早速私たちは親衛隊や街の人たちを指揮してハイゼンベルク城の防衛強化に乗り出した。
交易の荷物に紛れて道具や石材を城に運び込み、埋まりかけた堀を掘りなおし、崩れかけた土壁や石垣を補修し、城の外壁の漆喰を塗りなおす。
材料の調達はホラーツが請け負ってくれたし、人員はセリムとアントニウスが集めてくれた。アマゾネスたちも実によく働いてくれて、予定よりも早く作業が終えられそうだった。
ある時、私はセリムたち農業畜産ギルドの人たちと共に城の庭を耕していた。
すると、親衛隊のマッチョ二号ことアクセルが通りかかった。
「おっ、ティナ。今日は呑気に土いじりか?」
「別に遊んでいるわけじゃありませんよ。庭に畑を作っているんです」
「畑……?」
どうやら籠城の経験がないアクセルは、籠城とはどういうものか分かっていないようだ。解説スイッチが入った私は、人差し指を立てながら説明を始めた。
「いいですか? 城に立てこもることになった場合、城を囲む敵軍によって外との補給は絶たれ、食糧不足に陥ります。その状態で援軍が来るまで何日も待たなければいけないので、城の耐久力はどれほど食糧を蓄えているかで左右されると言っても過言ではないんです」
「なるほど、それで畑ってわけか」
「この広さではもちろん城内全員分をまかなうことはできませんが、少しでも足しになればと。──既に地下の貯蔵庫には食糧をいっぱいまで運び込んであります」
アクセルは感心した表情で腕を組んだ。
「──ティナ、いつの間にそんなことを」
「えっへん! なんてったって私はヘルマー領の宰相ですからこのくらいは──といっても城の造りや防衛についてはユリウス様に教えていただいたんですけどね」
「ふむふむ、お二人は相変わらず仲がいいようでなによりだな。──こりゃあヘルマー伯爵家のお世継ぎの誕生も間近かな」
「なっ! わ、私とユリウス様はそんな関係ではありませんからね!」
「あー、はいはい。そういうことにしておきましょうかねー」
最近やたらと親衛隊のマッチョたちにユリウスとの関係性について茶化されるような気がする。
大人しめなカルロスに聞いてみたところ、親衛隊のマッチョたちは心の中ではユリウスの男色癖について不安に思っていたフシがあったらしく(主に後継ぎ面で)、密かに『ユリウス様とティナをくっつけようキャンペーン』が展開されていたという。
そんな中で私とユリウスが急接近したので、彼らからしてみれば喜ばしい事態だったらしい。──だが、彼らが望んだ結末に至るまではまだかなりの段階を踏まなければならなかった。
「ティナ、ここはだいたい耕し終えたで」
「ご苦労さまです。そしたら野菜や芋を植えていっていただけますか?」
「よっしゃ。──皆! あとひと頑張りじゃ!」
「「おー!」」
気まずい雰囲気に上手くセリムがカットインしてくれたので、これ幸いと私は彼らを手伝いながら畑に種芋を植えていく。すると、何故かアクセルも農業畜産ギルドの面々に混じって作業を始めた。
「それにしても、ありがとうなティナ」
「なんの事ですか?」
私の隣に来たアクセルは種芋を器用に土に埋めながら声をかけてくる。そういえば彼は親衛隊にスカウトされる前は農家の一人息子だったらしい。
「ヘルマー領のために立ち上がってくれて」
「お礼を言うならユリウス様に言ってください」
「どうしてだ?」
畑作業でアクセルの顔を直視していなかったからか、私はついつい彼にその理由を話してしまった。
「私はヘルマー領のために頑張ろうと思ったのではなくて、ユリウス様のために頑張ろうと思ったんです」
「──つまりあれだな。それはラブだな」
「なっ! そういうわけでも……無きにしも非ずなんですけど」
種芋を植えるために下を向いていて本当によかった。でないと私の真っ赤な顔が見られてしまうだろう。変な気分を紛らわせるために私は夢中で芋を植え続けた。
「でも私みたいなひよっこにできることなんか限られてます。ユリウス様が指揮をとった方がいいのは間違いないです」
「ユリウス様も確かに優秀な領主様だ。それは皆も分かっているんだが、この領地を救えるのは『領主様』ではなく『女神様』だったってことだな」
「女神様……?」
(それは……もしかして私のこと?)
