☆ ☆
──その後しばらくして。
私たちは何故かミヤコの城の中にいた。自分でも何故こうなったのか分からないが、タマヨリヒメの住処を出た瞬間に血相を変えたユキムラによって城に拉致されたのだった。
ユキムラに問いただしたが要領の得ない返事しか帰ってこなかった。──ただ、「帝がティナさんたちをお呼びです」としか。
そしてこうやって城の一室で待たされている。
「……」
「……?」
「……ふぅ」
私とリアとミリアムの三人はお互い顔を見合せながら首を傾げた。本当なら「どうしたんだろう?」とか「いつまで待たせるんですの!?」みたいな文句を言いそうな二人も何も口にできないほど厳かな雰囲気が部屋を支配していた。
畳という草を編み込んだ敷物が一面に敷き詰められた部屋の前方は一段高くなっており、簾がで仕切られている。その向こうの様子はよく見えない。
おまけに私たちの左右には鎧から着物に着替えたユキムラを含め、着物を身につけた偉そうな人達がズラリと並んで威圧感を放っている。皆、お揃いの黒い縦長の帽子のようなものを被り、誰も一言も発したりせず正座で座ったまま微動だにしないのが異様な雰囲気を醸し出していた。
(もしかして、勝手にミヤコに入ってきたことを怒られたりするんじゃ……で、でもユキムラさんが入れてくれたんだし、サヤさんの紹介状もあるし、タマヨリヒメさんだって何もそれについては触れなかったし……)
理由がわからないが故に、時間が経つごとに不安はどんどん増してくる。
とその時、ズラリと並んでいた着物の人達の中に見知った顔を見つけた。
男の人ばかりかと思ったその集団の中でおそらく唯一の女の子──それも小柄で若い少女だった。
黒い髪を左右に垂らし、ダークブラウンの瞳で私の方をチラチラと見ているその姿は紛れもなくアメノウズメだった。
「あっ、アメノ──」
「──帝が参られます!」
私の声を遮るようにして部屋の外に控えていた兵士が声を上げた。それを合図にして一同がまたビシッと姿勢を正したので、私たちも慌ててそれにならう。
やがて、簾の向こうから何人もの人影が部屋に入ってくるのがわかった。が、詳細はよく見えないので不明だし、帝がどのような人物なのか見当もつかない。
じーっと簾の向こうに目を凝らしていると、それに気づいたユキムラが「何してるんですか頭を下げてください!」と身振り手振りで訴えてきたので、地面に額を擦り付ける勢いで頭を垂れる。
ゲーレ共和国のモウ首席に謁見した時とはまた別の緊張感があった。
簾の向こうで人の動く気配と衣擦れの音が止む。どうやら向こうの人達は全て着席したようだ。
「──面をあげよ」
簾の近くにいる重鎮らしき男の人の声に従って頭を上げると、簾の向こうがぼんやりと金色の光で輝いているのが見えた。
(帝って……どんな人だろう? 男の人? 女の人? 年齢は? 噂では正確な情報を聞いたことがないからわからないな……)
東邦の盟主──帝は、謎に包まれた存在だった。実際に目にしたことのある者が稀である上に、その者たちの証言も曖昧で、曰く「絶世の美女だった」、曰く「身長2メーテルを超える大男だった」、曰く「仙人のような老人だった」、曰く「翼が生えており、後光が差していた」、曰く「魔獣のようなおぞましい見た目だった」、曰く「特に特徴もない普通の男性だった」、曰く「幼い女児で、自分の娘に似ていた」云々……。
「帝、仰せの通りにティナ・フィルチュとその一行を連れてまいりました」
ユキムラが簾の前に進み出て告げると、向こうの人影もゆっくりと動いた。頷いたのだろうか。
「わざわざ呼び出してしまって申し訳ない。と帝は仰っております」
簾の向こうから男の声が聞こえる。どうやら帝の言葉を通訳しているらしい。帝はセイファート公用語を話せないのか──それとも。
「──!」
その時気づいたが、前方から──簾の隙間からありえないほどの魔力が溢れている。それは間違いなくライムントやタマヨリヒメ、今まであったどの人物よりも質と量の両面で群を抜いており──端的に言うと人間離れしていた。
タマヨリヒメの時もかなり驚いたが、これが帝のものだとしたら帝はそれよりもよほど超常的な能力を持っているように思える。
(帝って、もしかして神霊とかの類……?)
古来より九十九神という数多の神によって守られてきたと言われる東邦帝国ならありえなくも無い話だ。
(まさか、神によって支配される国だなんて……)
優秀な魔導士をたくさん擁するセイファート王国の侵略を数しれないほど退けてきた理由も頷ける。人間と神霊であれば勝負にすらならないだろう。
七天が七人束でかかってようやく勝てるかどうかの存在──七天の結束が必要不可欠なのは他でもない、東邦帝国の帝の存在があるからなのではないだろうか。
そんな東邦と手を結んでいる現セイファート国王はある意味賢明であるとも言える。
私の背中を冷や汗が流れた。
完全な神霊との対話なんて初めてだ。ライムントと対峙した時よりも、ユキムラやタマヨリヒメと出会った時よりも、モウ首席に謁見した時よりも数倍緊張してもうどうにかなってしまいそうだった。リアやミリアムに助けを求めようにも二人とも同じような状態だろう。
そもそも緊張感で横を伺う余裕もない。
「近う寄れと仰せです」
「はっ……?」
(近う寄れって、近くに来いって意味だよね……?)
私は簾の前まで這いながら進んできた。
「帝! それは……!」
簾の向こうの声が慌てはじめた。
「し、しかし……!」
「……」
「──かしこまりました。それでは今より簾を上げて帝のお姿をお見せいたします」
「なんと……!」
それは、私たちの左右に並んでいる重鎮たちにとっても驚きの言葉だったらしく、あんなにシーンとしていた彼らが露骨におろおろとし始めた。
「帝、どうかお考え直しを! 国外の者にお姿を見せるなどと!」
「帝のお考えに異を唱えられるおつもりか!」
簾の向こうの声が一喝して、重鎮たちはおずおずと浮かしかけた腰を下ろす。私はその一部始終をハラハラしながら見ていた。よく分からないが、今から帝が姿を見せるというレアイベントが発生するということはわかった。
(どうしよう、帝の姿がおぞましい魔獣だったら声でちゃうかも……)
だが、簾越しに見る限りは帝の姿は少なくとも人間のシルエットを保っているように見えた。
バタバタと簾の向こう側の側近たちが動き回り、簾が少しずつ上がっていく。私は下に視線を落としながら気持ちを落ち着けた。
そして、簾が上がりきった瞬間に、ふうっと息を吐き気持ちの準備を整えてから一気に顔を上げた。
「──えっ!?」
気持ちの準備をしていたにも関わらず、私は声を上げてしまった。──なぜなら。
目の前に座っていたのは白いローブをまとった金髪の美青年。
どこからどう見ても私がかつて恋心を抱いていた相手──そして、既に死んだと伝えられていた相手。
──七天『光芒一閃』のユリアーヌス・ヒルデブラントだったのだ。
私の驚いた顔を真っ直ぐ見つめ返したユリアーヌスは、僅かに笑みを浮かべた。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!