剣は振るえないけどその代わりにフライパンを振るってもいいですか?

〜貧乏領地に追放された最弱冒険者は胃袋を掴むのだけは得意のようです〜
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31. ビジネスチャンス

公開日時: 2020年11月11日(水) 22:31
文字数:3,437

 ☆ ☆



 私たちはすぐさまキャロル一行をもてなす準備に取りかかった。

 ホラーツは商業ギルドのマスターとして様々な品物を取り寄せてくれて、小汚い城を親衛隊の五人も巻き込みながら綺麗に掃除していき、殺風景な部屋には家具や小物を置いて飾りつけ、ほとんど使われていなかった客間も、壁紙の貼り替えから寝台の手入れまで行った。


 それらの作業はまる三日かかり、終わった頃には私と親衛隊の五人は疲れ果てて床に座り込んでしまっていた。


「……そういえば、ホラーツさんはどうして皆のようにアマゾネスを怖がらないのですか?」


 私は優雅に椅子に座って私たちの働きを眺めていたホラーツに尋ねてみた。「若いもんが働け」と言わんばかりに私たちに指示を出すだけ出してくつろいでいる姿はちょっとイラッとしたけれど、彼が色々なものを手配してくれた手前あまり強く抗議はできなかった。


「怖いですよ。でも同時にアマゾネスは我々にとって大切な顧客になると考えています」

「──というと?」


 ホラーツは足を組みかえると、手に持った葉巻を口にくわえ、煙を吐き出した。葉巻を嗜む客は『黒猫亭』にも多く訪れていたが、ホラーツのものは珍しい品種のものであるらしく、少し甘ったるい匂いがした。さすがは商業ギルドのマスター、葉巻にもこだわるらしい。


「我々が仕入れた品物をアマゾネスたちに買ってもらい、逆にアマゾネスが作った武器や民芸品などを我々が仕入れて他の領地や王都に売りに行く。──全ての人間が得をすると思いませんか?」

「確かに……」


 アマゾネスはホラーツたちを通じて人間が作った物を手に入れることができ、人間たちはアマゾネスの作った品質の高い武器や、芸術性の高い民芸品を手に入れることができる。そして、一番得をするのは恐らくホラーツたち商業ギルドだろう。取引の際に品物に上乗せした料金がそのままギルドに入ってくるので、取引が盛んになればなるほど潤うことになる。


「ビジネスとはこうして成り立っているのです。リスクを恐れてチャンスを逃すようでは、この世界では生きてはいけません」


(すごい、さすがだな……私よりも遥かに色んなことをホラーツは考えている。商業ギルドが儲かればヘルマー領が潤うことにもなる。……まさに領地おこしの第一歩になるかも!)


 私が尊敬の眼差しでホラーツを眺めていると、隣に座り込んでいたウーリが声を上げた。


「ホラーツのおっさんは金が絡むと俄然やる気になるよなぁ……」

「当たり前です。世の中金ですから。何をするにも金がないと上手くいきません」

「その割にはこんな貧乏領地にとどまって、頑張ってるよな。王都に出て一儲けしようとか考えないのか?」


 すると、ホラーツはフンッと鼻で笑った。ウーリが不思議そうな顔をする。


「そんなこと、誰でも考えますよ。でもそれだけじゃ成功できない。誰も考えつかないようなことをして、初めて大儲けができるのです。──私はこのヘルマー領に……ユリウス様に可能性を感じました。だからここに残っているのです」

「なるほど、よくわかんねぇや」


 ウーリは肩を竦めながら思考を放棄した。どうやら筋肉だけが取り柄の彼にとって、ホラーツの話は理解の範疇外だったらしい。とにかく、彼がこのヘルマー領に何かしらの価値を見出していることは確かだし、それは私も同じだった。目の付け所は違うけれど、この領地にはたくさんのいい所があって、それを上手く活かせれば必ず豊かな領地になれる。

 その考え方においては私とホラーツは一致しているようだった。



「──さてと」


 十分な休息をとった私は立ち上がって次の仕事に移る。言わずとも知れた料理の献立作りである。おもてなしと言えば料理。料理といえば私の得意分野なので、ここからが本領発揮だ。


(でもさすがに疲れたな……)


