一瞬にして扉のところまで引き返したリアは、扉を開けて逃げようとするもビクともしなかった。
「閉じ込められた!?」
リアの絶望に暮れた声が広間に響く。そしてそれに被せるようにして「ふっふっふっ……」と白い人影が不気味に笑う。
「呪いをかけられた人を外に出すわけにはいかないんですよ。──安心してください、ここは外の魔力が及ばない場所ですから、あなたと呪術師の繋がりは絶たれています」
「いやだぁぁぁぁっ! 暗いとこ嫌い! 狭いとこ嫌いだよぉぉぉぉっ!」
ランプに照らされた広間は天井も高く、広さもかなりあるように見える。その一角に椅子と机などの家具が置かれ、例の白い人影が立っているわけだが……。
「リアさん、大丈夫です。狭くないですよ」
「狭いのぉぉぉぉっ!」
リアはこの広間から謎の圧迫感をおぼえているようだ。壁を器用によじ登ろうとしているが、ツルツルで手がかりもない壁なので流石に身体能力の高いリアでも登れなかったらしく、途中でズルズルと下まで落ちてきた。
「リアさんがここまで平常心を失っているのはレアですわね……」
ミリアムですらそんなコメントを口にする。そして人影の方に振り向いた。
「あなたがタマヨリヒメという方ですわね?」
「……正解。でも不正解でもあります。私は『タマヨリヒメ』ですがそうでもないとも言える──」
「あーっ、そういう言葉遊びは趣味ではありませんの! はっきりとイエスかノーでお答えなさいな!」
「はぁ──イエスです」
くすくすと笑いながら話す人影──タマヨリヒメに対してミリアムが露骨に不快そうに眉をひそめると、タマヨリヒメは軽くため息をつきながらすんなりと肯定した。
「つまらない人ですね……」
「つまらないというのはあなたのような人のことを言うのですわ!」
「そうですか? 東邦人は皆こういう謎かけみたいな言葉遊びが大好きなんですけど……」
「では、東邦人は皆つまらないということにしておきますわ!」
「先輩ちょっと……」
話が脱線しすぎているのと、ミリアムがいつ地雷を踏み抜くかヒヤヒヤしたので、私は咄嗟に彼女の服を引っ張って注意を促した。──しかしそんなことで止まるミリアムではなく……。
「だいたいなんですのその布は! 顔を隠してないでちゃんと見せなさい! それとも見られて困るほどブサイクなんですの!?」
「あ、あわわ……」
タマヨリヒメを怒らせたらおそらく私たちはここで死ぬと分かっていたので、私は背筋が凍る思いだった。が、タマヨリヒメはクスリと笑っただけだった。
「いいですよ見たいなら見せてあげても……その代わりびっくりしないでくださいね?」
なんと、すんなり顔を覆うフードを外すタマヨリヒメ。その下から現れた顔を見て私たちは言葉を失った。
髪は肩の長さくらい。その東邦人らしいキリッとした精悍な顔には、首筋から頬にかけてびっしりと謎の模様のようなもので覆われていたのだ。それだけではなく、よく見ると手や足、模様は全身に及んでいる。
「私は呪いを取り込み、それを自身の体に刻んでいます。なので気づいたらこんなことに……触ってもなんともないので安心してください」
「なんでそんなことを……」
「なんで……? それは私の体質に関係していますね」
私が思わず呟いたその言葉に、口元に笑みを浮かべながら淡々と答えるタマヨリヒメ。その表情は優しげではあるのだが、どこか憂いを帯びていた。
「私は昔から身体に神霊を宿しやすいんです。その神霊は──魔力を求めていまして、それで一時期は魔導士や巫女を襲っていたのですが、東邦帝国に捕らえられてからはそれをやめて呪いを吸収するようになったんです」
「……」
「呪術師本人以外で解呪が出来る者はほとんどいませんから、案の定人々は私を必要としてくれました。──まあこんなところに軟禁されていますけど。ふふふっ」
(この人も、アルベルツ侯爵に利用されていたアメノウズメと同じで、自分のやりたいことができずに他人に利用されていて……それをわかっていても何もできずにただただ自分を殺しているタイプだ……だから他人を全く信用していないんだ……)
宿命といってしまえばそれまでだけれども、それはあまりにも残酷だ。自分のやりたい冒険者という仕事を掴み取った私がいかに恵まれた存在なのかもよくわかる。
「あっそうそう、私に用とはなんですか? 当ててあげましょうか、解呪ですね?」
もうどう考えても明白だと思うが、あえてタマヨリヒメはそう口にした。先程、暗にやりたくないといった解呪の役目。それを先回りして言ってしまうことで私たちを牽制し、掌握しようとしている。
実際に私は気まずくて「そうです」とは答えられなかった。
「話が早いですわね。その通りですわ」
空気を読めないミリアムが、呆気なくタマヨリヒメが築いた防壁に穴を開けていく。さながら歩く地雷源だ。どこで爆発が起こるかわかったものではない。
「そうですか。でもなぜセイファート人がわざわざ私の元へ? セイファート王国には優秀な魔導士がたくさんいると聞いたことがありますけど……」
「実は、サヤさんの紹介なんですよ」
私はここぞとばかりにサヤから渡されたメモをタマヨリヒメに手渡す。彼女は文様だらけの手でそれを受け取ると、頷きながらそれを読み、広間の隅で震えているリアに目を向けた。
「サヤがねぇ……」
「どうしました?」
「専門が呪いでないとはいってもサヤは優秀な魔導士ですから、彼女の手に負えないとなると……相当な難敵のようですね……」
「あはは、かけたのが自称最強の魔導士ですからね……」
「へぇー?」
タマヨリヒメはまるで食べ物を前にした子供のようにペロリと舌を出して唇を舐めた。驚いたことに肌だけではなく舌にも文様が刻まれていた。
「それは楽しみですね。食べごたえがありそうです。うふふっ」
「ねぇティナ……やだこいつ怖い……」
「えぇ……でもこのままというわけには……」
「呪いを解かないとまた身体を乗っ取られますよ?」
「それもやだ……」
「ですよね?」
観念したリアに歩み寄ったタマヨリヒメはその隣にしゃがみこむ。
「大丈夫ですよ。痛くないですし直ぐに終わりますから」
「……やるなら早くして!」
「はいはい」
リアはしっぽをピンと立てて目をつぶり、そのまま固まってしまった。タマヨリヒメがリアの服を捲りあげるとビクッと震える。
「なるほど……ふむふむ……」
ぶつぶつと呟きながらリアの淫紋に手をかざすと、その手がぼんやりと輝き始めた。そしてそのままスーッと文様を上から撫でるようにしていく。すると──
「うそ……」
私は思わず呟いた。
タマヨリヒメが撫でたそばから、あんなに禍々しく刻み込まれていた淫紋が跡形もなく消えていったのだ。
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