「その言葉は今日が無事終了するまでとっておいてもらって、あたしの話、聞いてくれる?」
礼美さんが少し照れたように言う。行動自体は突拍子もなくて周囲を驚かせることが多かった礼美さんでも、光夜とは比べるべくもない良識があるんだ。その礼美さんはあまりスタジオに顔は見せないけど、本当にオレ達のことを一人一人良く見てくれている。チーフプロデューサーって肩書は、うちのSounpsyzerの幾つかのバンドをプロデュースしてる、ってな訳で、面倒見ているのはオレ達The Guardian's BlueだけじゃなくPSYCHO MODE、THE SPANKIN' BACCKUS BOURBONといった(実は貴も俺も高校の同級生がいる)本物のロック志向のバンドを見ている。そのせいで、一つ一つのバンドの練習にあまり顔を出せないらしい。
「光夜の復帰はね、いつも考えていたの。でもね、すぐに復帰させてまた倒れでもしたら、こっちも光夜も大変でしょう。本当言うと、こっちはソロで復帰させようと思ってたの。でもね、光夜自信がバンドで復帰したいって言ったから……。ここのところロックって本当に元気ないでしょう?V.E.C.K.やSELECTION、それにLAYERED RATINGがロックを語るようになって、あれがロックじゃない、なんて言うつもりはないけど、でもやっぱり光夜の方がロックだった。アイドル視されがちだったけどね。だから、本物のロックを、ロックバンドでやりたいって言った光夜に任せてみようと思ったの。多少回り道でもね」
それにはオレも同意見だった。最近OCEAN MUSICやT.R.Eセンシティヴ、それとヴァージニティミュージックがキャッチーな曲やダンスミュージックっぽいものを出して来て、それがもの凄い勢いで売れ出している。ちょっと前も今の流行の原型になったような偽物ロックが大流行だった。だけどあれが本当のロックだなんてオレは認めない。売れるのも人気が出るのも流行るのも、オレは大いに結構だと思ってはいるが、あれは商品でしかない。もちろんオレたちの音楽だって商品だ。だがそれは、本当の意味で商品にもなり得るものを創る、という訳であって、最初から消費するための物じゃない。
キレーなシンセサイザーやキーボードのバック、ノリノリのパーカッション、ギミックだらけの完成されすぎたエフェクト、大変結構。だけどあんなモン、オレには千円出しゃあ買える代物でしかない。
エッジの効いたバッキング、インパクトのある強烈なリフ、頭のど真ん中を打ち抜かれるディストーション、オーバードライヴのソロプレイ、これが本当の、本物のロックだって思ってる。オレも貴も。だから高校の時から気が合った。今だってそうだ。
OCEAN MUSICのプロデューサー達の音楽センスはクソ以下だが、確かに頭はいい。日本の音楽スタイル、ミュージックシーンそのものを確立させたんだから。でも本物のロックを愛してる奴らはどうすればいい。やっぱり洋楽しかないのか。それならオレ達も所詮は偽物ロックで終わるのか。冗談じゃねぇ。だからこそ光夜と組む気になった。
光夜はしっかりロックを判っていたから。胸躍るロックンロールも、血液が沸騰するハードロックも、心臓が飛び出そうなほどのヘビーメタルも、全部、光夜は自分の音楽として持っていた。
オレはフリーの時に色んな奴のバックで叩いて来た。でもやっぱり光夜のバックが一番楽しかった。それは今風のキャッチーな曲調でもそうだった。聴いてて、叩いてて楽しくて気持ちが高ぶって来るような光夜の曲は、どんな形であれ紛れもないロックだった。
「そうしたらいきなりフリーだった諒ちゃん引っ張って来て、次にインディーズナンバーワンギタリストでしょ?すっごいなぁコイツッ、って思ってたら今度はフリーター、立て続けに高校生が入ってくるじゃない、一体どうなっちゃうのよ、このバンドは、なんてね。全然要らない心配だったけどね。だから、この先あたしが心配するのは、みんなの身体のことだけ。曲の方は全部あんた達に任せるからね、そのつもりで頑張ってよ!」
ぐっ、とガッツポーズをとって礼美さんは言った。本当に信頼してくれてるんだ、オレ達のこと。
「礼美さん」
「何?」
「一つ……。一つだけ、訊いていいかな?」
光夜が急にかしこまって礼美さんに言った。なんとなくいつもの光夜じゃないような気がした。不安、って言うのか、何かそんな気持ちが光夜の中にある、そんな気がした。
