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サヤの岩の城で一夜を明かし、翌日旅立った私たちはそのまま東の方角を目指して山を降りた。ちなみに、サヤと別れるのが心細かった私は、何とかして彼女を説得しようあらゆる手を使ったり、サヤに代わって巫女をしているアメノウズメの話を持ち出して揺さぶったりしてみたが、取り合ってもらえなかった。
そもそもサヤは自分に代わって巫女になった少女とは面識がなかったらしく、反応も芳しくなかった。
とはいえ、東邦帝国に行けば何かしらサヤを揺さぶる手がかりも見つかるかもしれないので、希望はなくはない。
現在位置はセイファート王国の南東部。ここから北東に進めば東邦帝国との国境は目と鼻の先だった。
私たちはリアの相棒、シルバーウルフのマクシミリアンと合流し、その背中に乗って一路東邦帝国に向かった。
数日間ほど走ると、ぽつぽつと建ち並んでいる農民と思われる家々に変化が現れた。木造の茅葺き屋根が増えてきたのだ。東邦帝国は茅葺き屋根の家が多いといわれているので、あるいはもう帝国に入っているのかもしれない。いかんせんセイファート王国と昔から親密だった東邦帝国帝国との国境には、壁があったり川があったりする訳ではないので、一見するとどこが国境なのか分からなかった。
「えーっと……その巫女のタマヨリヒメさんっていう人は東邦の『ミヤコ』と呼ばれる場所にいるらしいんですけど……」
「東邦の言葉で『ミヤコ』は首都っていう意味だから、首都に向かえばいいと思うよ」
リアがマクシミリアンの背に横たわり、もふもふの毛に埋もれながらそう口にする。
「リアさん、東邦の言葉もわかるんですか!?」
「少しだけ……ね。現地人と会話できるかは怪しいけど……」
「大丈夫ですわ! 重要なのは言葉じゃなくてココ! ですのよ!」
ミリアムがドヤ顔をしながら自らの薄っぺらい胸を拳で叩く。なんだかドンッ! と直に骨を打っているような音がした。さすがに痛かったのか、半秒後くらいに顔をしかめたので私は笑いそうになってしまった。
「──なにそれ自虐?」
「違いますわー!? わたくしがせっかく名言を口にしたのになんですのその反応の薄さは!」
「うわっ! ちょっとやめて危ない!」
リアの上にミリアムが覆いかぶさり、両手でむにむにと頬を引っ張ったり、脇の下をくすぐったり、しっぽを掴みにいったり、とにかく仲睦まじくじゃれあっている。
「あまり暴れてるとマクシミリアンの背中から落ちてしまいますよー?」
「後輩ちゃんもそこで笑ってないで少しはわたくしをフォローするとかしたらどうですの!?」
「えぇ……」
ミリアムの矛先がこっちに向いてしまったので、私は慌てて両手を上げて降参をアピールした。リアは運動神経がいいのでその心配はないものの、私がここでミリアムにくすぐられては下手するとほんとにマクシミリアンから振り落とされて大怪我をしかねない。
しかし、ミリアムは私の仕草を降参とは取らなかったようだ。
「いい度胸ですわね! どちらが立場が上か、存分にわからせてやりますわ!」
「わからせ……って、前! 前見て! ──ふぁっ!?」
前方に人だかりのような障害物を見つけた私は注意を促したが間に合わず、マクシミリアンが急停止した拍子に、私はミリアムの胸に頭から突っ込む羽目になった。
「うげぇっ!?」
「あっ、ごめんなさい……」
ミリアムはおよそ淑女の上げる声ではない悲鳴を上げ、二人まとめてマクシミリアンのもふもふの毛に埋まった。
「何事ですの!?」
「ティナ。──いつもの」
「いつもの……? いつものですね……」
ミリアムに続いて身体を起こした私はリアの言葉で瞬時に状況を理解した。
人を乗せて疾走する大型のシルバーウルフはやはり警戒されたのか、マクシミリアンの周囲は100人ほどの兵士たちに囲まれていた。──まるでゲーレを訪れた時とそっくりの状況に、私とリアは『いつもの』と表現したのだった。
ゲーレの時と違うのは、その兵士たちは全員が全身を真っ赤な東邦風の『ヨロイ』を身につけており、手には全長3メーテルほどあるであろう長槍を構えていたことだった。完全に魔獣狩りのフォーメーションだ。
