☆ ☆
──翌日。
「というわけで、今日から正式にこの席にティナが加わることになった。──皆、異存はないということでいいな?」
ユリウスは円卓に座る一同の表情を見回した。席についているのは私とユリウスに加えて四人のおじいちゃんギルドマスター、そしてミリアムだ。
ちなみに会議を円卓で行うのは、「この席では身分を気にせず発言をしてほしい」というユリウスの意向らしい。自分が領主として上座に座るのは気持ちが悪いのだという。つくづくおかしな人だ。
ミリアムとホラーツ、アントニウスの三人は深く頷き、セリムとミッターは渋々頷いた。この二人は昨日の料理である程度私を認めてくれたものの、まだよそ者だと思われて完全には受け入れられていないらしい。
「ティナとミリアムが仲良くなってくれて何よりだが……何かあったのかお前ら?」
ユリウスはミリアムが突然私の追放を撤回し、お互い「先輩」「後輩」と呼び合うようになっていることをかなり不思議に思っているらしい。でも、これには決闘した魔導士二人のお互いを理解し合った深い絆にも似たような何かがあるので、それをユリウスに説明するのはなかなか難しい。
「それは……いろいろありまして……ねー、先輩?」
「そうですわね、後輩ちゃん」
私が隣のミリアムと目を合わせながら言うと、ユリウスは釈然としない様子で「む……なんか気持ち悪いなお前ら」と呟いた。親衛隊たちの筋肉を見て興奮しているユリウスには言われたくない。
「──まあいい。今日の議題は狩りについてだ。先日ティナが作った『トンカツ』という料理は実に美味であった。そこで……」
「狩りに力を入れるにはうちのギルドの人手が足りんぞ……」
「わかっている!」
狩猟ギルドのアントニウスが口を挟むと、ユリウスは不機嫌そうに答え、すぐさま私に視線を向けてきた。
「私ですか!?」
「ティナ、なにかいい考えはないか?」
(いや、ユリウス様……私を頼りすぎてない?)
セリムとミッターの二人も、ユリウスが私ばかり頼っていることは面白くないようで、顔を顰めている。とはいえ、振られたからには何かアイデアを考えないといけない。
(考えろぉ、考えるんだ私! 狩りに……人手……えっと──あっ! そういえば!)
「原住民です!」
「「アマゾネスだとぉ!?」」
ユリウスとアントニウスは驚愕の声を上げた。なんで狩の話にアマゾネスが出てくるんだ? とでも言いたげだ。
「アマゾネスたちは森の中で狩りをして暮らしているようです」
「それは皆知っておる。奴らが南下してきたせいで追われた魔獣たちがワシらの農地を襲うようになったんじゃ!」
すかさず反論したのは白ひげのセリム。私はセリムとユリウスの顔を交互に見るようにしながら続けた。
「私が出会ったアマゾネスはこんなことを言ってました。『お前たちが侵略してこなければ、あたしたちはお前たちには干渉しない』って。──つまり交渉する余地は十分あると思います」
「アマゾネスの言葉なんか信用できるか」
「実際、彼女は私たちを見逃してくれました!」
口を挟んだミッターは、私が強い口調で言い返すとこちらを睨みつけるようにしながら黙りこんだ。その隙にさらに畳み掛けることにする。
「アマゾネスたちと上手く協定を結ぶことができたら、魔獣とアマゾネス、二つの問題が解決すると思いませんか?」
「しかし、そんなに上手くいくのか?」
「やってみる価値はあると思います。──ユリウス様」
「なんだ?」
「私にアマゾネスたちの所へ行かせてください。交渉は私がやります」
ユリウスは木造の椅子の肘掛の先をトントンと指で叩きながら暫し思案しているようだったが、やがて顔を上げると私の目をしっかりと見すえながら口を開いた。
「いいだろう。ただし、交渉ならば俺も当然行く。アントニウス、森について一番詳しいのはお前だ。案内してくれ。……親衛隊も連れて行こう」
「……分かりました」
「わたくしも行きますわ! アマゾネス相手だとしたら親衛隊だけではユリウス様を守れませんから」