「なんなりと、The Guardian's Blueのリーダーさん」
「これで良かった、って思える?」
一体どんな意味が含まれているんだろう。メンバーのこと、流行に逆らったオレ達のスタイル、光夜自身の復帰のこと、それとも何か別の……。
「当然。あたしにミステイクはあり得ないわよ」
良くは理解できなかったけど、その礼美さんの自信に満ちた一言で、光夜は笑顔になり、いつもの光夜に戻ったみたいだった。香瀬ちゃんもうんうん、と頷いている。
「おれからもいい?本当に、おれ達で良かったのか?光夜。とーぜんだよな、最強にして最高、それ以外にあり得ない!」
なぁにを今更。そんなこと当たり前じゃねぇか。でもま、オレも貴には同意見だから、オレの意見の代弁、って形もとれるけど。貴の口からその言葉が出るってことは、それだけ貴に自信がついてるって証拠だよな。
「とーぜん!僕にミスキャストはあり得ない!」
礼美さんの真似までは予測出来なかったけど、光夜の回答はオレにしてみれば予想通り、当たり前の回答だった。
「おっし、よーく判ったぜ光夜、その言葉、忘れんなよ!」
貴は不適な笑みを浮かべて、握り拳を光夜に見せた。オレも同じ気持ちだ。きっと少平も淳も。
「あたしも一言いいかな」
香瀬ちゃん忙しいのに、そんな時間あるのか?
「みんなここまで頑張ってくれてありがとう。これからあたしも礼美さんと一緒にいい仕事たくさん取って来るからさ、一緒に頑張ろう、と・く・に、身体に気を付けて、ね、淳!」
「へぇい」
わざとらしく肩を落として、でも笑顔のまま淳は答えた。一回ぶっ倒れてるからなぁ、淳は。素直にならざるを得ないって所か。特に惚れてる女に言われちゃあな。くっくっく。
「じゃ、これでブリーフィングは終わり。あとはあなた達次第。好きにやんなさい!」
ぐっ、と両拳を胸元に持って来て、礼美さんが掛け声を掛けた。
「ぅおっしゃあああっ!」
光夜、貴、淳、少平にオレ、香瀬ちゃんが一斉に気合を入れた。
オレ達のファーストライヴまであと三時間弱……。
……ゆっくりと垂れ幕が上がって行く。みんな思い思いのステージ衣装に身を包んで最高にカッコイイ。
貴はサングラスにワークシャツの上にライダース、ブルージーンズとワークブーツ。淳もライダースにTシャツ、ブラックジーンズ、ブーツと、ほぼお揃いの格好をしている。オレはTシャツに革パン、少平はバンダナにTシャツ、ブラックジーンズ、コンバース。普通っぽいけど、これがステージ上だと不思議なほど格好良く見える。光夜はレザーのコートに革パンと、オールレザーでキメている。ロングヘアにサングラスが良く似合ってる。デビューしたての頃は可愛い男の子だったはずなのに、たった二年でこうも変わるもんなんだなぁ。まぁ光夜オレより年上だけど。
チケットには光夜の名前ばっかりでかでかと書いてあったらしくて、かつて光夜のファンだった奴らは「あれが樹崎光夜かよ……」みたいな顔してる。だから好奇心で来てくれた奴ら、光夜のファンの奴らが一目で判る。元から光夜のファンだった連中は、オレ達メンバーはただのバックバンドとしか見ていないようだった。でもそれも、礼美さんの戦略の一つだろう。難しいことは良く判んねぇけど。このライヴハウスってやつはかなり狭い。E-STはそれでもまだ広い方だが、オレ達と客の間は一メートル位しか空いてないから、客の反応がダイレクトに伝わって来る。無理して客を押し込めても二〇〇人程度。その内の半数が好奇心で来た奴らばかりだ。つかみでハズせば客はどっちらけ。その反応も直でオレ達に伝わる。
逆に言えば、盛り上げれば酸欠になりそうな程の熱い反応が返って来る。オレ達バンド者にとってはたまらない、最高のステージって訳だ。今でも超有名になったメジャーバンドがライヴハウスでシークレットギグをやる。それもこの熱い雰囲気が好きだからやりたがるんだ。
超メジャーバンドの連中でEXPEEDってのがいる。ジャーマンメタル宜しく、バッキバキのスピードロックに、曲に依っちゃフルオーケストラを盛り込んだりしてるアーティスト系バンドで、超大物だ。そいつらでもライヴハウスは今でもやりたい、なんて言ってるくらいだし。酸欠になって一旦客を全員外に出した、なんて逸話もある。それだけライヴハウスってところはオレ達バンド者のボルテージをあげることができる場所なんだ。
垂れ幕が上がり切って、オープニングのインストがフェードアウトして行く。
さぁ、楽しい楽しいロックンロールの時間だ!
