「牛肉チャーハン? 聞いたことないな……」
(聞いたことある料理しか食べないんですかねこの人は……)
「あ、そうですか」
「どこの料理なんだ?」
「えっと、ゲーレ共和国の料理です。すごく美味しいですよ?」
するとユリウスは「ゲーレだと!?」と怪訝な表情をしたので、私は有無を言わせずにその手に匙を握らせた。
「冷めないうちに食べてくださいね! お腹減ってるんでしょう?」
「ゲーレ共和国の料理なんか怪しくて食べられんな。おいウーリ、味見してみ──」
「ほうふぁふぇふぇふぁふ!(意訳︰もう食べてます!)」
なんと、ユリウスがグチグチと文句を並べているうちに、周りの男たちはガツガツとチャーハンをかきこみ、旺盛な食欲を見せていた。一番大柄のウーリなんかは、もはや小さな匙を使うのすら焦れったいようで、器を抱えるようにして口の中にチャーハンを流し込んでいる。そのせいで返事もままならないらしい。
「なんだと!? 目の前でそんな美味そうに食われてはいよいよ耐えられなくなってくるな……」
「だからつまらない意地張らないで食べればいいんですよ!」
五年間、黒猫亭で料理人として勤めてきたけれど、こんなにめんどくさい客はなかなかいない。仲が悪い国発祥の料理だって、食材を生産したのもそれを料理したのもゲーレ共和国の人間ではないのだから、なんら怖がる必要はないのに。
私が腰に手を当てながら苛立っていると、やっとユリウスは匙で少量の米をすくい、恐る恐る口に運んでみせた。それを咀嚼すること一回、二回、三回。やがて、険しい表情を浮かべていたユリウスは、ふっと頬を緩める。そして次の瞬間には夢中になってチャーハンを口に運び始めた。
(よっし!)
私は喜びを噛み締めながら小さくお腹の辺りで拳を握る。やはり料理人としての一番の生きがいは、食べている人が幸せそうにしているのを見る瞬間であり、それは自分の腕前で相手の心──胃袋を掴めた証であった。
しかし今度は私の身体にも異変が訪れた。魔法によって体内エネルギーをほぼ使い果たし、飲ませてもらった砂糖水でなんとか動けていた私。料理に夢中になって忘れていたものの、かなりの空腹状態だったのだ。それが、緊張が解けたことで一気に解放され、私の胃袋は食べ物を求めて暴れ始めた。
──ぐきゅぅぅぅぅっ!
「ふぇぇっ!?」
自分でもびっくりするくらい大きな音でお腹が鳴ったので、反射的にお腹を両腕で押さえ込む。だが幸いなことに男たちはユリウスも含めてチャーハンに夢中なので気づいていないようだった。
(何か食べないと……倒れちゃう……)
その時目に入ったのは、中華鍋に残っていたチャーハンだった。湯気と共に食欲をそそる香りを放つそれは、悪魔的な誘惑に満ちていて……まるでダイヤモンドの塊のようにさえ見えた。
そして私は呆気なくその誘惑に身を委ねてしまったのだ。
震える手で匙を握り、中華鍋から直にチャーハンをすくう。
(大丈夫。今なら誰も見てない!)
素早くブツを口の中に放り込んで味を堪能した。ごま油の芳醇な香りをニンニクとネギが引き立て、口の中いっぱいに多幸感が広がる。噛んでみると、なんとヘルマー牛は蕩ける様に柔らかくとてもジューシーであり、臭みも少なく純粋な肉の旨みが強い絶品だということが分かった。そのヘルマー牛の肉汁とごま油やニンニクがお米にいい具合に染み渡っていて、さらにはソイソースや鶏ガラの風味も効いていて……。
(これは……止められない!)
我ながら恐ろしいものを作ってしまった。と思いつつ気づいたらもう一口、口に運んでいた。
(黒猫亭で出したら絶対に人気メニューになるかも!)
ヘルマー牛もさることながら、他の野菜や米なんかもかなりの品質であり、ブランド品をもしのぐ可能性を秘めていると思う。
(もう一口……もう一口だけなら……!)
