☆ ☆
サヤの情報によると、オルティス公国の主力はセイファート王国南部の小貴族たちを制圧しながら徐々に北上し、このヘルマー領を目指しているらしい。
その数は5万にも及ぶそうだ。しかも、オルティスは亜人や魔獣などの混成軍。──その戦力は実数の10倍とも言われている。
とても、現在のヘルマー領に太刀打ちできる相手ではない。
ユリウスやギルドマスターたちと議論した結果、領地を荒らされることになったとしても、このハイゼンベルク城に立てこもってゲーレと東邦の援軍を待つしかないという結論に達した。幸い、ハイゼンベルクを三方向から囲んでいる森が天然の要害になってくれるだろう。
「──といっても、魔獣や亜人相手では森にいくら罠を仕掛けてもあまり足止めは期待できないと思うわ……」
「そうなんですか?」
サヤは城の天守から南方の森を睨みつけながら神妙な表情をしている。
「あいつらはね……ドラゴンとかサイクロプスとか、そういう大型の魔獣で露払いをしながら進軍してくるから。──要は力技ね」
「ドラゴン……サイクロプス……」
飛行能力を持つ巨大な魔獣のドラゴンは言わずもがな、再生能力を持つ巨人のサイクロプスは、野生のものを相手にするのも骨が折れる。もちろん私は手も足も出ない相手だった。
だが、今ヘルマー領には七天のサヤがいる。オルティスに勝つのは無理でも、時間稼ぎだけであれば十分に可能……だと思う。
「まさか、アルベルツ侯爵よりも前にオルティス公国と戦争することになるなんて……現実は小説より奇なり、ですね」
「相手が何であろうと、わたくしの敵ではありませんわ! このミリアム・ブリュネを敵に回したこと、地獄で後悔するといいですわ!」
「ふふっ、頼もしいことですね」
パトリシアがしみじみと呟けば、ミリアムが自信たっぷりに胸を張る。皆、強大な敵に対する恐怖よりも、このヘルマー領を守るという使命感に燃えていた。
「にしても、ほんとにあんな作戦で上手くいくの?」
「分かりません。でも、ユリウス様が立てた作戦なのできっと……」
「わたしにはユリウス様とやらがどれほど信用できるのか分からないのだけど」
「サヤさんはユリウス様の部屋が本だらけなの知らないから……」
「あっ、それなら信用できるわね」
勉強熱心なサヤは、同じく勉強熱心なユリウスをあっさりと信用したらしい。ここも東邦人のよく分からないところだ。警戒心が高い時と妙に低い時がある。
とその時、部屋の扉が開いてユリウスが入ってきた。ユリウスの後ろから張り付くようにしてしっかりと警護していたアクセルが、私たちの姿を見ると早速軽口を叩き始める。
「これはこれは……お嬢様方お揃いで」
「どうしましたユリウス様?」
恐らくアクセルは緊張を和らげようと軽口を叩いたのだろうが、生憎この部屋の者はそもそもあまり緊張していなかったので、悪いとは思いながらも無視をしてユリウスに話しかけることにした。
ユリウスはいつも通りクールな表情で答えた。
「──始まったぞティナ」
「ついに……」
パトリシアが息を飲むと、ユリウスはゆっくりと頷く。
「先程、森に潜ませていたアマゾネスから連絡があった。──オルティス公国の軍勢が森の南端に到達したそうだ。このまま真っ直ぐにこちらに来る。ここに到達するのは今晩から明日朝くらいになるだろうとのことだ」
「いよいよですね……」
私は身体の横で両拳を握りしめる。右手にふと温かい感触が重なった。右を見ると、サヤが私の拳に左手で優しく触れていた。彼女なりに私を勇気づけてくれようとしているのだと悟って、心の中に熱いものが溢れてきた。決して多くは語らないサヤだけれど、心はしっかりと伝わっている。そう思うと不思議と安心できた。
「私は──今までできるだけ争いは避けてきました。アルベルツ侯爵とも、ゲーレとも波風を立てないように立ち回ってきました。──でも、もう終わりにします。私たちは私たちの領地を守るために戦います!」
私が宣言すると、ユリウスにアクセル、ミリアムにパトリシア、そしてサヤがそれぞれ頷いた。
「それでは手はず通りに! 必ず生き残りましょう!」
合図でそれぞれ右拳をぶつけ合う。冒険者が互いの無事を祈る挨拶のようなものだった。そしてそのまま各々部屋を飛び出して持ち場へ向かった。
私の役目は魔法による城の防衛とユリウスの警護。なので、サヤとユリウスの二人と共に天守に残る。サヤと交代で睡眠をとりながら夜通し警護していると、明け方くらいになっていきなり南の方が騒がしくなった。
地響きのような音に交じって何かの鳴き声のようなものも聞こえてくる。
私は急いでサヤとユリウスを起こすと、天守の南側へ移動して窓から森の方に目を凝らした。
「うわ……」
まだ薄暗い南の空は真っ赤に燃えていた。森が燃やされているのだ。
「これはまたアマゾネスさんたちが怒りますよ……」
そして、目を凝らすと遠くの空に何か巨大なものが飛んでいるのが見える。──あれがドラゴン。そして、ここから約100メーテルくらい離れたところで木を薙ぎ倒しながら進んでくる単眼の巨人がサイクロプスだろう。その数約10体。縦二列になってゆっくりと歩いてくる。
「これはまた派手にやってくれちゃって……」
サヤは呆れたように肩をすくめる。
「──でも、そろそろこっちからも仕掛けさせてもらうわ」
──パンッ! パンパンッ!
その時、何かが弾けるような音がして、サイクロプスの足元で火柱が上がった。よろっと体勢を崩す巨人の身体に周囲から無数の槍が襲いかかる。
アマゾネスの奇襲攻撃だ。狩りに慣れたアマゾネスは三体の巨人を再生する暇すら与えずに、瞬く間に弱点を潰して仕留めていく。
と、同時に炎をまとった何十本もの矢が上空のドラゴンを襲い、たまらず落下したドラゴンも同じように槍で串刺しにされる。
「これは意外といけるかも……?」
サヤはアマゾネスの戦闘力の高さに舌を巻いている。
「俺たちもあいつらには随分手を焼いたものだ。敵にすると厄介だが味方にするとここまで心強いなんてな……」
「でも、これからが本番だから。──多分噂通りだとここから……」
──ワオーン!
(これは……遠吠え?)
その遠吠えを合図に、遠くの方から何か黒い波のようなものが高速で迫ってくるのが見えた。──否、波ではなく何百頭もの魔獣の群れだった。
「やっぱり、ブラックハウンドよ。大きさでいうとアマゾネスのシルバーウルフの方が大きいけれど、いかんせん数が多すぎるわ。──アマゾネスたちを退かせなさい。死ぬわよ?」
「言われなくてもそうする!」
ユリウスが弓を構えて、上空に向かった矢を放つ。ユリウスが放った矢は、ヒュゥゥゥッ! という大きな音を立てながら明け方の空を駆けていった。それに呼応するように地上のアマゾネスたちがバラバラと散開をはじめる。
「ふーん、合図に鏑矢を使うのね……わたしたち東邦と同じだわ」
「便利なものは取り入れる主義なんでね」
「なるほど──でも残念ね。手遅れみたいよ」
「くそっ!」
ユリウスが悪態をつく。
地上に目を移すと、城に撤退してくるアマゾネスたちを黒い波が飲み込もうとしているところだった。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!