それにしてもこんなに普通の高校生をしたのは久しぶりだ。ついこの間までは毎日こんなことしてたのに。知らなかったな、何の気なしに過ごしてた毎日がこんなに大切だったなんて。
『今自分が出来ることを精一杯やれ』俺が尊敬しているギタリストの一人、ミック・マーズが言った言葉だ。だからって訳でもないんだけど、やっぱり俺はバンドも学校もゆりも大切にしたいし、全部一生懸命でいたい。
「よぉし、じゃあCD出来たらみんなにあげるよ、んで他の人にも薦めてよ」
「おぉけぇ」
「あとそれからねぇ、これまだ内緒なんだけどさ、CD発売日にね、実は貴さんが……」
「なになにぃ、涼子さんと結婚しちゃうとか?」
ゆりが興味津々の顔で俺に詰め寄って来た。
「ちぇー、大当たり」
すぐ当てちゃうのはどうかと思いますが!
「ベースの人だよね、貴さんって」
「確かお金あげるんだよな、そういうのって。香典だっけ?」
「ご祝儀!」
洋次のあまりのボケに慌てて境子ちゃんが訂正ツッコミを入れる。なんていう間違え方だ!
「幾らくらいがいいんだろ」
境子ちゃんと洋次がうんうん言ってるけど、実は要らぬ心配。
「実はさ、貴さん、お祝い金なんていらないって言ってくれてるんだ。ただ俺は世話になってるからさ、それなりの金額出すけど、洋次は貴さんと会ったことある訳じゃないし、別にいいと思うよ。ゆりや洋次や境子ちゃんにお金払わせたら逆に俺が怒られちゃうよ」
「なるほど。あ、じゃあさ、みんなで金集めればいいじゃん。俺と境子とゆりちゃんで」
そうだね、なんてみんなで言いながら、お祝い金のことはとりあえず決まった。
「涼子さん、ウェディングドレス着たらすっごいキレーだろうね」
うっとりしながらゆりは言う。女の子の憧れですものねぇ、ウェディングドレスって。
「女神様みたいだね、きっと」
俺も涼子さんのドレス姿を思い浮かべる。どうしても背に、大きくて真っ白な翼が思い浮かぶ。
「そんなに奇麗な人なの?涼子さんって」
「境子は会ったことないもんね。美人ってよりはすっごい可愛い!」
「うん、ホントに。学生服着たらまだ高校生出来るんじゃないかなぁ」
「へーぇ、そんなに」
俺もいつかはゆりの両親に向かって「娘さんを僕に下さい」なんてやるのかなぁ。想像つかないや。
「あれよね、花嫁が最後に投げたブーケを取ると次はその人がお嫁さんになれるのよね」
「うんブーケトスね。でもまだまだあたし達には早いよ。今は思いっきり遊ぶんだから」
「ねー」
ゆり達がペチャクチャと喋っている間、俺と洋次は目の前のハンバーガーやポテトと大格闘を始める。
その後、俺達は制服のまんま、カラオケだのボーリングだのゲームセンターだのへ行って、久々に遊びきった充実感みたいなものを味わった。
さて、一九九五年九月三一日。
The Guardian's Blueのファーストアルバム発売日だ。と、同時に我がThe Guardian's Blueのベーシストである水沢貴之さんと恋人の舞川涼子さんの結婚式を挙げる日でもある。
怒涛のようなレコーディングも何とかかんとか終了し、ちょっとの間だけ、平和な日々が続いている。
バンドが組まれて僅かに三ヶ月。振り返ってみると嵐の中をひた走り抜けて来たような、そんな気分だけど、貴さんや諒さん、淳がいて、そして光夜さんがいて。ホントに楽しかった。まだまだ全然楽しみ足りないけど。
貴さん達の結婚式は、貴さんと涼子さん、そして諒さんと夕香さんの地元、七本槍市の小さな教会でひっそりと少人数で行われた。あまり業界人を呼びたくないという貴さんの意見をそのまま通したらしい。
よくよく考えてみると、作曲、ライブの準備、レコーディング、そしてライブ本番をしながらも、結婚式の準備を進めていた貴さんて実は俺なんかよりよほど忙しかったんじゃないだろうか……。
「汝、新婦リョウコを生涯の伴侶としテ、永遠の愛を誓いマスカ?」
「ち、ち、誓い、ます」
