都市伝説体験日記

杜都醍醐
杜都醍醐

ブラック製糸場

公開日時: 2020年9月1日(火) 07:00
文字数:699

 俺が中学生の時の社会の時間での話だ。

 明治初期に富岡製糸場は誕生した。そこで働くのは女性で、年は十六歳から。


「そんな成人も迎えてないきゃわゆい女の子が、苛酷な労働をしてたなんて…カワイソ過ぎる!」


 今のは、カゲトの台詞だからな。俺のじゃないぞ? 絶対に間違えるな!

 確かに教科書には、一日十一時間労働って書いてあった。今の労働時間はだいたい九時間ぐらい。おお、まごうことなきブラック。日本の近代化を支えたのがブラック企業だったなんて…。何か、悲しいな。



 んなワケあるかい! 富岡製糸場は、二〇一四年に世界遺産に認定された。ブラック企業が世界遺産されたって? 笑わせるなよ腹筋痛い!


 富岡製糸場は寧ろ、蚕のシルクのごときホワイト企業だぜ。俺も就職したいくらいだ。

 確かに十一時間労働ってのもあったにはあった。でも、ある条件があったんだ。

 それは、夏に行われるということ。

 実は当時の富岡製糸場、照明器具が一切なかった。だから日が暮れると手元が見えず、仕事ができない。故に労働時間はお日様が登っている間だけ。だから夏場は長めだけど、冬は短くなる。それでも八時間ぐらいだが…。


 労働環境に目をやると、ここもホワイト。食事と休憩は時間が決まっている。日曜日は必ず休みだし、先に言ったように夜は働けないので残業がない。製糸場には病院もあった。それに階級に見合った給料ももらえたのだ。

 ほぼ毎日日の出から日没まで働かなければいけず、天候によって収穫量が左右される当時の農業と比べると、富岡製糸場は随分と最先端。ここで働く女性を工女と言うが、工女は憧れの存在だったんだ。


 その工女が今の日本の労働を見たら、きっと苦笑いしかしてくれねえや…。

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