僕には、いきつけの古書店がある。いわゆる古本屋ではなく、希少本のみを取り扱っているガチの古書店だ。店の名前は『死者の書のしもべ』。店長は台場さんという名前の、二十代半ばくらいに見える女性だ。
見た目はまあ、美人と言っても差し支えはないだろう。彼女はいつも真っ黒な修道服を着ていて、滅多に訪れない客を待ちながら、つまらなそうな顔で店番をしているのだ。
大学生の頃の僕は、実家の蔵から価値のありそうな本をしばしば持ち出し、台場さんの店に売りに行った。物書きを目指していた僕にとって、この店に来ることは、小遣いが稼げるうえに面白い話が聞ける一石二鳥の良い娯楽だったのだ。
実際、台場さんから聞かされた不思議なお話が、今でも僕の小説の元ネタになっている。彼女の話を聞きながら創作に熱中していたあの時期は、リア充とは言えないまでも、とても幸せな時間だった。
僕は、昔とちっとも変わらない古ぼけた『死者の書のしもべ』の扉をゆっくりと押し開けた。その先にはいつものように、つまらなそうな顔で店番をしている彼女の姿がある。
「いらっしゃい。あら、珍しいお客さんね。一年半ぶりかしら?」
「お久しぶりです、台場さん」
ちーちゃんが、赤瀬川さんの自宅で倒れたという一報を受けた後、僕は久方ぶりにこの店に顔を出した。十年もほったらかしにしていた因縁を解消するためには、どうしたって彼女の力を借りねばならない。
「ヴァルダって呼んでって言ってるでしょ。査定額下げるわよ」
「そのフレーズも懐かしいですね。お借りしたお金はちゃんと戻ってますか?」
「赤瀬川さんから、受け取りましたよ。相場の方はひどく順調なご様子ね。もう私の事なんて、忘れてしまったのかと思ったわ」
台場さんはいつも、若干の皮肉を込めて、こういうセリフを淡々と吐くのである。
大泉で相場に復帰する事を決意した時、僕は彼女から、二千万円回してもらっていた。復帰初戦で大勝利を収めた僕は、次の銘柄を始める前に、僕はその金を三千万にして返していたのだ。
台場さんが、そんな大金を出せたのには訳がある。古書店の女主人は世を忍ぶ仮の姿で、彼女の本業は悪魔使いなのだ。商売敵はほとんどいないから、料金は相手次第でいくらでも吹っ掛けられるのである。
彼女は絶対に自分が損をする取引はしない。だが、僕が相手なら、元本さえ保証すれば、いくらでも回してくれるだろう。
二千万しか借りなかったのは、僕がかつて、彼女に依頼した悪魔祓いの報酬として、その金額を彼女に支払ったことがあるからだった。
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