「どうする? 突破する?」
「いいえ、ここは穏便に……」
「だよねー」
私たちはひとまず両手を挙げながらマクシミリアンから降りる。すると、魔獣から三人の女の子が降りてきたことに驚いたのか、兵士たちがざわめいた。
「──なんて言ってるの……?」
「さぁ……わかんない」
「わたくしにおまかせください!」
頼りになるのかならないのか、自信たっぷりに前に進み出るミリアム。彼女が一歩踏み出すと、兵士たちがジリジリと後退する。
(まあ、先輩は謎のオーラをまとっているから……私も最初はすごく怖かったし……)
ただ、今怖がっているのは明らかに兵士たちだ。
「あー、ハローハロー! ごきげんよう、わたくしはミリアム・ブリュネと申しますわ! どこからどう見ても非の打ち所のない美少女ですわよ!」
「先輩! 皆さん怖がってますよ!」
「やかましいですわ! 今いいところなのですから!」
モードに入ってしまったミリアムはもう止められない。私の制止を振り払って、ミリアムは腕を広げて笑みを浮かべる。本人としては無害さをアピールしているつもりだろうが、後ろから見ていてもただただ不気味で恐怖でしかなかった。
すると、兵士たちが綺麗に左右に分かれ、中央から馬に乗った赤いヨロイの人物がやってきた。頭部は角のようなものがついた赤いヘルメット──『カブト』で覆われており、手には刃先が十字になっている奇妙な形の槍を持っていた。
その人物はミリアムの前にやってくると身軽に馬から降りる。そして頭部を覆っているカブトを取って素顔を現した。
若い男だった。
長めの髪を後ろで縛り、精悍な顔つきで目には闘志をたたえている。
「ごきげんよう。はるばるようこそいらっしゃいました」
男は流暢なセイファート公用語でそう口にすると、ミリアムの前に手を差し出す。ミリアムはその手をあっけに取られた様子で眺めていた。
「──まあ、素敵な殿方……!」
ミリアムの表情がだらしなく緩み、男の手を大切そうに両手で握った。後ろから見ていても彼女の目がハートマークになっているのが分かった。
(こいつ、ついこの間私の恋人とかのたまって、私が浮気性だとか言ってたよね……いったいどの口で……!)
私が背後から睨みつけているがミリアムは気にもとめない。
「ほらみなさい、心が通じれば言語の壁など些細なものですわ! 実際、わたくしはこの方の言葉がはっきりと分かりますの!」
「違いますからね! それはこの人がセイファート公用語を喋ってくれているからですからね!」
「これはまさに……愛の力!」
「せんぱーい! 戻ってきてくださーい!」
もちろん、そんなことで戻ってきてくれるミリアムではなく……。
「わたくし、ミリアム・ブリュネと申しますの! あなたを人目見て惚れてしまいましたわ!」
「僕の名前はユキムラ。ユキムラ・ヤマトといいます。ミリアムさんはどちらから?」
「わ、わたくしはセイファート王国のヘルマー領から来ましたの!」
「そんなに遠くから! いったいなにをしに……?」
「もちろん! あなたに会いに来たのですわ!」
「僕に会いに?」
「適当なこと言わないでください!」
茶番を見かねた私はミリアムを背後から羽交い締めにして引きずっていこうとしたが、彼女はどんな魔法を使っているのか地面に縫い付けられているかのように微動だにしない。
「リアさん、手を貸してください!」
「はーい!」
「あーっ! 嫌ですわ! 離れたくないですわぁぁぁ! ユキムラさまぁぁぁっ!」
「ごめんなさい。先輩がご迷惑を……」
「いえ、構いませんよ。それより、セイファート王国の西の端のヘルマー領からいったいどんな用でいらしたんですか?」
「実は──」
私はサヤから貰ったメモをユキムラの前で広げて見せた。途端に彼は真剣な表情でそれを読み始める。表情は次第に引き締まっていき、全てメモを読み終えた彼は身振りで背後の兵士たちに武器を下ろすよう指示する。
兵士たちが武器を下ろしたことを確認すると、ユキムラは私の目を見据えながら頷いた。
「──事情は分かりました。サヤ様のご紹介とあれば無下にはできませんね。無礼をお許し下さい」
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