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そんな話を一通り聞かされた秀明は半ば呆然としながら、数えるほどしか顔を合わせる機会が無かった、義理の祖父についての感想を述べた。
「倉田公典氏と言えば……、現役時代は長らく与党の重鎮で、バリバリの保守派だった方だと記憶していましたが……」
そして意味ありげな視線を向けられた美子が、拗ねた様に言い返す。
「あれはちょっとした祖父と孫のスキンシップが、偶々エスカレートしただけよ。不可抗力だわ」
「いやあ、不可抗力ねぇ……」
「何が言いたいの? 吉雄さん」
何か含む様な物言いをしてきた従兄を美子は軽く睨んだが、彼は笑いを堪えながらある事を言い出した。
「思い返すと、親戚一同が集まる時は、必ずと言って良い程、美子ちゃん達によって何らかの騒動が起きていたなぁと思ってさ。美恵ちゃんの『自画自賛落とし穴事件』とか、美実ちゃんの『毒入り饅頭事件』とか、美野ちゃんの『襖で自爆事件』とか、美幸ちゃんの『池の潜水艦事件』とか。勿論、他にも色々あるけどね」
「……否定はしませんけど」
思わず視線を逸らしながら認めた美子だったが、ここで彼女の周囲で聞き耳を立てていた妹達が、一斉に抗議の声を上げた。
「姉さん、そこはちゃんと否定してよ! あれは私のせいじゃなくて、不幸な事故だったんだから!!」
「私の場合、事故以前に、毒とか入って無かったし!」
「あれで確かに襖は台無しになったけど、あれはそもそも美幸のせいで!」
「何言ってるのよ! それなら言わせて貰うけど、あれは美野姉さんのせいで池に嵌ったんだからね!」
「なんですって!? 人のせいにするのもいい加減にしなさいよ!」
「美野、美幸! こんな場所で喧嘩は止めなさい!!」
口々に弁解してくる妹達を美子が叱りつける所までお約束だったらしく、周りの者達は揃って苦笑するのみだった。
「どうだい? あんな家よりも、藤宮家の方が数倍楽しいだろう?」
隆介が軽く肩を叩きながらそんな事を尋ねてきた為、秀明は笑って即答した。
「百倍は楽しいですよ」
「それは良かった。まあ、頑張れ」
それから秀明は如才無く受け答えし、同年配の美子の従兄弟達ともそれなりの交遊関係を築く事に成功した。
法要が無事終了し、昌典と美子夫婦は秀明が運転する車で、美恵達四人は美恵の運転する車に分乗して帰途についたが、その車中、助手席に座っていた昌典が、思い出した様に言い出した。
「今日は何やら、懐かしい話題で盛り上がっていたな」
「公典氏が美子に『サッカー選手の方が好き』と手酷く振られた時の話ですか?」
運転しながら秀明が応じると、昌典が含み笑いをしながら一人頷く。
「そうそう。あれは傑作だった」
「お父さん?」
チャイルドシートの美樹の様子を見ながら後部座席に座っている美子が、チラリと父親を睨んだが、昌典はそれを無視して上機嫌で秀明に語り掛けた。
「あの後、親父が実にしつこくてな。美子に『政治家は良いぞ? 政治家になれ』と事ある毎に煩くて。美子がうっかり洗脳されない様に、あれから暫く俺は美子にサッカー関連の物ばかり買い与えたんだ。サッカーボールや日本代表のキッズサイズのレプリカユニフォームから始まって、ロナルド・ディアスのサイン入りポスターやブロマイドをコネを総動員して集めたり、そうそう、庭に縮小サイズのサッカーゴールを作ってやったのもその頃だな」
「……え?」
それを聞いた秀明は僅かに顔を引き攣らせたが、昌典はそれに気付かないまま話し続けた。
「その甲斐あって、美子は見事にサッカーフリークになってな? 親父の後継者就任要請など、当然けんもほろろに断ってたし、成人してからも親父が見込んで見合い相手として連れて来た将来有望な若手政治家を、『私よりもサッカーが上手な方なら考えます』ときっぱり跳ね付けていたんだ」
どうだと言わんばかりに胸を張った昌典に、美子が当然の如く言い返す。
「だって本当に、まともにボールを蹴られない人ばかりだったんだもの。ボール一個すら思うように操れない人に、大勢の有権者の心を掴む様な芸当が、できるわけ無いじゃない」
「……お前も親父と同じで、時々とんでもなく無茶な事を言うよな」
「失礼ね、真理よ」
思わず遠い目をした昌典に、美子が真顔で応じる。
(そうなると……、時々どうしようもない敗北感を感じるそもそもの元凶は、お義父さんだったって事か……)
運転しながら、これまで美子がサッカーに関する事を優先して、自分の事を二の次三の次にしたあれこれを思い返した秀明の耳に、苦笑気味の義父の台詞が届いた。
「しかしお前も、案外人が悪いな。親父が見合い相手を家に連れて来る様になってから、わざわざ皆の記念樹をちょうどシュートコース上にくる様に植え替えるとは。連中、すぐそれにボールを突っ込ませてはお前から説明を受けて、顔色を変えて引き下がっていたし」
「はぁ?」
聞き捨てならない事を聞いた秀明が小さく疑念の声を上げると、後部座席から如何にも心外そうな美子の声が聞こえてきた。
「あらお父さん、何の事? あの配置の方が、庭がすっきり整うと思ったからよ。変な勘ぐりは止して欲しいわ」
「ほう? それでは美樹の誕生記念に植えたドウダンツツジも、シュートコース上に植えたのは偶々か?」
「勿論、そうよ」
バックミラーの中でにこやかに微笑んでいる妻の顔を見た秀明は、絶対わざとだと確信した。そこで昌典が、面白がる様に言い出す。
「それで? 美樹に言い寄る男が出てきたら、シュートをさせてみるか? 美樹が結婚できなくなるぞ?」
しかしその父親の問いに、美子は笑って答えた。
「あら、秀明さんだって成功したもの。世の中に一人や二人、ズブの素人でもシュートできる人はいるわ」
「だそうだ、秀明」
そこで含み笑いで視線を投げられた秀明は、笑い出したいのを堪えながら、真面目くさって義父の問いかけに応じた。
「この場合どちらかと言うと……、言い寄って来る男の方に加勢したいです」
「俺も同感だ」
「もう! 男二人で、何を結託してるのよ!」
拗ねた様に美子が文句を言うと同時に、助手席の昌典は豪快に笑い出し、秀明も釣られて笑い出した。
(本当にあの頃と比べたら、百倍どころか一万倍は楽しいな)
そして笑い続けながら先程言われた事を思い返した秀明は、しみじみと今現在の生活をかけがえのない物だとの認識を新たにしたのだった。
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