「おいおいカイム、心配しすぎじゃねぇか?」
そんな彼に、幼い声が話し掛けた。声の主を視界に入れたカイムは、ため息を付きながらテーブルの椅子に腰を下ろした。
「かわいくてつい」
はにかんで笑うカイムに向かって「もう少し落ち着きな」と、子供のような声が降って来る。
カイムの目の前に、どこから現れたのか一匹の小さな竜が空中に漂っていた。丸まったら人間の顔よりは大きいだろうか。体の長さは1メートルほどだ。
灰の力を持つカイムは毎日、雷の力を強めるために、訓練を重ねていた。
神々の力を訓練によって習得し、ある程度のレベルまで達するとそれぞれの力をまとった竜が出現する。竜の大きさは訓練した力の力量を示す。
竜を出すためには長い訓練が必要となるが、どれほど訓練したとしても、竜を出す事が出来ない人がほとんどであり、才能がある者のみがそのレベルまで達する事ができる。
カイムは、炎の力の訓練なども行ったが、一向に上達する事はなかった。だが、雷の力の訓練に切り替えると、みるみるうちに上達し、竜を出現させるほどまではあっという間だった。どうやら彼は、雷の力の才を秘めていたようだ。
「しっかしまぁ、水の神竜様が来るとわなぁ、びっくりだ」
金色に輝く雷の竜は、大きな口を開けて、赤ん坊を見ながら言った。
「神竜様ってなんだよ」
テーブルに肘を付いて竜を見たカイムは、眉をひそめながら聞いた。
「俺たち竜の主人様だ。おまえらが神々の力って呼んでる力は神竜様たちのおこぼれなのさ」
雷の竜はカイムが肘を付くテーブルの上に、前脚と後ろ足を置き、静かに降りて来てさらに続けた。
「俺の主人は雷の神竜様だ。俺たちは、神竜様たちに命じられて人間の下に来る。力を妙に使える人間は、何するかわかったもんじゃないからな。いわば監視役さ」
声に似つかわしくない大きな口を開けて話す金色の竜は、赤ん坊を真っすぐに見て言う。
「あの子供の水の力は、水の神竜様の力そのものだ。六つの神竜様の力が降りて来るなんて、600年ぶりだぞ」
「一体どういう事だ。なんで俺の子供に」
カイムはさらに眉をひそめ、竜を見たが「多分今回は、闇の子が産まれたからじゃねぇかぁ?」と、竜はのんきにあくびしながら答えた。
「闇の子は炎の神竜様が付いたって聞いた。炎の竜たちはタチが悪いからな。だから灰の子には炎の神竜様の弱点、水の神竜様がついたんだろ」
「俺たちの子は何かとんでもない事に巻き込まれたって事か」
カイムが小さく言うと「そう落ち込むなよ。灰の力と神竜様の力を持ってんだ。産まれた子の中では一番、丈夫だ」と、竜は明るい声で返した。
「俺の主人の力じゃない事は残念だ」
「神竜様は、姿を現さないのか?」
カイムは顔を上げて雷の竜を見て言うと、雷の竜は慌てたように再び宙へ浮いた。
「馬鹿言っちゃいけねぇ! 家が壊れちまうぞ! 神竜様たちは地球より大きいんだ! 小さくもなれるけど、それでも俺たちよりも何倍も大きい!」
カイムは目を丸くした。
「竜の大きさはその力の大きさに比例するんだよな」
「あぁ、つまりそういうこった! とんでもない力さ!」
雷の竜は辺りを漂いながら「水の神竜様には俺、会った事はないんだよな」と、ブツブツつぶやていた。
「う…う…」
かわいらしい声が響いた。
「うわぁぁぁあ」
泣き声を上げた赤ん坊が手足をばたつかせる。
「悪い! うるさかったか!」
とっさに竜が謝り、カイムが赤ん坊の下へかけて行った。
カイムがゆっくりと赤ん坊を抱くと、泣き声は少しだけ治り「…………」母親のラムが、静かに目を開ける。
「あら…」
ラムは金色の竜を視界に入れ「カミナリちゃん、どこに行ってたの?」と言った。
「カミナリちゃんじゃねぇよ! ちょっと散歩してたんだ」
竜は恥ずかしそうにラムに言い返す。ラムはゆっくりと起き上がって、カイムに手を伸ばし赤ん坊を胸に抱くと、赤ん坊の泣き声はピタリと止まった。
「見て、私たちの子供。かわいいでしょ。カミナリちゃんの弟だね」
彼女は竜に笑顔を向けた。