 元気よく立ち上がった私だったが、掃除による疲れは尋常ではなかったらしく、フワッと体が浮かぶような感覚とともに、目の前に急速に地面が近づいてきた。


「あ……れ……?」


 不思議に思う暇もなく、私の意識は暗闇に閉ざされた。



 ☆ ☆



 レンガ造りの魔法学校。その中庭に私たちは立っていた。

 今日は初めての魔法の実習。魔法適性のずば抜けている私たち『七天』は、他の生徒たちに先がけて実習で魔法を使うことが許されたのだ。


 私たちの目の前には、紫紺のローブに身を包んだ男の教官が一人立っている。

 教官は私たちを見回すと、不必要なくらいの大声を張り上げた。


「いいかお前ら! 『七天』だかなんだか知らんが、実際に魔法を使用するのには慣れが必要だ! まずは初歩的な魔法から使用してもらう!」


 すると、私の周囲からは失笑が漏れた。素質で言えば既に目の前の教官ですらも大きく凌駕している私たちが、まずは初歩的な魔法から慣れていかなければならないということが、プライドの高い『七天』の面々には我慢ならなかったのだ。


「その必要はありません。私たちが誰なのか、教官もご存知でしょう? 既に中級魔法までは習得済みの者も多いのですよ?」

「僕らくらいのレベルなら、いきなり上級魔法から使用していっても問題ないと思うねぇ」


 私のすぐ隣にいた青髪の背の高い少女がそう口にすると、さらにその前に立っている黒髪の少年が同調した。すると教官は馬鹿にされたと思ったのか、顔を真っ赤にさせてさらに大声で怒鳴る。


「うるさいぞ! クラリッサ、ライムント! こういう基礎を疎かにすると、魔力器官がぶっ壊れて大変なことになるぞ?」

「試してみないと分からないじゃねぇか! おい、ティナ!」

「な、なにっ!?」


 私は突然背後から声をかけられて、ビクッと飛び跳ねた。振り返ると、燃えるような赤い髪を肩くらいまで伸ばした少年がいたずらっぽい笑みを浮かべていた。


「どうしたのマテウスくん?」

「お前、上級魔法使えるんだよな? 昨日自慢げに話してただろ? 見せてやれよ」


 マテウスの言葉に周囲の視線が一斉に私に集まってくる。


(確かに、上級魔法の使い方は知っているけれど、使えると言ったのは嘘で……試したことないんだよね……あの時はライムントに馬鹿にされたからついカッとなって売り言葉に買い言葉で言ってしまっただけなのに……)


 でも、やってできないわけはない。なにせ私は『七天』。歴代最強と言われている魔導士の卵の一角なのだから。


「おい、よせマテウス。あまりティナを煽るな」


 マテウスと私の間に割って入ったのは金髪の少年──ユリアーヌスだった。


「できるよなぁ? あんなに大口叩いてたんだからよぉ!」

「教官に見せて差し上げてください。このまま馬鹿にされてはプライドに関わります!」


「ライムントもクラリッサもやめろ! 大人しく教官に従って実習をやれ!」

「やります! 上級魔法『魔力反射magic reflection』を使用します! マテウスくん、ライムントくん、クラリッサさん、私に一斉に攻撃して!」


 ユリアーヌスの制止を振り切って私は教官の前に進み出る。


「おいよせ! 下手したら死ぬぞ!」


 退くに退けなくなってしまった私は、目を閉じて魔法の準備に入る。と同時に三方向から魔力の高まりを感じた。マテウスもライムントもクラリッサも、魔法で私を攻撃してくるつもりのようだ。


 私が使用するのは魔法を反射する魔法。魔導士との戦いにおいては切り札となりえる上級魔法だった。その分、大量の魔力を消費するのだが。

 身体中からありったけの魔力をかき集め、目の前に壁を作るイメージで少しずつ放出していく。ここまでは本で読んだとおりだ。あとは魔力で作った壁を一気に実体化してその特性を反転させれば……!



 ──ビシビシッ!


「──っ!?」


 身体の中で何かがひび割れるような感覚がして私は息を飲んだ。間違いなくなにか良くないことが起きている。しかし止められない。もう既に三方向から魔法が迫ってきている。炎、闇、水の奔流が──。今止めたら……間違いなく死ぬ。


「はぁぁぁぁっ!」


 気合いで無理やり魔力を放出する。身体の中の何かがグシャッと音を立てて崩れる。身体中を鋭利な刃物で刺されるような得体の知れない痛みが駆け抜け、力が抜けていく。視界がぐるぐると回って急速にブラックアウトしていった。


(そういえば、座学の授業でやってたな……ろくに魔法を使ったことがない者がいきなり上級魔法を使おうとすると、未成熟な魔力器官に負荷がかかってそのまま潰れることがあるって……)


 思い出した時にはすでに後の祭りだった。


 はたして、反射魔法は成功して三人の魔法を跳ね返したが、それを確認するや否や私は意識を失ってしまったのだった。



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