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「……それで、その話がこのヘルマー王国ができた経緯ってわけか。しっかし、どういう風の吹き回しだ? 今までそんな話してくれたことないだろ?」
古びた小さな店──『白猫亭』の椅子に腰掛けながら、肩を竦める薄紫色の髪の少年。腰には剣を差し、革製の鎧で身を固めたその姿は、どこからどう見ても冒険者然としていた。
あれから20年近くの年月が流れた。
ユリウスが私に提案した策というのは、領地が広くなりすぎたノーザンアイランド連合の分割統治。一族で領地の何割かを担当して統治するというものだった。確かに、いきなり広大な領地を手に入れてしまった父王ヨーゼフは、それを持て余していたらしく、私とユリウスでヘルマー領やその周辺をノーザンアイランドの属国として統治すると進言したらあっさりと了承された。
ひとりでに、私はノーザンアイランドの次期当主の座を返上することになったが、この際それは些細な問題でしかなかった。この国をユリウスの思うがままに統治することができる。──高い税率や、厳しい兵役を課す必要がない──そしてなによりも、ユリウスに再び実権を譲り渡した私は以前のとおり宰相としてサポートを行いながら、自分の店を切り盛りすることもできたのだった。
そしてなによりも、周辺国とのいさかいがなくなったヘルマー領は、活気を取り戻し、戦に出かけることもなくなった私、ミリアム、リアの三人はそれぞれ所帯を持って子供もできた。──それが目の前にいる彼らだった。
「でもお陰で母上たちの活躍がよく分かりましたね! さっすが私の母上! 偉大な魔導士だったんですねー!」
少年の隣で天を仰ぎながらそう口にしたのは、水色の長髪がきらびやかな少女。彼女の傍の壁には立派な装飾があしらわれた杖が立てかけられており、彼女が魔導士であることを物語っている。
「お前、ちゃんと話聞いてたか? ミリアム様は七天に比べたら足元にも及ばないようなごく普通の魔導士だったらしいじゃねぇか」
少女の前の席で呆れ顔で呟いたのは、緑髪の大柄な少年。特徴的なのはその背に背負った巨大な大剣と、頭部でぴょこぴょこと動く一対のネコミミ、そして尻尾。
私は少年少女たちの前のテーブルに、ひとつずつオムライスを並べていった。途端に三人の瞳が輝いた。
「なんか、話聞いてたら腹減ってきたんだよな!」
「腹が減っては戦ができぬといいますし!」
「よっしゃ! 食うか!」
いただきますもそこそこに、匙を握ってオムライスをかきこむ三人。その姿を眺めながら、私は自然と笑みがこぼれた。
「これがユリウス様を落とした魅惑のオムライス……」
「そしてそのオムライスでティナさんが落とし返されたんですね……なんだかロマンチック……」
「……美味い。フツーに美味い」
(あぁ神様……今日もヘルマー領は平和です……!)
「でさ、つまりお袋は昔話をして俺たちに何を伝えたかったんだ……?」
薄紫髪の少年がふと手を止めてそう口にすれば、隣の少女が得意げに腕組みをしながら説明を始める。
「つまりティナさんが言いたかったのはこういうことですよ。『マルティン、もう少ししっかりしなさい』って」
「んなわけねぇだろ。俺は常にしっかりしてるっての!」
(あはは……イマイチ伝わってなかったかな……)
少年たちの前で再び「あのね……」と説明を始めようとする。とその途端、薄紫髪のマルティンが手を上げてそれを制した。
「わかってるって。俺はずっと、親父かお袋みたいにならなきゃと思って生きてきた。──将来、国王か料理人のどちらかを継がなきゃいけないんだって、そう思ってた」
彼は私の目をしっかりと見つめながら言葉を続けた。
「でも、自分で選んでいいってことだろ? 自分のやりたいこと……向いてることをやればそのうち結果はついてくるって。──俺の場合はこれなんだ」
「冒険者……?」
マルティンは自分の腰の一振の剣に左手を添えた。
「ディートリッヒの冒険者ギルドから招集があってな……どうやらギルドはやっと国境に巣食っている邪龍の討伐に乗り出すらしい。──声がかかったからには国のために一肌脱いでやろうかなって、思うんだ」
私は大きく頷いた。
