☆ ☆
アルベルツ侯爵軍はその数約5000。森を迂回し、領地の北側から──つまりはモルダウ伯爵領の方角からやってきた。黒い立派な騎馬隊に先導されたその隊列を見つけるなり、ユリウスは陣地に私たちを集めた。
簡単な幕で覆われただけの本陣で、相変わらず円卓に座したユリウスは開口一番こんなことを言い始めた。
「いいか、これからアルベルツ侯爵がここにやってくると思うが……くれぐれも失礼がないようにするんだぞ。特にお前ら!」
わざわざユリウスの表情を見なくても、彼がミリアムとリアのことを言っているのは目に見えていた。
「しかし、アルベルツ侯爵はこの前後輩ちゃんを襲ったライムントとかいうゴミクズ野郎を送り込んだ張本人では!? なんでそんなやつにペコペコしなきゃなりませんの!?」
「そうだよ! 話はミリアムから聞いたけど、どうせ正面から戦っても勝てないから刺客を送り込んだんでしょ?」
「あら、珍しく意見が合いましたわね」
案の定というか、ミリアムとリアは不服そうに口を尖らせている。ユリウスは「やれやれ」といった様子で首を振ると、説明を始めた。
「いいか、ここでアルベルツ侯爵に喧嘩を売ることは得策ではない。そんなことしたら王宮が黙っていないし、そもそもまず勝てないからな。襲撃の件については俺がそれとなく釘を刺しておくからお前らは大人しくしてるんだぞ?」
「ユリウス様がそこまで言うなら仕方ありませんわね……」
「仕方ないにゃぁ……」
ミリアムとリアは渋々頷いたが、ユリウスは怪訝な表情のままだった。不思議に思った私はユリウスに問いかけた。
「なにか気になることでも?」
「いや……それほどのことでもないんだが……今回はアルベルツ侯爵が寄越した援軍の数が少ないなと」
(確かに、援軍で来た5000に私たちヘルマー軍の約1000を加えても、ゲーレ軍の8000には及ばない……アルベルツ侯爵なら楽々と10000を超える軍を動かせるはずなのに……)
理由は二つ考えられる。まともに戦う気がないか、それとも──数の不利を覆せる秘策があるか。そして後者の場合、可能性として一番有り得るのが……。
「七天……ライムントを連れているのかもしれませんね」
「かもな。いずれにせよ警戒しておいて損はない。──リアとミリアムはティナから離れるな。ティナは我々ヘルマー領の尊い財産だ。絶対に奪われるなよ」
ユリウスの言葉に勢いよく頷くミリアムとリア。二人も元から私を守る気でいたらしい。
「ユリウス様……皆さん……」
(みんな、私のことをそんなに大切に思ってくれていたなんて……)
私は胸がジーンと熱くなるのを感じた。……多分三人とも私本人よりも私が作る料理に魅力を感じているだけかもしれないけど、それでも嬉しい。なぜなら今まで私はろくに他人の役に立てていなかったのだから。こうやって必要とされるだけでもたまらなく嬉しかった。
☆ ☆
そんなこんなでアルベルツ軍と合流した私たち。
ユリウスは早速私とミリアム、リアを伴ってアルベルツ軍の本陣へと向かった。
私たちの屋根のない本陣と違い、アルベルツ軍の本陣は木造の即席の小屋のようであった。よく見ると小屋の下部には車輪がついており、小屋ごと馬かなにかで引っ張ってきたようだ。
(さすがアルベルツ侯爵家……やることのスケールがヘルマー伯爵家とは断然違うな……)
ゲーレの本陣を訪れた時のように、兵士に囲まれながら小屋に入ると、そこにはやはり玉座があり、きらびやかな服を身につけた金髪の中年男性が座っていた。どうやら円卓に座すユリウスはよほど特異な存在のようだ。
まあ、普通に考えて上座に座らず威厳を示さない領主はナメられるだけだ。もっともユリウスもギルドマスターのおじいちゃんたちに少なからずナメられているような気がするが……。
「アルベルツ侯爵……」
そのユリウスは、玉座に座っている人物を見上げながら呟いた。
「久しぶりだな。1年ぶりか……ヘルマー伯爵。元気そうでなによりだ」
アルベルツ侯爵はその髭面から重々しい口調で声を発した。部屋全体が低く震えるようなその声は、聞くものに威圧感を与える。
「はっ、お陰さまで。──援軍に来ていただき感謝します」
「はははっ、良いのだよ。貴様と儂の仲だからな」
微笑む侯爵。しかしその笑みには私には計り知れないほどのたくさんの意味が内包されているように見えた。なにか企んでいることは確かだ。
(一筋縄ではいかないな……このアルベルツ侯爵という人も)
話で聞いている以上に食えないやつというのが私の第一印象だった。彼と話すユリウスの背も、いつも以上に緊張しているように感じられた。
「それで、ゲーレの連中と会ってきたのですが……彼らの目的はどうやらアルベルツ侯爵との交渉のようで……」
「ほう……?」
侯爵は僅かに眉を上げて続きを促した。
「捕虜交換がしたいと……」
「ふむ、ゲーレの奴らめ……なにか企んでおるな……おおかた、兵力で勝てぬと見て交渉術で優位に立とうという魂胆なのだろう」
なんと、侯爵はそれを聞いただけでゲーレの目的を看破してしまった。
「それは……」
「もうよい。儂は交渉に来たわけではない。図に乗らせるとキリがないのがゲーレの奴らの良くないところだからな。ここは力の差を示してやらねば……ライムント!」
侯爵が手を叩くと、玉座の傍らに魔力の塊が出現した。私が思わず身構えると、それは転移魔法の魔力であり、中から現れたのは黒髪の青年──七天『神出鬼没』のライムント・タイであった。彼は私の視線に気づくと、ニヤッと笑う。
「よぉティナちゃん。また会ったなぁ! 安心しろ、今回は味方として来てやったんだから、ちょっかい出したりしねぇって! ヒヒヒッ!」
そして侯爵に向き直るライムント。
「お呼びか? アルベルツの旦那?」
「うむ、せっかくだ。ゲーレ相手にお前の力を示してやれ」
「いいのかぁ? 見たところ向こうさん、大した魔導士を連れていないみてぇだが? 下手すりゃ全滅するなぁ! ヒヒッ!」
「交渉の申し出は受けられないと……」
「当たり前だ。ゲーレは最初から捕虜の返還なんぞする気はないに決まっている。──時間の無駄だ」
ユリウスの問いかけに面倒くさそうに答えたアルベルツ侯爵は、「やれ」とばかりに手振りでライムントを促す。
「魔導士がいないなら簡単に蹂躙できるだろう。せいぜい派手に暴れて、もう二度とふざけた申し出はさせないようにしろ」
「りょーかい!」
ライムントはヘラヘラと笑いながら一礼すると、また転移魔法で去っていった。すると、アルベルツ侯爵が口を開く。
「──どうだヘルマー領の諸君。我がアルベルツ侯爵家のお抱え魔導士、ライムントの活躍を特等席で眺めてみてはいかがかな?」
そう言いながら、伯爵は小屋の窓を示した。確かにその窓からゲーレ軍を一望することができた。
私たちが窓から外の様子を見ていると──
突如としてゲーレ軍の端の方に大きな黒い柱のようなものが立ち上がった。遅れて、ゴゴゴゴゴッ! という轟音と地鳴りがする。
慌てふためくゲーレ軍に今度は紫色の靄のようなものが襲いかかった。靄にまかれて次々と倒れていく兵士たち。その様子を私たちはただ見ているしかなかった。
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