それは、世紀の大発見だった。脈絡なき文言の組み合わせが奇跡の超常現象を引き起こしたのだ。
『魔法』の誕生――剣と魔法の時代の始まりである。
「アル、俺は魔法なんて認めないぞ。あんなオタクども……」
ジェイは、剣士仲間のアルに愚痴った。まっとうな剣士であるジェイには、社会からドロップアウトした引き篭もりの間で広まり始めた魔法が許せないのだ。
かく憤慨するジェイの妹ジェシカがそうだった。ジェイは、固く閉じられた扉を叩いた。
「ジェシカ、開けろっ!。魔法にかまけて引き籠ってる場合か。この国が今、どうなってんのか分かってんのか」
「おいジェイ、落ち着けって」
「落ち着いてる場合か、アル、この国は今・・・・・」
そのとき遠方で喧騒が、起こった。見ると城門の反対側からエリート騎士の百人隊が姿を現していた。
「アイツらクーデター側にまわりやがったんだ。もうこの国は終わりだ。クソっ!」
「おい、ジェイ・・・・・・」
ジェイは、アルの制止を振り切り扉を突き破って中へ押し入った。そして、悲鳴を上げるジェシカの頬を引っ叩いた。
「ジェシカっ!。お前みたいなオタクに何か出来るなんて思ってない。だが、もうこの国は滅ぶんだ。最後くらい、お前がハマってるその魔法とやらで何かやってみせろよ!」
そう言い残し、部屋を出た。
「おいジェイっ!、何やってんだ。妹を逃がしに来たんだろ……」
ジェイは、追い掛けて来たアルを制し、後悔気味に髪を掻きむしりながら言った。
「なぁアル……俺、聞いたことがあるんだ。稀に一人のオタクが百人のエリートに勝つ事があるって。それが本当なら、オレは、一度、見てみたいんだ」
「ジェイ・・・・・・」
ジェイは、暫く視線を落とし考え抜いた後、ため息をついてアルに言った。
「アル、どうせジェシカは逃げる。放っておいても大丈夫だ。とにかく俺達で時間を稼ごう」
「ジェイ……分かったよ」
二人は、黙ってうなずき合うと覚悟を決め城門へ走った。
兄ジェイとアルが去った後、ジェシカは、魔法陣を前に頭を抱えていた。
「ダメ、作動しない……」
彼女も周りが大変な事になっていたのは、知っていた。だから、突破口を彼女なりに魔法で探っていたのだ。だが、どうしても最後の魔術式が作動しなかった。
「お願い、作動して。ジェイ兄達だけでも……」
情けなさに涙をこぼしながら叫んだ。
「迷惑ばっかのダメな私に役に立たせてっ!」
最後の呪文に希望を賭けたそのとき、遂にジェシカの魔法陣が光った。
「作動したっ!」
歓声を上げるジェシカ。彼女の意識が頭上を駆け昇り、雲上から一帯を見下ろす視点に切り替わった。雲上世界(クラウド)へハッキングする情報魔術――ジェシカはこの一帯の全てを見通す目となった。
「ジェシカっ!?」
脳内に直接話し掛けるジェシカに驚くジェイとアル
『ジェイ兄、アル、聞いて!』
二人は、ジェシカから逐次伝えられるエリート騎士百人隊の情報に驚き、顔を合わせた。
「ジェイ、どうする?」
ジェイは、しばし悩んだ後、決断した。
「よし。ジェシカの情報魔術とやらに賭けてみよう」
ジェイとアルは、残存兵を掻き集め、ジェシカからの情報を元に練った作戦を伝えた。
「いいか、敵はエリート騎士団だ。正面からやって勝ち目はない。捕捉されたら即、全滅だ。情報で優位に立つこの状況を生かす。先を見越し一撃離脱で注意を逸らしながらゲリラ戦で機を伺うんだ」
ジェイは、顔を上げ叫んだ。
「反撃するぞ!」
号令一下、兵が散った。
「アル、また会おう」
「あぁ、健闘を祈る」
手をパンっと叩き合い、二人も後に続いた。
相手のエリート騎士団は、苛立っていた。片が付くはずの掃討戦が手こずり始めたのだ。まるで騎士団の動きを頭上から見下ろしているかの如く先手を打たれる――配下の混乱に隊長は、業を煮やした。
「小賢しい奴らめ……俺が行く」
遂に隊長本人が、前へ出始めた。単体で前に出る騎士団の隊長を確認したジェシカは、言った。
『ジェイ兄、来たよ――』
百人隊がバラけ、組織が個になっている今がチャンスだった。
『ジェイ兄、私に出来る事はここまで』
「上出来だ!ジェシカ」
ジェイは、言った。
「助かったよ」
助かったよ――生まれて初めて言われた台詞にジェシカは、目頭を押さえた。
「神様、ジェイ兄達を護って」
両手を合わせ、必死に祈った。やがて、孤立したエリート騎士団隊長への一斉攻撃が始まった。
「どこから沸いて来やがった」
突如、現れた包囲網に毒気づく騎士団の隊長は、包囲を突破しようとしたところをジェイとアルに阻まれた。
「ザコどもめ。二人掛かりなら勝てるとでも思ったか!」
隊長は、ジェイとアルに剣をかざした。
「オレは、エリート騎士団の隊長だぞ」
「関係ねぇっ!」
二人は、隊長に跳びかかった。
騎士団が集結を戻すまでの五分間が勝負――ジェシカの台詞が二人の頭をよぎった。
隊長の大振りがジェイの剣を跳ね飛ばした。
「ジェイっ!」
「思い知れザコ!」
助けに入るアルを突き飛ばし、ジェイに剣を振り下ろす隊長
――死ねるか、これはジェシカが作ってくれた五分なんだ……
懐刀を引き抜き、ジェイも跳び込んだ。二人は、刺し違えた。
「このザコ、め……」
互いの鮮血が散り、隊長がドカッと崩れ、それを見届けるようにジェイも倒れた。
ジェイは、ふと自らを呼ぶ声に意識を戻した。
「ジェイ兄!」
目の前には、戦火の中を駆けつけたジェシカがいた。
「ジェシカ……」
涙を溜めるジェシカの手をそっと、握り返した。
「大丈夫だ。ジェシカに助けられてばかりだな」
ダメな兄貴だ、と情けなく笑った。騎士団は、隊長を失い総崩れで引いて行った。
翌朝、クーデターを阻止し、遠方へ出向いていた軍が引き返して来るのを待っていたジェイとアルの下に急報が入った。遠征軍全滅――敵に頭上から見下ろされる様に先手を打たれ、指揮系統からバラバラにされたという内容に二人は、唖然とした。
「敵にも魔術師が現れ出した……」
黙ったまま二人は、ジェシカを見た。その視線は、複雑だった。
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