「竜王になるのじゃ!」
「い、いや、将棋やったことあるの?」
「太郎、ワシのことをよく知っておるじゃろう?」
「え?」
「あるわけがないじゃろうが!」
「ええっ⁉」
太郎が驚く。
「なんじゃ、そんなに驚くことか?」
「いや、将棋未経験なのに、竜王になるっていうのは無謀だよ……」
「無謀かの?」
竜子が首を傾げる。
「だって、将棋が何かも分かっていないでしょ?」
「それくらいは分かるわい。盤上の遊戯じゃろう?」
「う、うん、ボードゲームだよ……ルールは?」
「全く知らん!」
竜子が力強く断言する。
「や、やっぱり無謀だよ……」
「誰だって最初は初めてじゃ!」
「そ、それはそうだけれどさ……」
「ルールがあるのなら覚えれば良いだけのこと!」
「覚えればって……」
「パパ……」
「ほいきた!」
ママが目配せすると、パパが部屋を出ていく。太郎が首を傾げる。
「え? ど、どうしたの? パパ……ああっ⁉」
太郎がまたも驚く。パパが何やら机のようなものを持ってきた。
「ふふっ、これはね……」
「親戚のおじさん、あなたたちの大叔父さんから譲り受けた将棋盤よ」
「あっ、ママ、パパが言おうと思ったのに……」
「『やる気は伸ばせ』が我が家の教育方針……パパから将棋のルールを教わりなさい」
「パパ、将棋分かるの?」
「いやあ、あくまでも初心者レベルだけど……駒の動かし方とかなら……」
「よし! 早速始めるのじゃ!」
「それじゃあ……」
リビングに移動した竜子と太郎、パパが将棋盤を挟んで向かい合う。パパが駒を手際よく並べていく。竜子がそれを興味深そうに見つめる。
「ほう……」
「……出来たよ」
「ふむ……」
「縦に9マス、横に9マスと仕切られた番で、一回ずつ駒を動かして、相手の王――玉、ぎょくとも言うね――を取った方が勝ちのゲームだよ。すごく簡単に言っちゃったけど」
「王手!っていうやつだね」
「おっ、太郎、よく知っているね」
「まあ、それくらいはね……」
「続けるけど、これまた簡単に言えば、手前の3列が自分の陣地、3列挟んで、奥の3列が相手の陣地だ。最初は陣地内に駒を置いて、そこから動かす。ここまでは良いかな?」
「うむ……」
竜子が頷く。パパが話を続ける。
「じゃあ、駒の動かし方を……まずはこれだ」
パパが『歩兵』と書かれた駒を手に取る。竜子がそれを読む。
「ほへい……」
「『ふひょう』と読むんだ。まあ、『歩』、ふ、と呼ぶのが一般的だね。これが一番多い駒で、自分と相手で9枚ずつ、合計18枚もあるんだ。この歩が陣内の最前列に並んでいる」
「前衛みたいなものか」
「そういう感じだね。この歩は前に1マスだけしか進めない」
「シンプルじゃな」
「シンプルだけど、結構奥深い。歩の使い方で勝負が決まるときもあるよ」
「使い方?」
太郎が首を傾げる。
「ああ、将棋は相手の駒を取ることが出来るんだけど、駒を取ったら、自分の駒として使うことが出来るんだよ」
「へえ、味方を増やせるんだ」
「そういうこと、置いては駄目な場所もあるんだけど、まあ、それは追々……次は……」
パパが『香車』と書かれた駒を手に取る。竜子がそれを読む。
「かおりぐるま」
「いや、『きょうしゃ』って読むんだ。これは自陣の3列目の両端に2枚ずつある」
「どういう動きをするんじゃ?」
「前方になら一直線に突き進めるよ」
「貫く感じじゃな」
「そう、『槍』というあだ名もあるね。ああ、味方の駒を飛び越えたりすることは出来ないよ、香車に限らずね。次は……」
パパが『桂馬』と書かれた駒を手に取る。竜子がそれを読む。
「かつらうま」
