「待て、勝手なことは許さんぞ。雇ったのは俺で、お前には何の関係もないのだからな!」
「いいえ大アリです! ヘルマー領がなくなればわたくしも職を失うのですわ! ──それに、簡単な勝負ですのよ」
「なんだと?」
ユリウスの言葉にもミリアムは動じなかった。手を大きく動かして必死さをアピールするミリアムは少し可愛く見えたりもする。そして、それに聴衆の老人たちが乗ってきて拍手までするものだから、どちらが領主かわからない状況になってきた。
そして、煽られるがままにミリアムは私を指差しながら高らかに宣言する。
「あなたが料理が得意だというのなら、料理で決着をつけようではありませんか!」
「えぇっ!?」
今度は私が驚く番だった。まさか料理人である私に、ミリアムが料理での対決を申し込んでくるなんて思わなかった。どう考えても私の有利は揺るがない。──なにか裏があるのではないか。そう疑いたくもなるほどだ。
「不思議そうな顔をしていますわね?」
「──不思議です。魔法ではなく料理なんですね」
魔法での決闘形式の勝負であれば、魔力器官が未発達な私は不利だ。しかしミリアムはあえて私の得意な料理で勝負を挑んできた。私が『七天』だということに臆しているか。──あるいはあえて私の得意分野での勝負で勝つことで私を完膚なきまでに潰そうとしているか……。恐らく後者だろう。
(こうなったら私も退けないし、意地でも負けられない!)
「負けませんから」
私はそう答え、勝負の申し出を受けた。ユリウスはもはや静止はしなかった。
「ご心配なく。わたくしは勝てる戦いしかしませんのよ?」
「あまり料理人をナメないでください!」
ミリアムを睨みつけながら言い放つと、ミリアムも私を睨みつけ、二人の間で火花が散るような、そんな緊張感が生まれた。老人たちやユリウスですら迂闊に首を突っ込めないような雰囲気さえ感じられた。
「わたくしとあなたで料理を作り、それをユリウス様やギルドマスターの方々に食べていただいて勝敗を判断していただく。──ということでよろしいですわね?」
ミリアムが提示してきた条件。審査員にユリウスがいるのであれば私としても異存はない。むしろ負ける要素がないほどの好条件だった。
「ええ、いいですよ」
引っ込みがつかなくなった私が答えると、老人たちから次々と歓声が上がり、「料理対決か……ふむ」「面白くなってきた」などとはやし立てられた。貧乏な領地で暮らしていた年寄りはよほど娯楽に飢えているとみえる。
するとミリアムはニヤァと不気味な笑みを浮かべた。まるで勝利を確信しているようだ。
「では、対決は三日後の晩餐にしましょう。──せいぜい美味しいレシピを考えることですわね!」
ミリアムは言うだけ言ってスタスタと部屋を後にした。すると、用は済んだとばかりに老人たちもぞろぞろと部屋を去っていき、私とユリウスだけが残された。
私はチラッとユリウスの表情をうかがってみる。勝手に勝負を受けて、怒っているかと思いきや、ユリウスはとても満足げな表情をしていた。
「ユリウス様……ごめんなさい」
ひとまず謝ってみると、ユリウスは首を横に振った。
「いや、俺もあいつにはいい加減うんざりしてたし、ギルドマスターたちがあいつの子分みたいになってるのも気に食わなかった。──まあ力のない俺の責任なんだけどな」
「そんなことないです! ユリウス様は間違ったことはしていません!」
「そう言ってくれるのは親衛隊のやつらとティナぐらいのものだな。基本的に皆俺の事を無能扱いする。優しすぎて無能だってね」
「むっ……領主が領民に優しいのは当然だと思いますけど!」
ユリウスはフッと自嘲気味に笑い、「そう上手くはいかないのさ」と付け加える。
「とにかく、そうと決まったからには俺は全力でティナの手伝いをするぞ」
(出会った時のあの態度が嘘みたい……あの牛肉チャーハン一杯で完全にユリウス様を虜にできてる……)
私は改めて料理の持つ魔力を実感した。もしかしたら、このヘルマー領を立て直すとしたら、その鍵はやっぱり料理になるのかもしれない。だとすれば、この勝負でギルドマスターのおじいちゃんたちの胃袋も掴めたとしたら……!
私はユリウスに向き直ると、身体の脇で両拳を握ると力強く告げた。
「では、私はユリウス様の期待を裏切らないように、精一杯作ります。そして、必ず勝ちます!」
「うむ、それでこそ俺が見込んだティナだ」
「あ、ついでと言ってはなんですが、ユリウス様にお願いがあるのですが……」
☆ ☆
私がユリウスにお願いした内容、それは「領地を案内してもらいたい」というものだった。ユリウスは二つ返事で承諾してくれて、案内役に親衛隊のウーリをつけてくれた。私とウーリもすっかり仲良しになっていて、ウーリは私のことを妹のように可愛がってくれる。
「で、まずはどこから見たい?」
「そうですね……畑と田んぼ……そして牧場が見たいです」
「ギルドマスター共がなにか言ってきそうだがな、行ってみるか……」
そしてウーリは私をハイゼンベルクの外へと連れ出した。
一度街の外へ出てしまうと、そこはただ開けた土地が広がっているだけで、建物はまばらにしか建っていない。その土地のほとんどが農地や牧場なのだが、雑草が伸び放題で荒れているものも少なくない。作物が栽培されているのは実に二割ほどといったところだろう。もしこれが全部使えたら……。
「放置されている農地が多いですね」
「過疎化のせいだ。耕す者がいないのさ」
「それだけじゃないような気がします」
「わかるか? ──魔獣だよ。最近襲撃が増えて農地も牧場も荒らされ放題なのさ。狩猟ギルドの連中が頑張ってはいるが……」
出会った時のユリウスも、イノブタが畑や田んぼを荒らすと言っていた。そしてギルドマスターたちの話から、柵や罠を設置することもままならないということも察していた。
「これは先が思いやられそうですね……」
しかし私たちが農地を見回っていると、更に良くないことが起きた。
「よそ者が、ワシらの農地でなにをやっておるんじゃ!」
「えっ?」
振り向くと、そこには白ひげの農業ギルドマスターのセリムが立っていた。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!