「だいぶ驚いているようですわね……」
「ふ、ふん……」
「強がっても無駄ですわよ」
お嬢様が扇子をパタパタとさせる。
「ワシは将野竜子……」
「え?」
「……名前は?」
「はい?」
「お主の名前はなんと言うのじゃ?」
「先ほど、係の方がおっしゃったでしょう? ……まさか聞いてなかったんですの?」
「……大して興味がなかったからの」
「! 言ってくれますわね……」
「……」
「まあ、良いでしょう、わたくしの名前は郷右近左京ですわ……!」
左京と名乗ったお嬢様が髪を優雅にかき上げる。
「ふむ……」
「い、いや、ふむって……」
左京が戸惑う。
「なにか?」
「こちらがなにか?ですわ。こう……感想とかないのですか?」
「右か左か……ややこしい名前じゃの」
「! そ、それだけですの?」
「率直な感想を述べたんじゃが……」
「他に聞き覚えはありませんの?」
「聞き覚え? いや、生憎……」
竜子が首を捻る。
「あ、生憎……?」
「というか……」
「というか、全然」
「ぜ、全然ですって⁉ ま、まあ、よろしいですわ……」
「よろしいのか」
「ええ、貴女のような方は分からせて差し上げますわ……!」
「分からせるじゃと?」
「そう、実力のほどをね……!」
「むっ……」
左京の指した手を見て、竜子の顔を少し険しくなる。
「どうかしら?」
「なんの……!」
「そう来ますわよね……!」
「くっ⁉」
竜子の顔色が変わる。
「ふふっ……」
(むう、左辺と右辺から自在に攻めてくる……受けるだけで精一杯じゃ……)
「どうしました?」
「ならば……!」
「ふっ……」
「くうっ……」
「いかがでしょう?」
左京が笑みを浮かべる。
「右辺を固めたら左辺を突かれる……その逆もまた同じ……!」
竜子が顎に手を当てて、苦い顔を浮かべる。
「『左右問わずのバランサー』とはわたくしのことですわ……!」
左京が余裕を感じさせるように再び髪をかき上げる。
「うむ……」
「『横浜の棋婦人』というのも気に入っておりますが……」
「……お主、横浜出身なのか?」
「ええ」
左京が頷く。
「なるほど、だから左右の……横の揺さぶりが巧みなのじゃな……」
竜子が顎をさすりながら首を縦に振る。
「か、感心しているところ悪いのですが、それはあまり関係ありませんわ……」
「え? そうなのか?」
「そ、そうですわ……」
「そうか……」
竜子が肩を落とす。
「がっかりするところですの⁉」
「残念なことこの上ないの……」
「ざ、残念ですって⁉ このわたくしを捕まえて残念扱いとは……」
「うん……」
「横浜の聖英学院に通っているわたくしを⁉」
「いきなり個人情報を言われても……」
「あの聖英学院ですわよ⁉」
「いや、知らん」
「し、知らない⁉」
「ああ、申し訳ないが……」
「将棋部があって、名門と名高いんですのよ?」
「ほう……」
「僭越ながら、その将棋部でエースですの……」
「お主が?」
「ええ、そうですわ」
「小学生が部活動とは……」
「公立の方には珍しいかもしれませんわね。ちなみに……」
「ちなみに?」
「中学生や高校生の先輩方を差し置いて、エースですのよ?」
「!」
「この意味がお分かりかしら?」
左京がわざとらしく首を傾げる。
「ああ……」
「ほう、お分かりですか?」
「名門将棋部とは名ばかりのものなのじゃろう」
「はあっ⁉」
「小学生のお主がエースなのではな……たかが知れておる」
「ず、随分と舐めたことを言ってくれますわね……!」
「思ったことを正直に言ったまでじゃが」
「わたくしの方が優勢だというのに……」
左京が呆れ気味に両手を広げる。
「まだまだ勝敗が決まったわけではない……!」
「それならば……そろそろ……!」
「‼」
「さあ、どうかしら?」
「ふん、かかったな!」
「どちらが?」
「⁉ なっ……」
「わたくしを怒らせて冷静さを失わせようという魂胆だったのでしょうが……そうは問屋が卸しませんわ……」
「ぬう……飛車や角の大駒を大胆に使っているが、ぎりぎりで取らせないように指しまわしているのう……」
「それも当然のことですわ……」
「当然……」
「貴女、チェスはご存知?」
「チェス……将棋の外国版みたいなやつのことか……」
「ざっくりとしたご理解ですが、それでもまあよろしいですわ……」
「チェスがどうした?」
「わたくしはチェスのジュニアチャンピオンですの」
「ええっ⁉」
「チェスでは駒を取っても、自分の持ち駒として使えません。その逆もまた然り……」
「………」
「駒をより大事にした指しまわしが重要になってくるんですのよ?」
「うむう……」
「ふふっ……」
「な、何故……チェスのチャンピオンが将棋をしているのじゃ?」
「場の左右を問わないバランサーとしては……洋の東西も問わないということですわ」
左京が両手を大きく広げてみせる。
「……うん?」
竜子が首を傾げる。
「ふふっ、ちょっと難しかったかしら?」
左京が笑みを浮かべる。
「……まあいい、まだやりようはある」
「……なんですって?」
「こうじゃ!」
「⁉」
竜子の指した一手に左京が驚く。
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