☆ ☆
(乗る馬を間違えた……!)
そう思っても後の祭りだった。
馬に乗ったことのない私は、誰かの馬に便乗させてもらおうと思ったのだが、選んだのは一番体重が軽そうなミリアムが乗っていた立派な黒い毛並みの馬だった。その方が馬の負担にもならないしいいと思ったのだが……。
「もうちょっと優しく操れないんですか!?」
「無理ですわね!」
「なんでぇ!?」
私は必死に後ろからミリアムの身体に抱きつきながら抗議した。彼女はこともあろうに私が後ろに乗ったことでテンションがおかしくなってしまい、急加速や急停止を繰り返して私を困らせようとしてくる。
(こんなことをしていると余計馬に負担がかかると思うのだけど……!)
と、そんなことを考えている間にも、ミリアムの操る黒い馬は急加速する。私は再び振り落とされそうになった。
「ひゃぁぁぁっ!?」
「ふふふっ♪ 可愛いですわ!」
「笑い事ではありませんっ!」
頭にきた私はミリアムの腰をグーで殴りつけた。しかし非力な私の力ではミリアムはビクともしない。素知らぬ様子で馬を急停止させ、また私に悲鳴を上げさせて遊んでいる。
「おい、戦は遊びじゃないんだぞ……? 命のやり取りをするのだから真面目にやれ」
見かねたユリウスが自身が乗る白い毛並みの馬を近づけてきてミリアムに苦言を呈した。まさに白馬の王子様だ。まあユリウスの場合は伯爵様だが。
「遊びじゃないからこそ、こうやって後輩ちゃんの緊張を解いてあげていたのですわ!」
ミリアムは全く悪びれた様子がなかった。「それに……」と彼女は得意気に人差し指を立てて見せる。
「わたくしがいるからには、ゲーレだろうとアルベルツ侯爵だろうと小指一本で捻り潰してあげますわよ!」
「いつも先輩のその謎の自信がどこから来るのか疑問なんですが!?」
「事実ですから?」
「なるほど、うすうす思ってましたけど、先輩はアホなんですね!」
「わたくしが美しい……? いやー、それほどでもありますわねー!」
(あ、これはもうダメだ……)
もしかしたらミリアムはかなり緊張していて、自分でそれを紛らわせるためにわざとアホなことをしているのかもしれない。そうとしか思えないテンションの高さだった。とは言っても私に彼女の落ち着かせ方は分からない。
(失敗したー! 今度から絶対ミリアム先輩の馬には乗らないようにしよう!)
急制動を繰り返す馬の背で酔った私が気持ち悪さを堪えていると、気づいたら私たちの周囲には革の鎧をまとい、馬の背に跨った兵士たちがかなりの数集まってきているのがわかった。100人以上──200人はいるだろうか……? 知らせを聞いてハイゼンベルクの街や周囲の村から集まってきた者たちだろう。が、その多くは兵士というには年齢の高い老兵や、まだ子供のような者、そして女の人……。どうやらヘルマー領の人材不足は深刻らしい。
しかし、ゆっくりとはいえ私たちも移動しているので、そこに合流してくるのは簡単なことではない。ここにも田舎領地特有の結束力の高さが現れている。
私は改めて白馬に乗って前を駆けるユリウスの背中を眺めた。
(領主として人望があるから黙っていても人がついてくる……あんなに頑固なおじいちゃんギルドマスターたちだって、ユリウス様の意見に異を唱えることはあっても、反抗することなんてなかったもんなぁ……)
その背中が大きく見える。この背について行けばきっと私も……。今回の危機だってなんとか乗り切ってくれるに違いない。不思議とそう思えてきた。
「ティナ、向こうに林が見えるだろ?」
ユリウスは私の乗っているミリアムの馬に再び並びながら声をかけてきた。前方に目を向けてみると、ユリウスが指さす先に確かに鬱蒼とした林が見えた。木の高さが高いので、ここから見ると小高い丘にも見える。
「見えますね」
「有事の際はあの林に集まるように全集落に伝えてある。あそこでしばらく兵が集まるまで待ってから出発する」
「あ、そうしたら私はそこで乗る馬を変えますね!」
