真っ先に蓋を開けたのは、側近のルオシェンだった。彼は蓋の下から現れたものを見ると、元から切れ長の目をさらに細くして私を見つめる。
「──なんですかこれは? こんな料理見たことありませんが」
銀の器に乗っていたのは、白い麺料理だった。
☆ ☆
「いいこと教えてあげる。首席はね──ラーメンが好きなの」
「ラーメンですか……?」
何故かヘルマー城の厨房と似たような造りのシンヨウ城の厨房を貸し切ってくれたシーハンは、そんなことを口にした。首席が好きだという『ラーメン』は、茹でた麺をゲーレ風のスープに入れた麺料理で、スープの種類は多岐にわたる。ゲーレ風の料理ではあるが、発祥は東邦とも言われている少し変わった料理だった。
「そ。麺をちゅるちゅる吸うのが好きらしいね。ウチも何回も吸われ──」
「ぶふっ!?」
齢18の乙女には刺激が強すぎる話に私がむせていると、シーハンは「だから冗談だって冗談!」と笑った。
「は、はぁ……じゃあラーメンを作ればいいですかね……?」
「それじゃあつまらなくない? それに首席はありとあらゆるラーメンを食べ尽くしたツワモノだよっ? 食べ慣れたラーメンで感動させるってなかなか難しいと思うけど」
「ですね……そしたら……」
首席の好物だからか、城の厨房には麺が大量にあった。厨房にあるものはなんでも使っていいとシーハンは言っていたが、首席の好みが麺であるならやはりこの麺は使わざるを得ないだろう。
「うーん……あっ、あった!」
私が棚から豚肉の燻製を取り出した。
「やっぱりラーメン作るの? それ、チャーシューでしょ?」
「まあ見ててください。──あっ、こんなものもある!」
「あー、それはノーザンアイランドから贈り物で贈られてきたんだけど、デザートにしか使わないんだよねー」
「これも使おうっと! ──これも、これも!」
「えーっ、そんなの何に使うのー?」
横のシーハンに口出しされながら私が選んだ食材は麺の他に、ニンニク、豚の燻製、卵、牛乳、そして粉チーズ。
「よーし、調理開始!」
私は腕まくりをすると調理に取り掛かった。
まず、鍋に湯を沸かして麺を茹でていく。ゆで時間はだいたい十分くらいだけれど、麺が違うとゆで時間も変わってくるので、ちょくちょく様子を見ながら茹でることにする。
鍋の中の湯が沸騰するのを待っている間に、包丁とまな板を取り出して豚の燻製を1センチメーテルほどの大きさに細かく切っていく。
「あーっもったいない! ウチ、チャーシューは大きい方が好きなのにぃ!」
「だから作ってるのはチャーシューじゃないですって! 私の国ではベーコンって言うんです!」
「ベーコン? なんだっけそれ?」
「ベーコンはベーコンです!」
横で口を挟んでくるシーハンを手で軽く追い払いながら、続けてニンニクをみじん切りにしていく。
「ねぇねぇ、わざわざまな板使わなくてもここにあるじゃん!」
「誰がまな板ですか!」
私の胸を指さしながら笑ったシーハンを、包丁を振り回して追い払う。シーハンは軽い身のこなしで包丁を避けると、少し離れたところで腰に手を当てながら様子見を始めた。なんというか、その仕草だけでもかなりサマになっているのはずるいと思う。
大きなフライパンにオリーブオイルをしき、ニンニクとベーコンを炒めていく。そして麺の茹で具合を確認……。
(うーん、もう少しかかりそう。そのうちに……)
容器に卵を割り入れ、牛乳と粉チーズをたっぷりと加えると、思いっきりかき混ぜていく。そして塩とコショウで味を整える。これがソースだ。
(よし、いい感じ。──あとは)
麺の湯を切るとニンニクとベーコンのフライパンに入れてかき混ぜる。仕上げにソースをかけて出来上がり!
