エフティヒア国で”光の子”が泣き声を上げたと同時に、はるか遠くでは6つもの泣き声が響き渡っていた。
名もない国がある。地図上には存在しない国が。そこは大きな島国であったが、文明も発展しておらず、荒れ果てた地では食べ物も少ない。人口が増えすぎて食べ物が追い付かなくなったようだが、彼らは一体どこから来たのか。
人々は、日夜食べ物を探して歩き回り、少ない食材を懸命に見つける日々を送っていた。
そんな貧しい国、ギンフォン国に、六つもの泣き声が響き渡る。それは、光の子が泣いたのと、ほぼ同時だった。
ギンフォン国の、ある村では、一つの木の家に多くの人集りができていた。家の中では、赤ん坊を抱いている妻と、隣で目を丸くしている夫がいる。
大きく口を開けて泣いてる赤ん坊は、灰色の空気を身にまとっていた。
「オギャア、オギャア」
かわいらしい音色を奏でるたびに、部屋の台所の水が、あふれ出す。
「なんてことだ。この子は……」
震える手で赤ん坊を大切そうになでる夫は「灰の子だ! 水の神の力も持ってるぞ」と、目に涙をためて、歓喜の声を上げた。
静かに見守っていた周りにいる人たちは、慌てて部屋の外へ駆け出し、夫と同じく大声を上げる。
「ラリーさんの家で! 灰の子だ! 産まれた! 産まれたぞ! しかも、水の神の力を宿す子供だ!」
急に部屋から出て来て、大声をあげた男に、辺りは驚いた顔をしていたが、彼の話を聞いた瞬間、集まっていた人たちは、感激の声を上げた。
「灰の子ですって!」
「えぇ! すごい! まさかギンフォン国に奇跡の子供が産まれるなんて!」
「えぇ! 水も! 水の神も!」
「こんなことってあるか!?」
それぞれ興奮して話す様は、お祭りでもしているかのようににぎやかだった。
祝福されし灰の子。
赤ん坊は周りからラリーと呼ばれた母に抱かれながら、元気よく泣いていた。
この世界には、二種類の大きな力が存在していた。それは、奇跡の力と呼ばれるものと、神の力と呼ばれる二つの力である。奇跡の力は、光、灰、闇の三つの力に分かれている。そして、そのいずれかは、皆の身に宿っているものだ。
光の力を宿す者が多い国は、病気や、事故、事件での死亡率が極端に少ないとされているほど、身を守る力が長けている力。そして、灰の力は、身を守る力と、攻撃性を兼ね備えた力を持つ。攻撃の力も使える灰の力を身につけた者は、光とは別の教育を受け、道徳を徹底的に学ばされる。
500年に一度、力が宿って産まれて来る赤ん坊がいた。大きすぎる力は、産まれた瞬間から光ならば光を放ち、灰ならば灰色を外に放つ。
600年前に産まれた光と灰の力を宿した赤ん坊も、ほぼ同じ時代に産まれたと言われていた。彼らは、光の子、灰の子、あるいは奇跡の子と呼ばれた。
全ての人たちが宿す力。"奇跡の力"。そして、その奇跡の力には、光と灰のほかに、もう一つの力が存在する。
「大変だ!」
灰の子を産み、周りから祝福を受けていたラリー夫婦の元に、血相を変えた一人の男の声が飛び込んで来た。
家に飛び込んで来た男は、ラリー家の父親よりも、若く見える青年だった。もともと細い目は、目付きが悪く見えるが、決して睨んでいる訳ではない。
「…………」
歓喜に満ちていた辺りの空気は、青年のただならぬ形相によって人々の笑顔を強張らせた。
「なんだよヤン、そんな顔して。ラリーさんの所に灰の子が産まれたんだ。祝杯だぞ。おまえも参加しないか」
息を切らして目を見開くヤンと呼んだ年老いた老人は、優しく言った。
灰の子が産まれたと聞いたと同時に、ヤンと呼ばれた青年は、ラリー夫婦に目を向けるが、相変わらず彼の形相は変わらなかった。
「灰の子も産まれただと……」
ヤンは呟くように言い、もともと細い目をむりやり見開かせて、目を泳がせた。
「ちょっと、何があったって言うの」
戸惑うように声をかけた女性。
ヤンは、ラリー夫婦が抱く赤ん坊を見ながら、息を吸い込むように肩を上げて「ラリーさん、その子を大切に育てるんだ」と、低い声を響かせた。
そして、次の瞬間の言葉を持って。
「炎の力を持った闇が産まれた。闇の子の誕生だ…」
辺りの時は止まった。
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