その言葉の意味を理解するのに少し時間を要した。
セイファートとゲーレの仲は決して良くはない。明確な敵対関係ではないものの、それも先日のライムントの行動によって悪化してしまっただろう。
そのゲーレ共和国に仕えているシーハンが、セイファート王国の一貴族のお抱えである私に助けを求める意味がわからなかった。
「えっと……」
「あぁ、そうだねまずは──今のウチがどういう立場なのか、説明しておかないとね」
困惑する私に、シーハンはそう言いながら部屋に置いてあった椅子を勧めた。木で作られた繊細な装飾の肘掛けがついている椅子だ。表面は黒く漆のようなものが塗られている。
私が椅子に座ると、シーハンも向かい合うようにして椅子に腰を下ろした。
「今のウチはゲーレ共和国のお抱えなの。──あとは首席の夜のお世話とか……」
「ぶふっ!?」
唐突なカミングアウトは齢18の乙女の平常心を呆気なく破壊した。
「な、なにを!?」
「あーごめん、それはさすがに冗談ね」
「びっくりしました。シーハンさんが言うと冗談に聞こえないので……」
シーハンは右手を頭の後ろに回しながら「いやー、ごめんごめん」と照れくさそうに口にする。たったそれだけなのに、彼女にどことなく色気を感じてしまうのはきっと彼女の体型のせいだ。……そう思いたい。
「だからね、首席としてもウチの意見を無下にはできないし、ウチが勝手にティナを連れ出しても文句は言えないってわけ」
「なるほど、それは分かりました。でも何故私に助けを求めるんですか?」
「それはね──ティナも知ってると思うけどこの前の戦いでたくさんの兵士がライムントに殺されたでしょ?」
私は黙って頷いた。それは私も現場を目撃しているので他人事では済まされない。ましてはその時ヘルマー伯爵家はアルベルツ侯爵家と共闘状態だったのだから、責任の一端を追及されても致し方ないだろう。少し──というかだいぶ罪悪感が湧いてくる。
「──ライムントの目的はウチだと思うんだ。ウチをおびき出すために見せしめとして兵士が殺された」
「どうして──そう思うんですか?」
シーハンは「うーん」と唸りながらその長い脚を組んだ。際どい衣装の彼女がそんなことをすると……少し目のやり場に困ってしまう。
「それはライムントの野望から話さなきゃいけないかな……」
「最強の魔導士になることですよね?」
「そ。わかってんじゃん」
彼の目的は一貫してそれだった。私を襲撃した時もそんなことを言っていたし、きっと……ユリアーヌスを殺した時も、自分より強くなる可能性のある魔導士の存在が許せなかったのだろう。
「ライムントにとってウチら『七天』は目障りな存在なんよね……そして次のターゲットは恐らくウチ。んでもってウチとライムントが真っ向からやり合ったら十中八九ウチは負ける。ウチが負けるってことはゲーレも滅ぶ」
「なるほど……それで同じ『七天』である私に助けを求めたと……申し訳ないですけど当てが外れましたね。私が役立たずなことはシーハンさんも知ってるはずです」
「なりふり構ってられないんだよねぇ。──ライムントはティナも狙ってきたんだよね?」
「それは……そうですけど」
ここに来て私はやっとシーハンの意図していることがわかってきた。彼女は「どちらかの元にライムントが現れたら一緒に戦おう」と提案しているのだ。そして一人では万に一つも勝ち目がないライムントに、彼女と一緒なら勝てる可能性はある。
(これはむしろ私の方がメリットが大きいかもしれない。領地の人達にこれ以上迷惑をかける訳にはいかないし、ここでライムントとの因縁を断ち切っておきたい……)
私はシーハンの目を見すえながら頷いた。
「わかりました。でも私はヘルマー伯爵家に仕える身、表立って協力はできませんよ?」
「大丈夫、いざという時にライムントの味方をしないってだけでも十分。それに、ティナには一つやって欲しいことがあるの、セイファート王国の人間にしかできないこと」
「──なんですか?」
シーハンは私の方に身を乗り出すと耳元で囁いてきた。ここでは盗み聞きはされないはずなのに、徹底した念の入れようだ。それは同時に私のことを信頼してくれている証でもあった。
だが、問題はその内容だった。
「『七天』のイザヨイ・サヤの居場所を探ってほしい」
「サヤさんですか!?」
「しーっ! 声が大きい!」
「……ごめんなさい」
「あの子だけ、どうしても消息がはっきりしないんだよねぇ。東邦帝国に里帰りしてないことだけはわかってるんだけど。だとしたらまだセイファート王国にいる可能性が高いかなって」
「なるほど……探ってどうするんですか?」
「ん? 仲間に引き入れる。もしかしたらあの子もライムントに狙われていて、彼から姿を隠してるだけかもしれないし。セイファートにはほら……冒険者の情報を集めてる──なんだっけあれ?」
「冒険者ギルドですか?」
「そ。冒険者ギルドがあるから、そこで尋ねてみればもしかしたらわかるかもしれないね。正確な居所はわからなくてもだいたいの場所くらいは」
「わかりました。近々王都に行く機会があるのでその時にでも」
「ありがとっ」
そこまで話すと、シーハンはふうっと息を吐いた。一気に緊張が解けたように、彼女のまとう雰囲気が軽くなる。『ライバルに狙われるお抱え魔導士』の顔から『旧友との再会を喜ぶ少女』の顔に戻ったというべきか。
「じゃあ首席に会いに行くのは明日にして、今日はゆっくり休みなよ。ここは絶対安全だから。久しぶりに女子バナに花咲かせちゃう?」
「あー、それもいいですけど……」
私にはどうしても確認しておかなくてはいけないことがあった。これによって明日の交渉の結果が大きく左右されると言っても過言ではない。
「この城の厨房はどこですか?」
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