八月。
ライブの日から約一カ月。俺達は今、ファーストアルバムのレコーディングに向けて曲作りに入っている。またしても光夜さん以外のみんなが悪戦苦闘の毎日。俺はこの数か月でみんなとも打ち解けて来て、ちょっと図太くなったかもしれない。レコーディングはできた曲から随時して行くんだけれど、俺と諒さんで創ってる曲はまだ完成していなかった。
「少平、ここ勝手に変えんなっつったろうが!ここはスネア三発!四発じゃくどいって!」
譜面をチェックしていた諒さんが急に大声を上げた。お世辞にも広いとは言えない、第五スタジオに諒さんの馬鹿でかい声が響き渡る。
「え、そこ書き換えてないだけでしょ!すぐ人のせいにすんの良くないと思いますよ、俺は!」
確かそこは昨日の時点で俺も納得して、そうしましょう、って言ったはずだ。
「言いやがったな、じゃあここは。ちゃあんと考えて来たんだろうな、少平君?」
「……あ、あのごめんなさぁい!」
しまった。俺が考えて来るはずだったフィル・インのとこ、すっかり忘れてた。薮をつついたら怪獣が出て来てしまった。ゴメラとかガジラよりも強そうな、谷崎諒、という怪獣が……。
「しょーがねーなぁ。んで、あとここ。ここはドッタンよりドドタンの方がカッチョイーぜ」
「なるほど……。ドラムのことは太鼓屋さんにお任せします。でもここ!やっぱりここのリフはちょっと変えた方がいいっすよ。シンセ入れるんなら綺麗に乗っかるリフにしなきゃダメです!」
ギター屋さんの主張だ。ロックに限らずだけれど、バンドっていうのは各々が主張し合って譲り合って、すんごいパワーが生まれる。
「ぬ、わんでだよ!乗っかりすぎててどっちもぼやけんだろ!ちょっと三スタで鍵盤屋さんにやってもらおーぜ!」
「いいっすよ、別に」
「昼飯賭けるか」
「ゴチソーサマ」
「よおし、その言葉覚えとけよ、行くぞ!」
こんなやり取りが続いて早四日。時には喧嘩になるんじゃないかってほどに根を詰めて曲創りは進んで行った。今回はサポートで美樹さんが入ってくれている。彼女のセンスがThe Guardian's Blueのフィーリングに合うのか、アレンジは割りとスムーズに進んでるみたいだった。
そして、俺と諒さんの曲が出来上がり、レコーディングは二日後となった。俺達と美樹さんは練習に練習を重ねて、来るレコーディングに備えている。
しかし。
「少、しょおってば!」
淳の声が遠くの方で聞こえる。夢を見てるような浮遊感の向こう側に。
「少ちゃん、平気か?」
貴さんも俺のことを呼んでるみたいだったけど。何で……。
「……おやあっ?」
ふと気が付くと、仮眠室のベッドの上だった。と、なると。
「気付いた?少平君」
俺のすぐ横で声がした。美樹さんだった。
「ひょっとしなくても俺、倒れました……?」
「御名答。御褒美はたっぷりの睡眠時間、ってことでどお?」
「そいつぁありがたい、です」
俺は申し訳なさそうに言って、美樹さんを見た。何で美樹さんは俺なんかの看病を……。はっ!日本中の岬野美樹ファンに自慢できるぞ!
