「ああ、伊吹さん、どうぞ席についてください」
大会の係員が会場に戻ってきた玲央奈に声をかける。
「はい……」
玲央奈が席につき、しばらくすると、先手後手をじゃんけんで決めることになった。じゃんけんは玲央奈が勝った。
「では、伊吹さんが先手です……」
(ふふっ、幸先が良い……!)
玲央奈はわずかに笑みを浮かべながら駒を手際よく並べた。
「……時間です。決勝トーナメント準決勝、第二試合の対局を始めてください」
「お願いします……!」
「オネガイシマース……」
対局が始まった。まずは序盤戦、玲央奈は対面にそれとなく視線を向ける。そこにはボサボサとした赤毛のロングヘアの女の子がちょこんと座っていた。背丈はそれほど大きくはない。服装はTシャツにジーンズ姿。前髪は長く、両目とも隠れてしまうほどだ。
(有栖宮アリスさん……東京からの参加だというけれど……大会へは初めてのようね……これまで一度も見かけたことがないわ)
「……」
玲央奈が今度はアリスの手に注目する。
(手つきはややおぼつかないけど、駒の持ち方は素人ではない、棋歴はそれなりにあると見て良さそうね……)
「………」
(ふむ、居飛車党で矢倉囲い……スタンダードね……)
玲央奈はあらためてアリスの顔を見る。
「…………」
(緊張している様子ではない……もっとも髪の毛で表情は半分ほど見えないけれど……)
玲央奈は内心苦笑する。
「……………」
玲央奈はアリスへの観察を続ける。
(予選ブロックはDブロック……結果だけしか見てないけれど、混戦状態でなんとか突破したようね……とはいえ、決勝トーナメント一回戦は渡辺さんとの対戦を制した。こちらは盤面を見た感じ、泥仕合に持ち込んでの勝利……辛勝と言ってもいいけれど、それでも『奥多摩の渡辺』には、けっしてまぐれでは勝てない……油断はしない……!)
玲央奈は内心で考えをまとめ上げ、アリスに強い視線を送る。
「アッ……!」
「!」
「有栖宮、禁忌を犯した……」
「ええ、ミスですわね」
観戦していた真理が呟き、隣の左京が頷く。
「伊吹の発するオーラに圧された……」
「オーラというと大げさな気もいたしますが、玲央奈さんの場合はあながちそうではないとも言い切れませんわね」
真理の表現に左京が苦笑交じりで応じる。
「これは、大差で決着って感じかな~?」
左京の隣――真理の逆隣――に立っていた央美が苦笑を浮かべる。左京が声をかける。
「あら、これはこれは央美さんではありませんか、こんなところにいらっしゃったの?」
「さっきからいるし、わざとらしいな」
「てっきり……」
左京が小首を傾げる。
「てっきり?」
「お手洗いで悔し泣きでもされているかと……」
「はあ? そんなヤワいメンタルじゃないし……!」
「これは失礼、ほんの冗談ですわ」
「ふん……」
「で、どうなのですか?」
「なにが?」
「あの有栖宮アリスさんとやらですわ……勿論、貴女のことですから、とっくに彼女に関するデータは収集済みなのでしょう?」
「それは……残念ながら……」
央美は両手を広げてため息をつく。
「あら……」
左京が広げた扇子で、自らの口元を隠す。
「これは意外……『情報狂人』とは思えない言葉……」
「ちょい待ち、ウチは『データギャル』だから。クレイジーな感じにしないでよ」
央美が真理の呟きに突っ込みを入れる。真理は頭を下げる。
「これは礼を失した……」
「ったく……」
「……本当の所はどうなんじゃ?」
「うおっ、びっくりした……! し、尻尾ちゃん……」
央美の隣――左京の逆隣――から竜子が声をかけた。央美は小さく驚きの声を上げる。
「なにを驚いておるんじゃ……って、尻尾ちゃんって……」
「いや、そんなところにいるとは思わなかったから……」
「それで?」
「え?」
「あの有栖宮に関してのことじゃ、まさかデータ命のお主がまったくなにも知りませんでしたということはあるまい……」
「ちっ、鋭いね……」
央美が軽く舌打ちする。竜子がサイドテールを揺らしながら笑みを浮かべる。
「やはり知っておったか」
「あいにくだけど、噂レベルだよ。半年ほど前から都内のある有名な道場で、ハーフの女の子が暴れているとか……強さは大人も顔負けだって……」
「ハーフの女の子……それは有栖宮のことか?」
「うん」
「ふうむ……」
竜子が両手を組んで、顎を片手でさする。央美が怪訝な顔つきになる。
「なに?」
「央美さん、それは勘違いではなくて?」
「はあ? なによお嬢、ウチの集めたデータに文句あるの?」
央美が左京に対して、不満気な反応を示す。
「強者特有のオーラ、有栖宮には感じられない……」
「オーラって、さっきからまた非科学的なことを言うよね、ゴスロリちゃん……」
「真理の言っておることは分からんでもない……こう言ってはなんじゃが、有栖宮アリス、噂が立つようなほどの指し手には見えん……」
竜子がアリスに視線を向ける。その視線を玲央奈も感じる。玲央奈は竜子を見る。
(外海さんたちと仲良くなったみたいね……待っていなさい、次は貴女よ……)
「……オウ、シット!」
「⁉」
アリスが自らの髪をぐしゃぐしゃっとしてから、前髪を後ろになでつけ、目を現す。碧眼がギロリと光る。そして、驚く玲央奈を見据えながら低い声で呟く。
「やれやれ、まだ時差ボケが治りやがらねえか、それならアタイの出番だな……」
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