されるからこそ、人生は最高なのだ。僕の思いは成就しないかわりに、彼女たちは永遠に劣化しない。ずっと最高のままだ。僕ほどの人間が好きになる女性が、僕の事なんか好きになって欲しくないのである。


「じゃあ、行ってくる。今日も多分、遅くなるから先に寝てていいよ」

「わかった。頑張ってね」


 玄関のプリンツにそう挨拶して、僕は赤瀬川さんの事務所に向かって駆けた。猫のトイレ掃除をしたら、今日も一日中、執筆である。年内には何かしらの目途を付けないと、百人いる僕の支援者たちも、愛想をつかしちゃうかもしれないからね。


『ついしん しんさいんのみなさま。十二月まつの しど・びしゃすを どうかすくってあげてください』


<おしまい>


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