たおやかなウェディングドレス姿の涼子さんとは対照的に、がっちがちに緊張しまくった貴さんが笑える。
「汝、新郎タカユキを生涯の伴侶としテ、永遠の愛を誓いマスカ?」
「誓います……」
涼子さんがそっと貴さんの手を握って、静かに囁いた。
「ソレデワ、二人の永遠の愛の証しとしテ、指輪の交換を」
二人の指輪が交換されて、貴さんは涼子さんの唇にそっとキスをした。
俺の隣でゆりがうわぁ……。なんて嬉しそうに言ってるけど、あれは緊張するわ……。俺も凄く緊張するだろうなぁ。
式が終わって少しすると、二人が教会の扉を開いてゆっくりと出て来た。
「ひょーっ!」
やんやの歓声が沸き起こり、クラッカーが鳴って、カラーテープが飛び交う。貴さんは頭をかいて、涼子さんははにかみながら貴さんの左腕をしっかりと抱いている。
「……それっ」
予告もなしに涼子さんが手にしたブーケを投げた。青い空を飛んで、行き着いた所は諒さんと並んで貴さんたちを迎えてた夕香さんの腕の中だった。涼子さんと夕香さんって親友同士らしいしね。夕香さんは諒さんと顔を見合わせ、クスクスと笑うと、涼子さんにぐっ、とサムズアップした。
「さんきゅ、涼子」
笑顔の夕香さんに涼子さんもサムズアップを返す。あぁ、いいなぁ、女同士の友情!っていう感じがする。
それからしばらく、様々人が二人の回りを囲んで話していたが、何より驚いたのは、我がSounpsyzerの所属バンドである、PSYCHO MODEとTHE SPANKIN' BACCKUS BOURBONの何人かが、貴さんが高校時代にバンドを組んでいた時の仲間だった、ということだ。
諒さんは、プロになってからの知り合いだと思ってたけど、まさか高校からの付き合いだったなんて凄すぎる。こればっかりだけど、ホントに羨ましいな、こういうのって。涼子さんの両親や双子のお姉さん、貴さんのお姉さんや親戚の人々が泣いたり笑ったり、それぞれのやり方で二人を祝福していた。
「はーい、はい、写真撮るよー!みんな集まってー!」
ひとしきり話が終わると、美沙希さんがカメラのセルフタイマーをセットしようとしていた。みんなが貴さんたちの方へ集まって、既に記念写真状態を作っていた。
「みんな集まったみたいだぜ、香瀬ちゃん」
貴さんが言うと、美沙希さんがセルフタイマーをセットした。小走りに俺の所へ走って来たから、丁度俺の後ろにいた淳を引っ張り出して、美沙希さんの隣に押しやった。
「あ!こ、こら少!」
「いーから、いーから」
ちょっと意地悪っぽく言って、俺はゆりを引き寄せる。めちゃくちゃ恥ずかしいが、淳の為だ!俺はゆりの頭を軽く抱いて淳に見せつけた。
シャッターが降りるまで、ちょっとの沈黙があった。みんなその間笑顔だったと思うと少しおかしい。
……。
シャッターが降りる寸前、大変なことが起こった。諒さんがいきなりにやけながら貴さんに飛びかかった。そこにTHE SPANKIN' BACCKUS BOURBONのメンバーの一人とPSYCHO MODEのメンバーの一人が更に飛びかかって貴さんは押し潰された。そこはそのまま大乱闘になってしまったのだ。光夜さんは列から抜け駆けしてカメラの目の前でピースしてるし、涼子さんと夕香さんは二人でポーズ取ってるし。
俺は巻き込まれないようにゆりを守りながらしっかりポーズ。美沙希さんが淳の腕にじゃれついたように見えたけど、気のせいじゃなきゃいいなぁ。
シャッターが降りた後も騒ぎは続いた。貴さんがそれじゃ納得行かないと言い出して、諒さんと他のバンドのメンバーを叩き伏せてその上に足を乗っけてガッツポーズを取った写真を撮ったんだ。こっちの方が何となく貴さんらしいって思っちゃうけど。
「それじゃ、みんな元気でなぁっ!」
テレビでしか見たことのないオープンカーにカンカラつけた例のアレに乗って、乱闘でボロボロになった貴さんが言った。せっかくの髪のセットもタキシードもグチャグチャだよ。これで新婚旅行行くのかなあ?