「俺、冒険者になる。まだ駆け出しだけど、この国を出て別大陸に潜んでいるとかいう邪龍をぶっ倒す。そしてアイテムを売り払ってひと財産築き上げたら……いつか親父やお袋にもっと贅沢させてやるわ」
彼がそう宣言すると、仲間の二人がヒューヒューと口笛を吹いたり、手を叩いたりしながら喝采を上げた。
「マルティンだけじゃ頼りないですからね。天才魔導士であるこのアヤ・ブリュネ様がお供してあげます!」
「よっしゃ、そんじゃあこのオレ、ブライアン・パウエルも力を貸してやるぜ!」
「いらねーよお前らなんて……鬱陶しいんだよ……」
「馬鹿野郎、本当は嬉しいくせによ!」
「素直じゃない人は嫌いですよ!」
笑い合いながら互いを小突き合う三人。
(うん、この三人なら……心配ないかも)
東邦帝国のユキムラにプロポーズして彼との間に子供をもうけたミリアム。その娘のアヤはミリアムの高飛車で底抜けにポジティブな性格を受け継いでいるものの、ユキムラの冷静沈着で頭脳明晰なところもしっかりと受け継いでおり、16歳の若さにして既にAランク冒険者。能力面も申し分ない頼りになる魔導士だ。
気が合うのかウーリと所帯を持ったリアは、人間とアマゾネスのハーフの男の子を出産した。それがブライアン。彼の圧倒的フィジカルの強さと、ムードメーカー的な明るさはきっと冒険には欠かせないものになるだろう。
──そして。
私とユリウスの間にできた子供、マルティン・ヘルマー。彼も既に優秀な冒険者だ。なにせ、元セイファート王国の首都、ディートリッヒの冒険者ギルドに通って定期的にクエストを受注しているのだから。
だが、国王ユリウスの跡継ぎとしての役目や白猫亭の手伝いをしながらなので、本腰で取り組むことはできていなかったようだ。
これから彼が本格的に冒険者としてやっていくのであれば、もうあまり会えなくなるかもしれない。それどころか、いつ命を落とすかも分かったものではない。
(でも、私には止める気はないし……)
私だって好き勝手やってきたのだ。本当は国王や白猫亭を継いでほしい、という気持ちも無くはない。だが、第一に彼の意志を尊重したいと思う。そのために──彼らの背中を押すために長々と私の武勇伝を話してあげたのだから。
「ユリウス様が許してくれるなら、私から言うことはもうなにもないわ」
ユリウスも、聞くまでもなく私と同じ考えだろう。彼もまたマルティンの好きにやらせるはずだ。
「でも忘れないで、辛くなったらいつでも帰ってきていいから」
「ふん、自分で始めたことをそう簡単に投げ出すかよ……」
マルティンは鼻で笑う。が、「でも……」と小声で続けた。
「たまには顔を見に帰ってきてやるよ。……それまで死ぬなよ」
「いやいや、むしろ死にそうで危ないのはマルティンの方ですよね!?」
「安心しろ、マルティンやアヤの背中はオレが守ってやるからな! ハハハッ!」
冗談を言いながら、彼らは席を立ってそれぞれの武器を持ち、店を後にする。名残惜しそうに私が見つめていると、完全に扉が閉まったあとに、マルティンが再び扉を開けてひょっこりと顔を覗かせた。
「じゃあな」
「待って!」
私はとっさに彼に駆け寄ると、手に握っていたものをマルティンの右手に握らせた。
幾何学模様が刻まれた革製のブレスレット──七天の証。魔法学校を追放される時に引きちぎられたそれを、私は戒めとしてずっと肌身離さず持っていたのだ。でも……
「……これは?」
「お守り。私には……もう必要ないから」
「……そっか。ありがとう」
マルティンはブレスレットを懐に忍ばせると、扉を閉めて今度こそ去っていった。
「行ってらっしゃい」
扉に向かってそう呟くと、誰もいなくなった店内に目を向ける。
「さてと! 本日の営業はおしまい! 店じまいしますかね」
私の冒険はもうおしまい。もちろんこれから何が起こるか分からないけれど、それはそれとして今は少しくらいは気を抜いていいだろう。
あとは料理人として、店を訪れる人を少しでも幸せにする。それが私の役目だ。なぜなら、私の一番の武器は料理なのだから。
でも、彼らの武器は剣や魔法で、冒険はまだ始まったばかり。私たちの思いを託した彼らがどんな活躍をしてどんな伝説を残すのか。
……それはまた別の物語。
『美味しい料理には人を笑顔にする魔法がある』
──調理終了──
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