「…………おとうと」
つぶやくように言った竜を見て、カイムはクスクスと笑い出した。
「う、う」
赤ん坊が、顔をゆがませて声を上げた。ラムはぐずり始めた赤ん坊に母乳を与えようと胸に手をかけ、カイムは夜ご飯の支度のため水をくみに外に出た。
空は薄暗く、静寂を保つ辺りは嵐の前の静けさを示すかのようだ。竜は、水をくんだカイムの背後に付いて行き、部屋へと入って行った。
「今日は俺が作る」
出産を終えたラムを気遣うように、料理を作り始めたカイムに「珍しい!」と、彼女はうれしそうに声を上げた。
「俺の飯も忘れるなよ!」
竜は大きな口を開けて幼い声を出す。雷の竜は基本的に食べなくてもいいが、人間の食を偉く気に入ったカイムの竜は、毎日彼らと食事をともにしていた。
「はいはい」
カイムも当たり前のように、お皿を三人分用意し、少ない米を水に付けた。
しゃがんで床に空いてある穴に指を入れると、床は四角く上に開き、中には袋に入った食材が入っていた。床の下に掘られた穴は、気温が低く、冷蔵庫の役割を果たすのだ。
取って来た食材が土で汚れたり、虫に食われたりしないよう、穴の外面には木の板が貼られている。
昨日、取って来た葉っぱと魚を袋から出し、魚を焼くためにカイムは再び外へ出て行った。
カイムの背後に付いて行った竜は「人間もよく考えるよなー!」と、明るい声を響かせた。
木の枝を並べた所に行き、カイムは手をかざした。
彼の手からはバチバチと光の亀裂が現れ、積み上げた木の枝にそれを浴びせると、火が付き、瞬く間に燃え上がった。先程袋から出した魚を3匹を真っすぐな枝に突き刺して火であぶる。火力が強く、魚はすぐに湯気を出し始めた。
「焦げる焦げる!」
竜が焦ったように声を上げ、カイムは戸惑ったように目を丸くしていた。
火の力を弱めようと、水をかけ、慣れない手つきで火力を調節し始めたカイム。いつもはラムが料理をするのだろう。
しばらくの時間魚を見守り「うまそうな匂いだ」と口にしたカイムは、焼いた魚を取って部屋の中へ入って行った。
「おいラム! カイムは魚を焼くの下手くそだぞ」
部屋へ入るやいなや、竜は、赤ん坊にご飯を上げているラムに笑いながら言う。
「いつもは私がやってるからね」
彼女は笑顔で返していた。
「うるさいなー」
カイムは、口を開きながら、皿に、葉っぱと焼いた魚を皿に置き、テーブルへ持って行った。妻のぶんはそのままベッドへ持って行く。
「よく飲んでるな」
赤ん坊をのぞき込むカイムは、静かに言う。
「このまま寝ちゃうかもね」
ラムも静かに言い、赤ん坊を小さな寝床に移した。
「おい! もう食べていいか!?」
竜は興奮したように、部屋をぐるぐると回り、カイムはラムにご飯を渡すと、テーブルに戻って腰掛けた。
「いただきまーす!」
カイムの返事を聞く前に、竜は魚にかじり付いた。カイムもラムも手を合わせてから、食事をする。
スヤスヤと赤ん坊の寝息を聞きながら、竜はおいしそうに魚にかじり付き、ラムは笑顔でそれを見て、カイムは安心したようにそんな妻を見ていた。
幸せと呼ぶにふさしい一夜をかみしめるように、笑顔を絶やす事もなく、食事や片付けを終えて寝床に入る夫婦。二人の布団の上に乗り、丸くなった竜すらも、赤ん坊の寝息を聞いて満足そうにほほ笑んだ。
赤ん坊の周りを覆っていた灰色のもやは、いつしか少しずつ赤ん坊の下から離れて行き、灰の子を産んだ夫婦の辺りを歓迎するかのように舞っていた。
片方の目を開けた竜が、辺りを舞い始めた灰色を視界に入れ、顔を上げて赤ん坊を見た。
寝息を立てる夫婦は起きる気配はない。
「水の神竜様よ」
竜は赤ん坊を見ながら小さく口を開いた。
「二人はいい夫婦だ。どうか、これから待つ運命から守ってあげて下せぇ」
雷の竜から発した静かな声は
まるで何かにすがるような
祈るような
とても切なげな声だった。
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