「少平君はね、学校行って、プロの仕事もしなくちゃいけないんだから、人一倍身体を大切にしなくちゃいけないの」
「おっかしーなぁ。別に気分は悪くはないんですけど。ちょっと眠いかなぁってくらいで」
俺は額を押さえつつ美樹さんに言った。多少頭痛はするけど、熱はないみたいだし、気分も悪くない。ただの寝不足だったら良いんだけど。
「寝不足っていうのはね、すごく体力削られるのよ。良い仕事の敵、って言われてるくらいだしね」
「一応仮眠は取っておいたつもりなんですけど。やっぱり一日二、三時間を一週間も続けてたら倒れちゃうかぁ……」
美樹さんはうんうん、と頷きながらエアコンの方へと歩いて行った。
「そ。仮眠は文字通り、あくまでも仮眠だから、睡眠とは全然別物よ。……ここから温度下げないようにね。このうえ風邪までひいたらめっちゃ怒られるからね」
「た、確かにそれは怖い、です……」
「ん!」
そう満足そうに頷いて、美樹さんは仮眠室から出て行った。つくづく気の利く女性なんだなぁ。優しいし。手が空けば買い出しとか行くし、お握りとか「気分転換よ」なんて言いながら作ってくれちゃうし。
……しかし美沙希さんに怒られるだろうなぁ。また倒れるまで無理して!なんて言って。でもこうまで無理しなきゃいけないのは、俺の力量不足のせいだ。
アルバムの収録曲は全部で十一曲。ライヴの時に演った『サードアクセス』以外の六曲、Keep on blue、ROCKIN' ROLLING、DRUM KNUCKLE、MADITATION、REFLEX Low Down、APOCALYPSEを入れて、残りを今回の曲作りで創ることになったんだ。この間貴さんが二曲創った時に大口を叩いたのを光夜さんはしっかり覚えていて、また二曲、創る羽目になったらしく、あとは俺と諒さんで一曲、光夜さんが二曲、そのうちの一曲は淳と共同制作ということになった。
でもここまで、倒れるまで一生懸命やっても楽しくて仕方がない。力不足を棚上げする気はないけど、逆に言えば楽しくて仕方ないからこそ、倒れるまでのめり込んじゃうんだと思う。
御立派なオトナ達は馬鹿なことを、って言うかもしれない。けれど、俺はそういうオトナ達に言ってやりたい。
あんた達は倒れるまでできる程の何かを、一つでも持ってるのか?って。人が一生懸命やってることを何一つ理解しようとしないで簡単に笑い飛ばせるような、そんな汚いオトナ達に、だけね。
それに俺達がやってるのは自己満足だけでは終われないことだ。聞いてくれた人が興奮したり、泣いたり、喜んだりしてくれるようなものを創らなきゃいけない。
一つのリフ、一フレーズの詞、一つ一つ大切に創っていかなくちゃ駄目なんだ。だからこそ無理もするし、出来上がった時の感動も大きい。
俺はガキだから、そんなことしか言えないけど、ガキだからそんなことを思える。死んでるみたいに毎日を生きてる人よりはよっぽどマシだって思える。
そんなことを思いながらベッドの上でゴロゴロしてると、美沙希さんが仮眠室に入って来た。ウェーブからストレートに変えたらしい。ストレートも似合ってて綺麗だと思う。淳がまた惚れ直しちゃうんじゃないかな。
「少ちゃん、無理はしないでっていつも言ってるでしょ?」
確かに。耳にタコが出来る程。
「ご、ごめんなさい……」
「どうせ訳聞いたって楽しいから、でしょ?それはね、凄くいいことだと思うの。でもねぇ少ちゃん、自分だけ楽しんで、倒れて他のメンバーはどうなるの?周りの迷惑省みず、のハタ迷惑やろーといっしょよ、それじゃ」
「ひどい、何もそこまで……どーせボクははためーわく……」
よよよ、と俺は泣き真似をして見せる。
「冗談言えるようなら平気ね。……でも本当にどーしてギタリストって無理ばっかりするのかしらねぇ。あの第一号のバカもそうだし。ほんっとにしょうがないんだから……」
なんて溜息交じりに言ってる中に一つ感じるものがあった。「あのバカも……しょうがないんだから……」なんて言ってるのとは逆説の……。
「へぇ、美沙希さん……。へえぇ」
「何よ変な声出して」
淳のこと好きなんだなぁ、この人。口に出したらどやされそうだから言わないけど。
「別になんでもないです。美沙希さんがこぉれだけギタリストを心配してくれるんなら安心だなって思って」
ちょっと複雑な言い回し。気付いたかなあ。
「ま、まぁね。二人とも大切なメンバーだから」
二人、ねぇ……。
なんだかあったかい気持ちになる。美沙希さんは思いっ切り照れた様な顔してる。しっかり照れてるんだろうけど。
「あ、そうそう、少ちゃんのせいで一日録り押すんだからね、その辺の自覚をしっかり持っといてよ!」
