「ア、アタイ……」
玲央奈が戸惑いながらアリスを見ると、ちょうど目が合う。アリスはニヤッと笑う。
「よお、初めましてだなあ」
「は、はい?」
玲央奈が首を傾げる。
「アタイは有栖宮ありすってんだ、ひらがなでありすだ」
「え、ええ……?」
「どーもカタカナのアリスが調子出ないようでよ、アタイの出番ってわけだ」
「む……?」
玲央奈が目を細める。ありすが両手を広げて肩をすくめる。
「案外、察しが悪いなあ、アタイはアリスの中にいるもうひとつの人格ってやつだよ」
ありすが自らの胸を指差す。
「な、何を言っているの? そ、そんなことはありえないわ」
「それがありえるんだよ」
「ば、馬鹿馬鹿しい……」
玲央奈が首を左右に振る。
「馬鹿馬鹿しいとは随分だな……分かったよ」
「え?」
「それなら、こいつで語ろうか……!」
ありすが左手で駒を持って指す。玲央奈が目を見開く。
「……! さっきまで右手だったのに……!」
「ふふっ……」
「……」
「………」
「…………」
「どうだい? 信じてもらえたかね?」
何手か進んだ後、ありすが玲央奈に問いかける。
「……………」
「シカトかい、傷つくねえ……」
ありすが苦笑を浮かべる。
(強さはひとまず置いておくとして……人が変わったかのような差し回し……もうひとつの人格……ほ、本当だと言うの?)
玲央奈は内心で困惑する。
「有栖宮さん、様子が変わりましたわね……」
対局を見ていた左京が呟く。
「利き手を変えたのは単なるパフォーマンスってわけでも無さそうだね……」
央美が目を細める。
「スタイルが変わったの」
「そこに気付くとは……やるね、尻尾ちゃん」
央美が竜子を笑顔で見つめる。
「嫌でも気付くわい、それまで守備的な指し方だったのに、今は攻撃的じゃ……」
竜子が盤面を指し示す。
「うん、そうだね」
「これは……厄介ではないか?」
「かなりね……対局中に相手が変わったようなものだから」
央美が竜子の問いに頷く。
「明確に実力差があるのなら、なんてことはありませんが……このレベルになると……」
「苦戦は必至……」
「その通り」
左京は真理を扇子で差し示す。
「有栖宮アリス……どこか纏う雰囲気もガラリと変わった……」
「そ、そういう話はよく分からないけれど……」
真理の言葉に央美は苦笑交じりで応じる。
「いや……真理の言うとおりじゃ、央美、お主も心のどこかでは、有栖宮の変化をそのように感じていよう?」
「非科学的だって……」
央美が竜子の問いに対して、さらに苦笑する。
「……どうなのじゃ?」
竜子が央美をジッと見つめる。
「……あ~そうだね、確かにそういう印象は受けるよ」
央美が両手を広げながら、うんうんと頷く。
「伊吹がこの短い対局時間の内に対応出来れば……」
「ええ、勝負は分からなくなりますわ……」
真理の淡々とした呟きに左京が頷く。
「……待っておるぞ」
竜子が玲央奈をじっと見て小さいが強い声で呟く。
「さてさて……その澄ましたお顔を崩してやりたいねえ……」
ありすが玲央奈をあらためて見つめる。
「ふん……」
「そらっ!」
「……!」
「そりっ!」
「……‼」
「そるっ!」
「……⁉」
「ふっ……」
ありすがニヤッと笑みを浮かべる。
(……先ほどまでならば考えられない手の応酬! 対応しきれなかった……!)
「ミスが出てきたねえ……それっ!」
「くっ……!」
「一気に決めるぜ……! そろっ!」
「むう……!」
「ふふん……」
ありすが得意気な顔で玲央奈を見る。少し間を置いてから玲央奈が口を開く。
「……まだよ」
「……ああん?」
「私は女性初の名人を目指しているのよ。このままでは終わらない……!」
「うおっ⁉」
玲央奈が反撃に転じる。ありすが面食らう。
「どうかしら?」
「ちっ……おい、そろそろ目が覚めたろ? バトンタッチだぜ……」
「⁉」
「ハーイ……」
ボサボサ頭のアリスが戻ってきた。先ほどまでとは打って変わった指し回しを見せる。
(くっ、また戻ったの⁉ そ、それにこの指し回し、さっきよりも守備的……このままだと逃げ切られる、劣勢を挽回出来ない……!)
「…………………フウ」
「……負けました」
玲央奈が頭を下げる。
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