四分の一でハイハットを四回叩く。ファーストソング、サードコンタクトの入り。
――蒼い月明かりの下 蜃気楼の海でおまえを見つけた――
朗々とした光夜の歌声。俺はハイハットを叩き続け、左右のライド、クラッシュの両シンバルにスティックを移動させる。始めは弱く、そして徐々に強く、早く叩いて行く。
光夜の声とは裏腹に、楽しそうな感じのリフを淳が入れる。少平がイントロのメロディを淳の音に乗せて弾き始める。同時に貴のベースが一番下に敷かれる。オレはシンバルからスネアにスティックを叩き降ろす。
――三年前のこの海で 俺は失敗しちまった
おまえと逢えたこと 最高だったのに
Wow Baby Baby 別に男がいたのさ
安っぽいTシャツと薄汚れたジーンズ それが悪かったのか――
タムタムとフロアを少しばらけさせて叩く。少平がチョーキングを良いタイミングで入れてくれる。初のライヴでこれだけアドリブ効くんなら上等だぜ、少平!
高校を中退して、夢を追いかけて、音楽を、ドラムを続けていて本当に良かったって思える自分が今、ここにいる。クソくだんねぇユニットのバックで叩いたり、アイドルのバックで叩いてた頃は、本当にこれで良かったのかと思うことが何度もあった。ドラムが誰よりも好きだってことだけを頼りに叩き続けて来たけど、でもそれが本当に今、最高の結果となってくれた。
こんなにも愛すべきバカ達と一緒に最高のプレイができるなんて思いもしなかったけれど、自分自身を信じ続けて本当に良かった。
――あの失敗の夏から三年 俺は気合を入れるのさ
おまえは今年もこの海にいるから
Wow Baby Baby 俺の女にするのさ!
まっさらなTシャツと履き慣らしたブルージーンズこれでOKさ!――
無事に一曲目を終えてみんなを見てみると、緊張は抜けているみたいだった。実はここにはそんな不思議な力がある。聴く人を魅了させて、やってる方は興奮しっぱなし。この客の拍手一撃でブチ切れるんだ。だから一度でもステージでやった奴らは抜け出すことが出来ない。本当にロックを愛してる奴らは。
「今晩は、樹崎光夜です。多分大半の人達は好奇心で来てくれたんだと思うんで、これを機におれ達のこと知ってくれれば幸いです。それから昔からおれのこと知ってる人達、お久しぶりです。今さっきおれ達のことって言ったけど、おれはこの仲間達と、バンドThe Guardian’s Blueで復帰します!」
光夜のMCだ。光夜の言葉に客席が沸く。オレはステージの少し高い所にいるから、客席が良く見渡せる。見知った顔が結構いた。オレの彼女の草薙夕香。オレが言うのもなんだけど、ウェーヴヘアの超美人。気が強くて、飾りっ気のないストレートな性格の女だ。その隣には貴の彼女の涼子ちゃん。相変わらず可愛らしい。オレと夕香、貴と涼子ちゃんは四人とも高校時代からの馴染みだ。
それからうちの事務所のPSYCHO MODE、THE SPANKIN' BACCKUS BOURBONのメンバーにも昔からのダチがいる。オレと光夜は全員知り合いだ。みんなが来てくれてたなんて知らなかったけど。
竹野の野郎もさすがにあそこまで言われて、帰るに帰れないんだろう、客席の端の方に立ってやがる。
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