城壁の中は人で賑わっていたが、セイファート王国のディートリッヒやゲーレ共和国のシンヨウに比べて建物が密集しておらず、馬が道の真ん中を通っても人にぶつかりそうになるなどということはなかった。
人々は皆『キモノ』と呼ばれる東邦風の衣装に身を包み、髪を頭の上で結っている者が多い。ゲーレを訪れた時もその文化の違いに驚いたものだが、東邦は東邦で衝撃的だった。
(ここで私がよく作るすき焼きとかとん汁とかの料理が生まれたんだ……)
東邦料理は多く知っているものの、その国の雰囲気をほとんど知らなかった私は、目を輝かせて街並みを観察する。
家々は長く連なっている長屋のような造りで、統一感があった。遠くにそびえる城は、ハイゼンベルク城よりも何倍も立派な天守閣があり、それを囲むように小天守が建っている。まさに話に聞いた──いや、それ以上に惹かれるフォルムの街並みだった。
「ミヤコの街並みがお気に召しましたか?」
「は、はい……すごいですね。見た目も機能性もとても優れているように感じます」
ユキムラの問いかけに私は興奮気味に答えた。馬の集団が楽々通れる道や、長屋のように寄り集まった建物など、有事に役立つような造りも随所で見られ、なによりも街中を大きな川が流れていたのはとても感心した。長屋の欠点である火事に備えているということだろう。水源は、城壁の周りの堀なのか、それとも川から堀へ水を流しているのか……。
(この街並みは……ハイゼンベルクでも取り入れられる……!)
いいものを見たら早速ヘルマー領でも試そうとするのは、私がユリウスのお抱えになってからついた癖のようなものだった。もともと料理にしても新しい料理に触れる度にそのレシピを想像して自分でアレンジして作ったりしていたのだが、それに似ているかもしれない。
「用事が済んだら好きなだけミヤコを見ていってください。東邦とセイファート王国は同盟国なんですから、遠慮する必要はありませんよ」
「あ、ありがとうございます!」
私はユキムラの言葉に甘えることにした。今から楽しみだ。
しかし、目先の目的はあくまでもリアにかけられた呪いの解呪。呪いがかかったままだといつまたライムントに乗っ取られるかわかったものではないので、事は急を要する。
(まずは解呪に集中しないと……)
リアの方に視線を向けると、彼女は相変わらず巧みに馬を操っている。どうもリアは動物全般との相性がすこぶるいいらしい。だが、今リアがライムントに乗っ取られたらと考えるとゾッとする。私たちだけでなく、ユキムラやその部下たち、街の人達にも被害が及ぶだろう。
サヤには私とミリアムでリアを見張れと言われているが、彼女が本気を出したら正直二人で押さえられるかはかなり怪しい。
「でも、もう少しの辛抱ですよね……」
「はい。そろそろタマヨリヒメの住処が見えてきますよ」
(住処って……魔獣じゃあるまいし……)
でも確かにユキムラはタマヨリヒメのことを『バケモノ』と表現していたし、『あれ』と表現したり等、どうやら人間として扱っていないようでもある。
「あ、あそこです」
ユキムラが指さす前方に目を凝らすと、前方の城壁がなにやら一部飛び出した出島のような造りになっているのが見えた。まるで城壁を拡張して何かを囲っているような……。
「タマヨリヒメはあの中です。──気をつけてくださいね。ここ数十年は暴走していないらしいですが、くれぐれもあの壁の中から出さないように……」
「えぇ……っ」
(そんな取り扱い注意な人だったの!?)
私は一気に不安になったが、目的の城壁はみるみる近づいてきて、私たち三人はその前で馬を降りた。
「ご武運を祈っています。何かあったら大声で叫んでください。駆けつけますので」
「ユキムラさんは来ないんですか?」
「いえ……僕はあまりそこには入りたくないんです」
「──そうですか……」
恐れているのか、それともほかに理由があるのか、ユキムラは頑として首を縦に振ろうとしなかった。ミリアムやマクシミリアンにも物怖じしなかったユキムラがである。
(これは……私たちも十分注意しないと……)
城壁には鉄の扉がついており、そこから中に入れるようだが、中はどうなっているのか見当もつかない。私はミリアムに目配せをすると、リアの手を引きながら扉に歩み寄った。
「──いきますよ」
「ええ」
私とミリアムが頷き合うと、リアがゴクリと唾を飲み込む。私は体重をかけながら扉を一気に引いて、三人同時に建物の中に入った。
──ガシャン
背後で扉が閉まる音がして、周囲を闇が包んだ。閉まる直前にうっすらと見えた内部は、広い空間が広がっているようだ。どうやら城壁に囲まれた内部がまるまる一つの部屋として作られているらしい。
──そして
扉の金属は魔力を遮る素材でできていたのだろうか、建物に入った瞬間から前方から強い魔力を感じていた。例えるなら七天やそれに匹敵するような強大な魔力。しかし私の知る七天の誰とも違う奇妙な魔力。
「あ……」
隣のリアが声を漏らす。心底怯えているような声だった。握っていた手も小刻みに震えている。リアが怯えるなんておそらく100年に一度くらいのものだろうけど無理もなかった。私も今すぐ逃げ出したかった。
「ごきげんよう!」
ミリアムだけは全く怖気付いた様子はなく、大声で挨拶しながら広間の奥へと歩いていく。ミリアムに手を握られたリアと、リアと手を繋いでいる私も必然的について行くことになってしまった。
「ふふっ、ごきげんよう」
部屋の奥から返事が返ってきた。消え入りそうな少女の声だった。だがその声は私の頭にはっきりと響いている。まるで頭の中に直接話しかけられているかのようだ。
「で、出た……?」
「う、うぅ……」
暗闇の中に私とリアの震えた声が響く。こんなことなら誰かランプを持って入るべきだったと私はつくづく思った。
シュッとマッチが擦られるような音がして、部屋に明かりが点った。声の主がランプをつけたらしい。
「ごめんなさい。あなたがたには少し暗すぎましたね」
ランプに照らされた部屋の奥で白いものがゆらゆらと揺れている。よく見るとそれは白い布のようなものに包まれた生き物──いや、人間だった。
白い布はセイファート王国でいうポンチョのようにその人物の身体を覆っており、顔の部分もフードを目深に被っているので、厳密に言うと人間なのかすらわからない。
「呪いの気配がしますね……美味しそうな呪いの気配が……ふふふっ」
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
突然リアが絶叫して私とミリアムの手を振り払うと、脱兎のごとく逃げ出した。
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