「シーハンさん。味見してみてください」
「待ってました!」
あーんと口を開けるシーハン。私はソースがよく絡まった麺を一本箸ですくい上げてシーハンの口の中に押し込んだ。
もぐもぐと口を動かしながら考え込むような仕草をする彼女。
「どう……でしたか?」
「不思議な味……少なくともゲーレにこんな料理はないよ」
「だめ……ですかね?」
「ううん。なめらかで濃厚でクリーミー。これはウチもちゅるちゅるしたくなっちゃうかも。まあ……端的に言うと──」
シーハンは私の両肩を掴みながら顔を覗き込んでくる。その瞳は爛々と輝いていた。
「めーっちゃ美味しい! なにこれ! ティナいつの間にこんなに料理上手くなったの!?」
「え、えへへ、喜んでもらえてよかったです」
「この料理はなんていう名前なの?」
「……この料理は──」
☆ ☆
「この料理はセイファート王国の料理で『カルボナーラ』といいます」
「カルボナーラ……?」
不思議そうな顔をするルオシェンは、フォークで麺をつついている。しかし口にする気配はない。
すると、カルボナーラの匂いを嗅いでいたイーイーが声を上げた。
「なにこれ! 腐ってるじゃない! こんなものをアタシたちに食べさせようなんて、ナメた真似してくれるわね!」
(確かに、ニンニクの匂いとチーズの匂いは慣れない人が嗅ぐと腐ってるように感じるかもしれない。……ゲーレではニンニクがよく使われているからきっと口に合うと思ったんだけどなぁ……)
実際、シーハンは美味しいと言っていたが、目の前の三人の反応は芳しくない。選ぶ料理を間違えたか……と私は後悔した。
「食べてみてください。すごく美味しいですよ?」
すかさずシーハンの援護射撃が入ると、モウ首席がルオシェンに目配せをした。
「モウ首席はこの料理を食してみたいと仰っていますが、毒味でまず私がいただきます」
ルオシェンは恐る恐るフォークで麺を一本すくい上げ、口へ運んだ。目をつぶりながら咀嚼すること数回。首を傾げ、今度はフォークでグルグルと麺を巻きとって口へ運ぶ。もぐもぐと口を動かす彼は、やがて深く頷いた。
「食べれる……というか普通に美味しいですね。味わったことのない味がして……とても新鮮です」
ルオシェンの言葉を聞いたモウ首席は、すでに麺を口に運んで味わっている。やがて何度も頷きながらガツガツと食べ始めた。
「嘘でしょ!? こんな腐った料理が!?」
「お嬢様も一口食べてみては? 食べず嫌いは良くないですよ?」
「うぅ……ルオシェンがそこまで言うなら……一口だけよ!?」
イーイーもルオシェンに促されて麺を数本口に運ぶ。
「ふわっ……!? なにこれ!? なめらかで優しいソース……ラーメンより好きかも!」
(よしっ! 三人とも胃袋を掴めた!)
私とシーハンは視線を合わせて微笑みあった。これで交渉はこちらの有利間違いなしだろう。
あっという間にカルボナーラを平らげたモウ首席は、私を手招きする。私が段のすぐ下まで近づくと、さらに手招きしてくる。もっと近くまで来いということだろう。
段を上り、首席のすぐ目の前までやってくると、彼はその大きな手を私の頭の上に乗せた。そしてなんとそのまま撫でてきたのだ。ゴツゴツしてるはずのその手はとても優しくて……。
「首席は『大儀であった』と仰せです」
「喜んでいただけてなによりです!」
私は首席の顔を見つめながら笑みを浮かべると、彼も少し口元を綻ばせたような気がした。すると首席の隣で料理を頬張っていたイーイーが私に声をかけてくる。
「ちょっとそこの、ティナだったかしら?」
「はい……?」
「お前、ゲーレに仕えない? アタシが雇ってあげるから毎日これを作りなさいよ!」
「残念ながら私にはすでに仕えている先がありますので……」
「むぅ……いくら払えばいいかしら?」
「そういう問題ではないんです……ごめんなさい」
確かにゲーレに仕えれば今よりも格段に高待遇を受けられるだろう。しかも首席の娘のイーイーからの誘い、正直かなり心が揺れた。しかしここでユリウスを見捨てては冒険者の名折れだろう。
「その代わり──」
不貞腐れるイーイーに私はある提案をすることにした。
「ヘルマー領と仲良くすればもっとたくさん美味しい食べものが手に入るかもしれませんよ? なにせヘルマー領の土地は豊かで美味しい牛がいますから」
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