「え?そうなんですか?平気ですよ、まだ一日あるんだし」
今日一日休めば寝不足くらい解消出来るのに。
「だーめ。全員一致だから。明日はオフにします。ただし、少は学校行って、その後はゆっくり休養をとること」
ぐ。反撃だろうか。仕方ない、ここはおとなしく従うとするかな。……でもその前に一発、反撃を加えなくちゃ。
「巷じゃあ学校は夏休みですよ、美沙希さん。そっか明日はオフか。明日は淳もヒマになるんだろうな、きっと。最近彼女欲しいとか言ってたし。しょーがないからオレが淳の分までゆりと仲良くしよーっと」
また美沙希さんの顔が赤くなった。
「で、でもほら、練習もしなくちゃだし、少ちゃんもそーなんだからね!」
「でも無理は禁物、でしたよね?」
特に特に、ギタリストには。
「ま、まぁ、それは、そうだけど……」
年上の女性に思うことじゃあないのかもしれないけれど、凄くカワイーなぁ。とても俺の六つ上には見えないや。ちょっと意地悪な言い方だったけど、これでデートにでも誘えればいいんじゃないかなぁ。
「美沙希さんも大変なんだからたまには骨抜き?息休みだっけ?した方がいいと思いますよ」
「骨休め、息抜き」
「ちょっと間違えただけじゃないすか、意地悪」
「とぉにかくっ、少ちゃんはもうこれから明日一杯ちゃんと休みなさいっ!」
意地悪はどっちよ、みたいな顔して美沙希さんは言った。だって美沙希さんカワイーんだもん。なんか意地悪したくなちゃうなぁ。
「はぁい、じゃあこれから帰って寝ます」
「うん、気を付けて帰るのよ」
「はい!」
ベッドから抜け出して服装を整えると、俺は仮眠室を出ようとした。
「……ありがとね、少ちゃん」
へへ、なんか良いことした気分!具合悪いのも吹っ飛んじゃうよね!
今日は夏休み中の登校日。久々の学校の帰り道。俺は洋次と一緒に池袋の駅に向かっていた。今日はゆりも洋次の彼女の境子ちゃんも暇だって言うので四人でぶらぶらすることにしている。
「久しぶりだな、こうやって一緒に帰んのも」
「……うん」
少し浮かない気分なのは、ちょっとした罪悪感があるからだ。
「何だぁ?バンドの方で何かあったのか?」
洋次は相変わらずの様だけれど、それが返って悪い気がする。
「洋次さ、バンドのこと、どうなった?」
この間ライヴに来てくれた時に聞こうと思ってけど、俺の方がアレコレと忙しくて、声かけられなかったんだ。
「あぁ、それな。言おうと思ってたんだけどさ、一応また始めたんだ。みんな初めて楽器持ったばっかの奴らでさ、ホント下手なんだけどこれからだよ。俺も楽しんで教えてるしな」
そっか。洋次もまた、新しいこと、始めたんだ。
「そっか。何かごめんな、俺一人抜け駆けしたみたいでさ……」
言いたかったことを言えた。少しだけ気持ちが軽くなる。
「ばっか、何言ってんだよ!お前はお前で頑張んねぇといけねぇじゃん?」
バンバンッと俺の背中を叩きながら洋次は笑う。うん、友達ってやっぱりありがたいな。
「俺はさ、そんなプロんなる器じゃねぇし、楽しけりゃいいんだからよ」
プロかアマかなんて関係ない。俺はThe Guardian's Blueでやる以上はそうも言ってはいられないけれど、でも楽しむこと、そのものはどこにいたって忘れちゃいけない。
「そうだな、楽しく出来ればいいよな。洋次、たまには俺も交ぜてよ。俺はいつでもお前のベースの上で弾きたいって思ってんだから」
貴さんのベース、最高だけど、貴さんと比べたら洋次の方が全然下手かもしれないけど、洋次には洋次の音があるし。ずっと一緒に演って来たんだから。
きっと貴さんもそれくらい許してくれるさ。
「おっけ、みんな腰抜かすぜ、The Guardian's Blueのギタリストが来た!なんつったらさ」
「そこは伏せとこ」
「少、遅いぃ!待ちくたびれちゃったわよぉ、ねぇ境子ちゃん!」
駅の伝言板の前で俺達のことを待っていたゆりが大声を上げる。境子ちゃんは手をパタパタと降って苦笑してるけれども。
「草羽君、久しぶりだね」
「うん、境子ちゃんも」
おっとりしていて大人しい子なんだけれど、性格はほぼ正反対とも言えるゆりと、良く仲良くしてくれているなぁ、って思う。洋次ともども感謝感謝、だよ、本当に。
「やぁ、なんか久々の学校だったからさぁ、つい」
俺がプロデビューしたことを知ったクラスメートに囲まれて、その上先生にまで呼び出しを食らったっていう、漫画でしか見たことがないような事態に巻き込まれちゃったんだよ。
「ま、別にいいけどね!ともかくお腹空いたし、どっか入ろ!」
「だな!」
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