ふとアクセルを伺うと、彼は私の心を読んだかのようにこくりと頷いた。
「一種のシンボル、マスコットみたいなものだ。実際ティナはそれなりの能力があったが、正直能力はどうでも良くて、ユリウス様は領民をまとめるために担ぐ神輿が欲しかったのさ」
「そう、だったんですか……」
私は最初からあまりその能力に期待されていたわけではなかった。考えてみれば当たり前だ。料理しか取り柄のない18歳の子供など、いきなり貧乏領地に連れ込んだところで役に立たない。
ヘルマー領の皆は最初から皆で担いで、その周りでサポートに徹することでそれぞれの衝突を避けるという『女神』の役割で私を求めていたということだろうか。
「ショックか……?」
「いや、むしろ少し肩の荷が降りた気がします」
「そうか、でも責任を感じて皆の役に立とうと頑張る『女神様』の姿は、いつしかオレたちの心を変えてしまったようだな。今では皆本気でティナを信頼しているぞ」
「そう、ですかね……?」
つまり彼らの予想を私は上回ることができたということだ。その事実は私の心の中になにか温かいものをもたらしてくれた。もちろんユリウスのためという理由もあるが、自分に期待してくれている皆の為にも、期待以上の働きをしないと──と、心の底からそう思った。
アクセルと私のやり取りを聞いていたのか、奮起した皆の力で畑作業も一段落し、私たちが塀にもたれながら小休止していると、森の中から何者かが馬に乗って城の方へ駆けてくるのが見えた。
黒い毛並みの立派な馬に乗るその人影は水色の髪をなびかせ、後ろにもう一人誰かを乗せている。
──あれは、ミリアムだ。
ミリアムの服装は乱れており、むき出しの肌には所々傷がついているように見える。
(王都で何かあったのかな……?)
「ミリアムせんぱーーーい!」
私は両手を振ってミリアムを呼んだ。彼女は私の目の前で馬を止めると、その背から崩れ落ちるように地面に倒れる。
「先輩! 先輩大丈夫ですか!?」
「こりゃあただごとじゃねぇな。ユリウス様を呼んでくるわ」
アクセルはミリアムの様子を見てあたふたと城へと走っていった。
私がミリアムに駆け寄ると、その身体を揺さぶった。
「王都で何があったですか!? 先輩!?」
「……わたくしも何がなんだか」
「先輩! しっかりしてください!」
ミリアムがぐったりと気を失ってしまうと、もう一人の人影が馬から降りてきた。
「それについては私からお話しますね」
私の前に降り立ったその人影を見上げると、それはセイファート新報のパトリシアだった。
彼女の外套は所々焦げ、眼鏡は割れ、三つ編みはほつれている。ミリアムと負けず劣らずひどい身なりだった。
「パトリシアさん……」
パトリシアは深く息を吐くと、静かに語り始めた。ちょうどその時、アクセルと共にユリウスが駆けつけたが、彼は私たちの会話に入ってくることはなく、遠巻きにしながら様子を見ていた。
「つい先日、国王が崩御されまして──それと同時に王都でクーデターが起きました……」
「──!?」
「クーデターを起こしたのはアルベルツ侯爵とモルダウ伯爵。彼らは密かに王都の周りに兵を集めていたようです」
「それで、どうなったんですか?」
「王宮は制圧され、アルベルツ侯爵に反発するものは一掃されました。──私も、ミリアムさんが助けに来てくださらなかったら危なかったところです」
「そ、そんな! クラリッサは? 王宮騎士団のクラリッサはどうなりましたか!? 彼女は最後まで王宮を守ろうとしたはずですが……」
友人の安否を気にする私に、パトリシアは俯きながら首を横に振った。
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