半世紀の契約

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(9)姉妹一の問題児

公開日時: 2021年3月15日(月) 23:02
文字数:2,647

「とにかく、もう既に顔を合わせてしまった事に関して、どうこう言っても仕方ありません。これから極力、係わり合いにならなければ良いわけですから」

 その意見に、昌典も漸く平常心を取り戻しつつ、真顔で同意する。


「そうだな。確かに小早川君の言う通りだ。先日着物を作って貰って、汚した着物の弁償はして貰ったんだし、別に問題は無いよな? 今後、顔を合わせる機会だって無いだろうし」

「それが……、仕立てを頼んだ着物が出来上がったら、それを着てご自宅の方に見せに行く約束を……」

「したのか?」

「ええ」

 控え目に言い出した美子の話を聞いて、昌典と淳は揃って嘆息した。しかし諦めて、了承の言葉を口にする。


「約束してしまったのなら仕方が無い。断りを入れて、先方の機嫌を損ねたくはないからな。とにかくあの夫婦を怒らせたり、変に気に入られたりしない様に、くれぐれも対応には気を付ける様に…………、美子。どうかしたのか?」

 真剣に言い聞かせているのに、何やらそわそわとして挙動不審になってきた娘に、昌典は若干目つきを鋭くしながら問いかけた。すると美子が、言い難そうに話を切り出す。


「その……、この前、華菱に出向いた時の事なんだけど……」

「それがどうした?」

「ええと……、怒らせたりはしていないと思うのよ? お二人とも結構ノリノリで話を進めていたし……」

「何があった?」

 如何にも後ろめたい事がある様な素振りの美子に、昌典は更に顔付きを険しくし、淳は頬を引き攣らせたが、そんな二人の前で美子は弁解がましく話を続けた。


「ほら、加積さんって、顔が怖いでしょう? だから桜さんがこれまでイメージアップを図って色々やってみたけど、甲斐が無くてしょうがないから、整形をしろ、しない、なんて話の流れになって。ちょっと緊迫してきたその場の空気を和ませようと、な~んちゃって的な本当に些細な提案を、ほんの出来心とちょっとした好奇心で」

「ごちゃごちゃ言ってないで、さっさと結論を言え!!」

 昌典の一喝に、美子は半ば自棄になって正直に言い放った。


「幼稚園児のコスプレをすれば、間違っても怖がられないと思うから試してみてはどうかと、加積さんに面と向かって勧めてしまいましたっ!!」

「こっ……、この、大馬鹿者がぁぁ――っ!!」

「ごめんなさい!」

 美子の告白を聞いた昌典は、力任せにテーブルを拳で叩きながら絶叫し、淳は文字通り両手で頭を抱えた。


「俺に謝って済む事か!! 全くお前と言う奴は、小さい頃から姉妹で一番常識人で、問題など起こさないと周囲からは思われているのに、偶にしでかす騒動は、姉妹一の超ド級の物ばかりで!! 深美の最後の手紙の内容も、大体四割がお前を心配する内容だったぞ!?」

「何よそれ!? まるで姉妹の中で、私が一番の問題児みたいじゃない!」

「現にそうだろうが! 美恵達四人についてが四割、残り二割が俺に関する事だったんだ。少しは自覚しろ! 百か日法要も済んでいないのに、深美が草葉の陰で泣いているぞ!?」

「……納得できないわ」

 亡き母親に、自分が姉妹の中で一番問題児扱いされていたという事実に、美子は少なからずショックを受けると同時に、理不尽な想いに駆られていると、未だ動揺を抑えきれないまま、淳が控え目に問いかけてきた。


「美子さん。さっきノリノリって言ってたみたいですけど、まさか加積氏が本気で、そんなコスプレなんかしませんよね?」

「その場で加積さん用に、幼稚園児のスモックと半ズボンとベレー帽と通園バッグ。桜さんは保育士なので、ジャージ風のズボンにエプロンとリボンを特注しました」

 きっぱりとそんな事を断言されて、淳の顔が引き攣る。


「ええと……、華菱で?」

「布だったら何でも仕立ててみせるそうです。……プロですね」

「……そうですね」

 二人揃って、何とも言い難い表情で口を閉ざすと、ここで昌典が何とか気力を奮い立たせて話を纏めにかかった。


「とにかく、これ以上変に目を付けられたらかなわん。先方の自宅を訪問するのは回避できないにしても、間違っても加積夫妻を怒らせるな!! そして、それ以上に変に気に入られるな!! 分かったな、美子!?」

「はぁ~い」

 しかし如何にも気のない素振りで一応了承の返事をした美子に、忽ち昌典の雷が落ちる。


「何だ、そのふて腐れた態度はっ!!」

「だって、愛人とかありえないし……」

「お前はまだ事の重大性を」

「まあまあ、藤宮さん。ちょっとここは一つ、お茶を飲んで落ち着きましょう。美子さんはもう席を外して良いですよ? 後は俺が藤宮さんと話がありますので」

「それなら後は宜しく」

「あ、おい! こら、美子!」

 淳が申し出たのを幸い、美子はそそくさと席を立って廊下へと出た。そして父親が後を追って来ない事に安堵しながら、二階へと上がる。すると、本来静まり返っている筈の廊下に妹達の歓声が響いていた為、美子は不思議に思いながら、原因と思われる美幸の部屋のドアを開けてみた。


「あら。皆、揃ってたのね」

 その声に、その部屋の主の美幸が振り返り、不思議そうに美子を見上げてきた。

「あれ? 美子姉さん、お父さんと大事な話は済んだの?」

 美恵と美実がそう誤魔化していたと分かって、美子は苦笑しながら頷く。


「ええ、取り敢えずはね。皆でジェンガをやってたのね」

「うん、久しぶりに。美子姉さんもやらない?」

「そうね。混ぜてくれる?」

 そしてカーペットの車座に混ぜて貰った美子が、新たに積み上げられたタワーから一本引き抜くと、美幸が何気なく尋ねてくる。


「ところでお父さんとどんな話をしてたの?」

「来月の百箇日法要の事でちょっとね。他にも色々」

「そうなんだ。大変だね」

 そうして妹達が笑い合いながらゲームを進めていると、美子が真顔で切り出した。


「ねえ、ちょっと皆に聞きたいんだけど」

「何?」

「私って、愛人タイプだと思う?」

 その唐突な質問に妹達は揃って動きを止め、困惑顔で美子を凝視した。


「何を言ってるの?」

「美恵姉さんならともかく、何で?」

「私ならってどういう意味よ!?」

「まさか江原さん、結婚してたの!?」

 途端に騒がしくなってきた為、美子は謝りつつ妹達を宥めた。


「ごめんなさい、深い意味は無いの。ちょっと聞いてみただけだから、気にしないで」

「ちょっと待って、そこで話を止めないでよ!」

「本当に江原さん、妻帯者じゃないのよね!?」

 美子は妹達を落ち着かせようとしながら、何気なく口走った内容でも問題を引き起こすなんて、やっぱり自分は潜在的なトラブルメーカーかもしれないと、密かに落ち込む羽目になった。


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