ミリアムも名乗り出て、対アマゾネス交渉団のメンバーが決まった。
出発は数日後ということで決まり、その日の会議はお開きになったのだった。
☆ ☆
その夜、私はどうも胸騒ぎがしてなかなか眠ることができなかった。こんな感覚は祖国にいた時や魔法学校で学んでいた時以来久しくない。なにか、魔法的な危険が迫っている。そんな感じがした。
私は寝台から身体を起こし、窓から外を覗いてみる。いつもどおり不気味なほどに暗い街並み、曇っているのか月や星の明かりさえなく、完璧な暗黒だった。
(もしかして、ユリウス様の身になにかあったりして……)
いてもたってもいられなくなって、私はランプを掴んで城へと向かった。禍々しい闇の気配を強く感じる。誰かに良くないことが起きるのかもしれない。こういう謎の予感は昔からよく当たるのだ。せめて杞憂であってくれと願いながら城の入口近くに差し掛かった時、闇の気配は一層強くなった。背中じゅうの産毛が逆立つような嫌な戦慄と共に、ランプの火がひとりでに消える。
一瞬にして真っ暗になった城前で、私は必死に辺りの気配を探りながら下唇を噛み締める。
(こんな魔力、感じたのは魔法学校にいた時以来だ……一体何が起きているというの?)
そう思った刹那、私は背後に強い気配を感じた。振り向くよりも前に、今度ははっきりとした魔力の流れを感じる。
(思ったとおり、闇魔法だ……それも高位の……転移魔法!?)
「──!?」
反射的に右へ跳んだ私。一瞬前に頭があった場所を何か黒く薄ぼんやりと光るものが高速で通り過ぎていった。これも闇魔法だ。
私が目を凝らすと、目の前に闇魔法の僅かな残滓に照らされながら、一人の人影が浮かび上がっていた。
「よくかわしたなぁ! 腐っても『七天』だねぇ?」
人影はそう言うとクククッと笑った。空気を震わすようなその耳障りな笑い声に、私は聞き覚えがあった。声変わりによって低くなってはいたが、恐らく敵の正体は──。
「七天──『神出鬼没』のライムント。──ライムント・タイ」
私が呟くと、人影は再び笑う。
「ヒヒヒッ! しばらくぶりだなぁ五年ぶりかなぁ? まさかヘルマー伯爵に雇われたへっぽこ冒険者がちんちくりんのティナ・フィルチュちゃんだったとはねぇ! そっちはあまり成長してないようだなぁ」
「何の用ですか? 冷やかしですか?」
私の声は驚くほどに震えていた。背中を冷たい汗が流れ落ちていく。強く握った手のひらにもじんわりと汗が浮かんでくる。それほどまでにこのライムントという男は私にとって因縁深い相手だった。
「いんや、ちょっくら野暮用でねぇ。──だって僕、アルベルツ侯爵のお抱えじゃん? 侯爵の命令で、『ヘルマー伯爵が新しく雇った冒険者が危険そうなら始末してこい』って言われててねぇ。侯爵にとってもヘルマー伯爵が力つけるのは面白くないみたいなのよ」
「はぁ……そうですか」
「おっとぉ! アルベルツ侯爵がヘルマー伯爵領の内情を探ってることは知られちゃいけないんだったぁ! 僕としたことがいけないいけない!」
目の前の人影がゆらゆらと揺れている。闇魔法を得意とするライムントにとって、幻惑や転移はお手のものだ。目の前にあるものが本体がどうかも分からない。声がする方向すらも信じられない。五感に頼らず、魔力が集まる方向に注意を向ける。それすらもぼんやりとしていて特定できなかった。──ライムントは明らかに五年前よりも腕前を上げている。
「僕としてはね、ちんちくりんで魔力器官がすっからかんでも、腐っても『七天』であるティナちゃんはちょっと目障りなわけよぉ。──だからさ」
ライムントの声のトーンがすぅっと落ちる。と同時に魔力の流れが変わった。どこか一点に集まりつつある。
「……と、いうわけで! ごめんだけどさぁ──死んでくれないかなぁ?」
「──!?」
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