「涼子ちゃーん、お土産お願いねぇーっ」
誰かが抜け目のないことを言う。けたたましい音と共に、二人の車は走りだした。よくドラマなんかで見かけるシーンだけど、あの車とカンカラ、それに服ってどうするんだろ。この後披露宴もあるのに。
「CDの売上が多いことを願いたいけど、今は二人の幸せを祈ることにしましょうか、美沙希」
「そうですね」
礼美さんの言葉に美沙希さんがそう答えると、美沙希さんは自分の後ろに置いてあった箱を開けた。何だろ、あの箱。
「はい、すみません、披露宴会場に行く前にこの場にいる皆さんに本日発売になりましたThe Guardian's Blueのファーストアルバム、Keep on blueをプレゼントしまぁす。どうぞThe Guardian's Blueを御贔屓に。それと他の方々にもお薦め宜しくお願いしまぁす」
……商売上手。でも粋な計らいしてくれるもんだな、礼美さんも。美沙希さんは箱からCDを出して宜しく、なんて言いながらみんなに配ってる。俺も手伝いに行こう。一体何人の人がこのアルバムを聞いて、俺達に期待を寄せてくれるだろう。願わくば、このアルバムを聞いた全ての人達が俺達のことを好きになってくれるように……。
貴さんと涼子さんの幸せも共に願って……。
一二月。
俺達The Guardian's Blueのファーストアルバム、Keep on blueは九月に発売したにもかかわらず、脅威の売り上げを達成して、新人賞を頂いてしまった。ファーストシングルのREFLEX Low Downも有線大賞を頂いて、いやいやそれはそれは、このバンドに加入する前の俺には想像もつかないことが立て続けに起こったものだった。歌番組やラジオに出たり、ミーハーな女の子にきゃーきゃー言われるようになったり。
ライブは既に次を予定していて、今度は渋谷公会堂になったそうだ。コマ劇じゃなくて良かったって淳が笑ってたっけ。一応未発表の曲をラストに演って、それをシングルカットするみたいなんだけど、またそれで曲作りに入るらしい。また楽しみが出来ちゃったな。
年が明けて一月の二〇日、二一日にやるんだけど、今回はスーパーサブ的な感じで美樹さんがサポートで入ってくれるらしい。何よりもデカイ所だから色んなことが出来そうで今から凄く楽しみだ。踊ったり走り回ったり寝っ転がったり。
そのライブを終え、三月で高校を卒業すれば、俺もフルタイムで練習に参加出来るようになる。学校の負担は減るから、ぶっ倒れることもそうそうなくなるだろう。
「少、ごめん待った?」
「や、ちょっとだけ」
今日は久しぶりにゆりとデートだ。制服じゃないゆりと歩くのは、ライブの日以来か。渋谷の駅を出て国道二四六号方面に歩を進める。特に何処かへ行こう、って決めてある訳じゃなくて、ただ二人でブラブラしたかったんだ。
「どっか入ろうか」
「うん、いいよ」
首都高速高架の下にあるファミリーレストランに入って席に着くと、ゆりがいきなり話を始めた。
「この前さ、一日空かなきゃ会わない、って言ったけど、あれ、ナシにするから」
「ナシにするって?」
どういう意味だろう一体。
「少が会いたいって言ってくれたらすぐに会いに行くってこと。気分転換だけでもいいの。あたしと会うことでもしも少が元気になれるんだったら、いつでも会いに行くから。少が会いたい時はあたしも会いたい時だって思っていいからさ」
「……ありがと、ゆり」
またあれからゆりは色々と考えてくれたんだ。そんなゆりがいてくれるから俺は前向きにギターを弾いていられる。これから先、何があってもゆりがいてくれれば乗り越えて行ける。そんな力を、元気をくれる。
「俺は大丈夫だよ。ゆりと一緒だったら大丈夫だから、ホントに」
そんな簡単なことしか今の俺には言えないけど、これが本当の気持ちだ。ゆりが大切で、光夜さんも、淳も貴さんも諒さんもみんな大切な人達だ。
過ぎ行く時間の中で、大切な人達と大切な曲を創って、聞いて、泣いたり、笑ったり、喧嘩したり……。
そんなことができるのは、長い人生で見ればほんの一瞬なのかもしれない。
もしも本当に一瞬なんだったら、だからこそ、つまらない時間なんて作ってる暇はない。
その一瞬を全部、最高の時間にするんだ。大好きな人達と一緒に。
いつかThe Guardian's Blueが最高のロックバンドだって呼ばれるように……。
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