「アナーキーとは挑む事だ。社会に挑む最良の方法は、コメディだ」 ジョニー・ロットン
令和二年 八月三十一日。
「あのさあ……。何か変なメールが来たんだけど、君はどう思う?」
僕は、玄関のプリンツに話しかけた。
「変って?」
「『ちくねこだん。』の入ったメールなんだけど、僕の知ってるちくねことは、ちょっと違うんだよね。僕がまだ書いてない最終回まで、ちゃんと書かれているんだよ」
「へー」
「おまけにタイムスタンプが、今年の十二月二十三日なんだ。これって変じゃないかい?」
「未来から来たメールってこと?」
「うん」
「作品の他に、何かメッセージはないの?」
「作品のテキストデータは添付されてて、メールの本文にはこう書いてあった」
『八月まつの しど・びしゃすへ。この『ちくねこだん。』を はーとうぉーみんぐ大しょうに おくってください。一二月まつの しど・びしゃすより』
「よくわからないけど、送れって言うならとりあえず送ってみれば? 別に損はないんだし」
「うーん……。最後だけとはいえ、自分の書いてないものを賞に出すのはなあ……」
「あんまり出来が良くないの?」
「いや、そんな事は無い。ちゃんとまとまってる。いま僕が頭の中で考えてるプロットとそっくりだ」
「じゃあいいんじゃない? どうしても気になるなら、どこか改変してから出して見たら?」
「うーんでも、ちくねこはお気に入りの作品だし、今日が応募の締め切り日だしなあ……」
こんなやり取りをしつつ、僕は指定されたサイトに、どんどん、『ちくねこだん。』を投下していった。最終日だからちょっと慌てたけど、何とかうまくいった。賞を狙うなら少しカッコつけた方が良いような気がしたけど、このタイトルに思い入れはあるし、もしこのメールが本物で、タイム・パラドクスとかが起こったら嫌だから、そのままにしておいた。
「何か賞に引っかかるといいね」
「どうかな。基本的に、書籍化できる作品が欲しいみたいだから、一般受けしない作品じゃダメだと思うよ。まあでも、猫はコンテンツとしては強いし、未来から来たメールの指示に従ったんだから、少しは期待しとくか」
「もし何か賞が取れたら、全力さんと半力さんに、ちゅーるを買ってあげないとね」
「そうだね」
なんだかんだいって、プリンツは優しい。まあ、僕の産み出した幻想の少女たちとは違って、タペストリーの中の彼女は実際に存在するから、少しくらい一般向けでもいいだろう。
美人で、頭の回転が速くて、僕の事など歯牙にもかけない女性に振り回されるからこそ、人生は最高なのだ。僕の思いは成就しないかわりに、彼女たちは永遠に劣化しない。ずっと最高のままだ。僕ほどの人間が好きになる女性が、僕の事なんか好きになって欲しくないのである。
「じゃあ、行ってくる。今日も多分、遅くなるから先に寝てていいよ」
「わかった。頑張ってね」
玄関のプリンツにそう挨拶して、僕は赤瀬川さんの事務所に向かって駆けた。猫のトイレ掃除をしたら、今日も一日中、執筆である。年内には何かしらの目途を付けないと、百人いる僕の支援者たちも、愛想をつかしちゃうかもしれないからね。
『ついしん しんさいんのみなさま。十二月まつの しど・びしゃすを どうかすくってあげてください』
<おしまい>
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