するとすかさずミリアムが不服そうに声を上げた。
「どうしてですの!? 何か不満がありますの!?」
「不満しかないですよ!」
「ティナ、オレの馬に乗るか?」
「ウーリさんは一人でもかなりの重量があるじゃないですか……それにそんなウーリさんに限って乗っている馬が小さい!」
「あはは、違いねぇな!」
ユリウスとは反対側に自分の少し小ぶりの馬を寄せてきたウーリが陽気に声をかけてくる。ミリアムと違ってこちらは本当にリラックスしている様子で、歴戦の余裕というものが見て取れた。
林に近づいてその木の高さを改めて再確認していると、ユリウスの後ろから狩猟ギルドのマスター──アントニウスが近づいてきた。なにやらただならぬ様子だった。アントニウスは顔をしかめながらユリウスに話しかける。
「ユリウス様、お気をつけください。林の中から獣の匂いがします」
「そりゃあ林なんだから、獣がいても不思議ではないだろう?」
「いえ、この大きさの林にしては大型の獣が……それもたくさんいるのかと」
「なんだと……? おいみんな! 一旦止まれ!」
ユリウスが大きく身振りで止まるように周囲にアピールすると、兵士たちは次々と馬を止める。彼は手招きをしてウーリを呼び寄せる。林までまだ約20メーテルほどの距離があった。ここから様子を見る限りでは特に異変は見られない。ユリウスはアントニウスの勘を信じているようだ。確かに森や林に関してはアントニウスはアマゾネスたちの次くらいには頼りになる存在だった。
「どうしましたユリウス様?」
「林の様子を見に行くぞ。危険かどうか判断しないと兵士たちを近づけるわけにはいかん」
「そうですな。では我々が様子を見てきますので」
「待て、俺とミリアムも行く」
「はぁ!? なぜわたくしが!? わたくしはここで後輩ちゃんを愛でてますわ!」
「ぜひぜひ連れていってください! 命の危険を感じました私!」
「大丈夫ですわよ! 優しくしますから、痛くしませんから!」
「気持ち悪い! 触らないでください!」
「酷いですわぁ!」
私たちが小競り合いしていると、突然前方の林がガサガサと揺れ始めた。明らかに不自然なざわめきだ。何かが出てくるのかもしれない。
「──来るぞ!」
アントニウスが弓を構える。兵士たちも弓を持っている者はアントニウスにならって弓に矢をつがえた。
──ガサガサガサッ
一層大きくざわめいた林から、なにやら銀色の毛並みの大きな魔獣が悠然と現れた。
その魔獣は体長8メーテルほどの巨体の持ち主で、四足で歩き、鋭い目と牙、頭の上にピンと立った耳が特徴的な魔獣だった。
「シルバーウルフだ……」
アントニウスが信じられないといった様子で首を振りながら呆然と呟く。
思わず息を飲む私たち。しかも魔獣はその一体だけではなかった。最初の一体の背後から続々と同じ銀色の魔獣が現れる。──その数合計10体。
(立派な魔獣だ……それに魔力も感じる。きっと上位の魔獣なのかも……)
「待て! 攻撃するな!」
今にも矢を放たんとする一同をユリウスが制した。その時、最初の魔獣の背から小柄な人影が飛び降りてきた。魔獣の身体が立派すぎて気づかなかったが、他の9体の背にもそれぞれ人影が乗っていた。
私たちの前に歩いてきた人影は、なんと私のよく知る人物だった。
緑色の髪にネコの耳としっぽ、大きな弓を担いだその姿は紛れもなくリア・パウエルのものだった。
リアはユリウスの前に片膝を立てて跪くと、両手を組んで前に捧げながら頭を垂れた。
「アマゾネスの上級ハンター──リア・パウエル以下10名、援軍に参上したよ! 数は少ないけど、あたしたち一人でそこら辺の騎兵50人くらい楽々と倒せちゃうと思うからアテにしていいよ!」
顔を上げてにっこりと笑ったリアに、周囲の兵士から歓声が浴びせられた。
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