「『けいま』と読むんだ。これは香車の隣、これまた2枚ずつある。これは特殊な動き方をする駒でね。2マス前方の右か左のマスに動くことが出来るんだ」
「軽快な感じじゃな」
「そうだね、これは味方や相手の駒を飛び越えることが出来る。ただ、相手の駒は取れるけれど、味方の駒があるマスには移動出来ないよ。次はひとつ飛ばして……これ……」
パパが『金将』と書かれた駒を手に取る。竜子がそれを読む。
「『きんしょう』」
「当たり。これは王の両隣に、これも2枚ずつある。前と両斜め前、左右、後ろに1マスずつ動けるんだ」
「有能じゃな、金を名乗るだけはある」
「そう、攻守において重要な役割を果たす駒だ。次はこれ……」
パパが『銀将』と書かれた駒を手に取る。竜子がそれを読む。
「『ぎんしょう』」
「また当たり、これは金と桂馬の間に、これまた2枚ずつある。前と両斜め前には動けるけれど、左右と後ろには動けない」
「むっ、将というわりには物足りないのお……」
「ところがどっこい、両斜め後ろに動けるんだ。金には出来ない動きだよ」
「ほう、渋いのお……」
「まさに『いぶし銀』だね。次はこれ……」
パパが『角行』と書かれた駒を手に取る。竜子がそれを読む。
「かくゆき」
「『かくぎょう』と読むんだ。シンプルに『角』、かく、と呼ぶことが多いね。これは自陣の2列目の端から2番目、自分から見て、左に1枚だけある」
「なんだか強そうじゃな……」
「そう、強いよ、なんてたって、斜め方向なら前後問わずどこまでも行けるんだから」
「トリッキーじゃな」
「勝敗を大きく左右する駒だよ。次はこれ……」
パパが『飛車』と書かれた駒を手に取る。竜子がそれを読む。
「とびぐるま」
「『ひしゃ』と読むんだ。これは角の反対側、自分から見て、右側に置かれている」
「これもまた強そうじゃな……」
「そう、これは前後左右、どこまでも行ける駒なんだ。最後は……」
パパが『王将』と書かれた駒を手に取る。竜子がそれを読む
「『おうしょう』」
「そう、これは自分と相手で1枚ずつ――片方は『玉将』、『ぎょくしょう』と書いてあるけど、同じものだよ――あって、これを取られたらゲームオーバーだ」
「どういう動き方をするんじゃ?」
「前後左右斜め、どの方向にも進める。1マスだけだけどね」
「ふむ……まあ、王というのはやたらと動いたりはせんか……」
「それでさらに覚えて欲しいのが……駒を進めて、相手の陣内に入ったとするよね?」
「ああ」
「そうなると、王や金以外はこうして……」
「駒を裏返した?」
「そう、これが『成る』っていうことなんだ」
「成る……」
「歩と桂馬と香車と銀は金になって、金と同じ動きをすることが出来る――代わりに元の動きは出来なくなるけれどね――これが『成金』ってやつだね。歩は裏返すと、とって書いてあるから『と金』と呼ばれる。あえて成らないという選択もありだよ。銀以外は端まで行ったら、成らないと動けなくなるけれどね」
「ふむ、と金……角と飛車は?」
「角は『龍馬』、飛車は『龍王』になって、元々の動きに1マス加わる。龍馬は前後左右に、龍王は斜め四方向に、それぞれ1マスずつ動けるようになる。……まあ、動かし方は大体こういう感じかな? 分かったかい?」
「ああ、分かった……どこで将棋は出来る?」
「え、将棋教室とか、道場とか……近所にも道場はあったような……ねえ、ママ?」
「……調べたら、駅前にあるわね」
「よし! 早速、そこに向かうのじゃ!」
「「ええっ⁉」」
立ち上がった竜子の宣言に太郎とパパは驚く。
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