いけないと思いながらも私の盗み食いは止まらなかった。匙を十往復くらいさせた頃であろうか、チャーハンを口に運ぼうとした瞬間に背後から筋肉マッチョのうちの一人に声をかけられた。
「おかわりを頼む!」
「ひゃいっ!?」
私は変な悲鳴を上げながらその場で硬直してしまった。
悲鳴に集まる視線……私の手にはチャーハンの乗った匙が握られており、口を開けてそれを食べようとしていたところだったので最早言い逃れはできない。
「あ、あ、あのっ……これはっ!」
必死に言い訳を考えていると、ユリウスがこちらに歩いてきた。いつになく真剣な表情だった。──まあ、元々こんな表情なのだが。
「──おい」
「はい……」
私はしおらしく頭を垂れ、叱られるのを覚悟した。ユリウスは私の前で立ち止まると目の前に匙が乗った皿を置いてくる。その皿は米一粒まで綺麗に平らげられていた。
「──すごく美味かった。また作ってくれ」
(えっ?)
聞き間違いかと思った。怒られるかと思っていたのにユリウスの口から出てきた言葉は純粋な賞賛だったのだ。
ユリウスは中華鍋を覗き込んでくる。そこには私が盗み食いしたせいでチャーハンは一人前くらいしか残っていなかった。
「おい、もう牛肉チャーハンとやらは残ってないぞ! なぜなら全て俺がいただくからな!」
ユリウスの大声に私は目を丸くした。
「なんですかもう! すごく美味しかったのに!」
「ユリウス様のケチ!」
「なんだお前ら? 領主の俺に逆らうのか?」
「いえ、そういうわけじゃ……」
筋肉マッチョ達は口々に文句を言いながらも、私に「ごちそうさま!」「ありがとう!」「また作ってくれ」などという言葉をかけてくれ、厨房を後にして階段を上がっていった。
二人きりになった厨房で、私がユリウスの皿に残りのチャーハンを盛ろうとすると、なんと彼はそれを手で制した。
「腹減ってたんだろ? 食えよ」
「えっ?」
「だから、腹減ってたから食ってたんだろ? 最後まで食え。あと、俺はお前が匙をつけた飯を食うほど落ちぶれていない」
「むっ……」
(確かにそうだった……危うく間接キスすることに……)
そう考えるとまた急に恥ずかしくなってきて、私は赤くなった顔を伏せた。そんな私の背中を、ユリウスがポンポンと優しく叩く。励ましてくれているかのような叩き方だ。どういう風の吹き回しだろうか?
「色々と悪かったな。やはりお前の腕前は本物だ。俺が王都の『黒猫亭』で出会った料理人のティナっていうのはお前のことで間違いないだろう」
「ユリウス様は、黒猫亭にいらっしゃってたんですね!」
「あぁ、そこで食べたオムライスの味が忘れられなくてな。後で主人に聞いたら、ティナという料理人が作ったと言っていた。──そしてつい最近かな、そのティナが冒険者ギルドに冒険者として登録していることを知ってぜひ雇いたいと思ったというわけだ。……まさかこんなにちっこいメスガキだとは思ってなかったが」
「……ちっこくて悪かったですね!」
口ではそう言ったが、照れ隠しだった。まさか私の料理の腕に惚れ込んで探し出してくれたなんて……。しかもオムライスは私が一番得意としている料理だ。それを食べてくれたユリウスは……。
「長旅で疲れただろう。ゆっくり休め。──そうだ、誰かに部屋に案内させようか」
「あ、ありがとうございまふ!」
「食いながら答えるな……まあいいか、食えと言ったのは俺だし」
「ふぇふふぃ……」
ユリウスは肩を竦めると、厨房の入口の方に目をやった。ちょうどその時、入口の扉が大きな音を立てて勢いよく開いたのだ。筋肉マッチョのうちの誰かが戻ってきたのかと思ったが、厨房に入ってきたのは白っぽい衣装を身にまとった水色の髪の女性だった。
女性は厨房に入ってくるなり顔をしかめると、その落ち着いた雰囲気に似合わないハスキーボイスで騒ぎ出した。
「うわ、くっさ! なんの匂いですの!?」
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