料理は基本的に手間をかければかけるほど美味くなる。時間がある時は特に手を抜かずに手間をかけた方がいい。
私は手早く山菜を刻むと米をとぎ、イノブタの肉とまとめて釜に入れる。そして先程作っておいただし汁とソイソース、酒、みりんをくわえて火にかけた。
(……あとは)
余った山菜とイノブタの肉を大きな鍋に入れ、水をくわえて煮込んでいく。山菜とイノブタだけでも美味しそうなダシがとれるらしく、たちまち厨房には美味しそうな匂いが充満してきた。そこへ加えるのが調味料の味噌。ソイソースと同じく大豆から作った発酵食品だ。
独特の甘みと塩味が特徴の味噌は、東邦帝国やセイファート王国だけでなく、南のオルティスや西のゲーレ、北のノーザンアイランドなどでも使用され、様々な料理に合う。
そう、私が作っていたのは味噌スープと言われる東邦のスープそれも豚汁ならぬイノブタ汁だ。そして炊き込みご飯。アマゾネスたちをもてなすのにはいささか華やかさに欠ける気もするが、山菜やイノブタの美味さを引き出すにはやっぱりだし汁を多用した東邦風の料理が良いと判断した。
(火加減もよし……あとは出来上がるのを待つだけ!)
一息ついてそこら辺に置いてあった椅子に腰を下ろすと、どっと疲れが出てきた。といってもしばらくは何もすることがない。すぐに私は椅子に座りながらうとうとし始めた。
☆ ☆
「──はっ! しまった!」
気づいて飛び起きた私はパニックに陥った。どれくらい寝ていたのか分からないが、腹時計的にはかなりの時間が経っていそうだ。
(火! そういえば火は……!?)
火をかけたまま寝てしまった私はアホとしか言いようがない。下手したら火事になってみんなまとめて死んでしまうかもしれなかった。私は自分の不用心さを恥じた。──そしてもう一つ、重大なことに気づいたのだった。
「あ、あれぇぇぇぇっ!? ない!」
(ない! ない! どこいったの!?)
私が精一杯まごころを込めて仕込んでいた釜と鍋が跡形もなく消え去っていた。ついでに火も消えていたので一安心だったが、せっかくの料理が消えていたのでは元も子もない。料理がどこに消えたのか分からないが、今から作り始めたのでは恐らく間に合わないだろう。
(まずいまずいどうしよう! これは私の首が飛んじゃうよ……!)
ユリウスにどう言い訳しようか、いや、その前にアマゾネスの長老のキャロルにどう説明したら良いのだろうか。
料理だけが取り柄なのに、その料理でもしくじってしまうなんて。目の前が真っ暗になる思いだった。
「どうしようどうしよう! 考えろ……考えるんだ私……!」
一人で頭を悩ませていると、突然厨房の扉が勢いよく開いた。
「ひゃぁぁぁぁっ! ちょっと待ってください今大変なことになってて……じゃなくて、大丈夫ですなんとかしますから! ……じゃなくて、この責任は命で償っ……じゃなくて……えっ?」
現れたのは大きな鍋と釜を抱えた緑色の髪の女の子──リアだった。キャロルの一行についてきたのだろうか。
「あれ、リアさん……?」
「やっほーティナ! 料理ありがとう! すごく美味しかった!」
「えっ……えっと……えぇぇぇぇぇっ!?」
リアはいつにも増して満面の笑みを浮かべている。口調も明るくて、先日の警戒心や悲しさに満ち溢れた様な口調とは数段違う。まるで別人のようだ。
「この料理、ティナが作ってくれたんだよね?」
「そ、そうですけどなんで……」
「あたしたち、みんなティナの料理の虜になっちゃった……! また食べたいなー!」
「そうじゃなくて……誰が料理を運んだのでしょう?」
するとリアは鍋と釜を「よいしょー!」と声を出しながら調理台に置き、首を不思議そうに左右に傾けた。
「んー? 料理はあのおっきい人が持ってきたよ? ティナが作ったんだーって」
「おっきい人……ウーリさんですか?」
「多分……」
(ウーリさん……後でお礼を言わないとな……)
「ね、ねぇティナ」
リアは少し言いづらそうに話しかけてくる。私が首を傾げて促すと、彼女は暫し逡巡した末にぺこりと頭を下げた。
「えっ、どうしたんですかリアさ──」
「ごめんティナ! あたし、ティナやユリウスのこと誤解していろいろ酷いこと言っちゃって……森を燃やしたのもユリウスのせいじゃないの、本当は薄々気づいていたんだ……でも、あの時は誰かのせいにしないとやっていけなくて……ほんと、どうかしてたよあたし……」
「いえ……私にも誰かのせいにしたいこと、ありますので気持ちはよく分かります……」
「でも!」
突然叫んだリアは、すぐに表情を和らげてクスッと笑った。
「ううん、ティナが気にしてないならもういいかな……あたしたちは正式にユリウスたちと──このヘルマー伯爵家と同盟を結ぶことになったから……よろしくね?」
「こちらこそよろしくお願いします!」
キャロルに、リアに、どういう心境の変化があったのだろうか? 分からないが、私は以前から師匠である『黒猫亭』の主人にことある事に言い聞かせられてきた言葉を思い出した。
『美味い料理には、人を変える力がある』
私はその言葉を『美味しい料理を作れるように努力すると人間的に成長できる』という意味だと受け取っていたが、どうやら『美味しい料理を食べるとどんな人も幸せになれる』という意味もあるようだ。そして、まだまだきっと隠された意味があるのだろう。その意味を全て知ることは非力な私にはできないかもしれない。
(『黒猫亭』の主人は料理人一筋でやってきた人だ。きっと私よりももっとたくさんのことを知っているのだろう。だとしても……私には料理人だけじゃなくて、冒険者の視点からアプローチもできる。きっと、追いついてみせる)
いつかその言葉の意味を全て理解しようと決意したところで、私はリアに袖をちょんちょんと引っ張られた。
「リアさん?」
「ティナ、そういえばおばあちゃんが呼んでたよ?」
「キャロル長老が?」
「うん、なにか聞きたいことがあるんだって」
キャロルが聞きたいことは何となく予測ができた。自分たちの森を燃やした張本人、七天『気炎万丈』のマテウス・ブランドルについて。そして、『七天』そのものについて、私の知っていることを全て話して欲しいのだろう。
同盟を結んだからにはもう隠しておく必要はない。それに目下の脅威であるライムントのことも話しておかなければならない。
私がそれを拒む理由はなかった。
「わかりました。いきます」
私は立ち上がると、リアについて厨房を後にした。
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