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翌日、私とリア、そしてヘルマー領からはるばる連れてきた牛は王都の歓楽街にある広場に集まっていた。かなりの広さがあるであろうその広場は、観衆で埋め尽くされている。皆、ここで受付が行われる品評会に興味津々なのだ。
黒猫亭に勤めている時から、王国民の間で空前のグルメブームが巻き起こっているという噂は聞いていたが、どうやら本当のことだったらしい。
なんにせよ私にとってはこれは好都合だった。これほど注目される場でヘルマー牛の美味しさを示せればこれ以上ない宣伝効果が得られる。
広場の中心には王都の商業ギルドの人達が集まり、それぞれ牛を連れた参加者がその前に並ばされる。牛は約30頭ほどはいるだろうか。
品評会はここから商業ギルドの人達が目利きをして上質な牛を5頭選び、その5頭が王宮内で国王を含む王国の重鎮によって食されて最終的な優秀賞が決まるという流れだ。
(まずはこの狭き門をくぐり抜けないといけないんだけど……)
辺りを見回してみる。──確かに他の参加者の牛も品評会に出してくるだけあって立派な牛だ。大きくがっしりとしている。
(でも……この子だって負けてないんだから!)
私は愛おしげに隣に立っている巨大なヘルマー牛の腹を撫でた。黒い毛並みはつやつやとしていて、陽の光を受けてキラキラと輝いている。頭の上に生えた角は、途中で前にグッと折れ曲がっており、それだけでも貫禄があった。
そしてなによりもその瞳。漆黒のその目は、見つめると深淵を覗くようで、牛全体がまとうオーラのようなものが他の牛とは違っていた。
(ミッターさん……改めてすごくいい子を見繕ってくれたなぁ……彼のためにも、絶対に優秀賞を取らないと!)
気合いを入れ直して審査を待つ、やがて私たちの前に茶色い帽子を被った小太りのおじさんが現れた。商業ギルドの人たちは皆どこかホラーツに似た見た目をしているのでなかなか面白い。
おじさんは口髭を撫でながら私の牛を眺め回し。背中を撫でたりしっぽに触ったりしていた。その間中牛は大人しくしていた。道中何度か襲撃を受けた時も逃げ出したりはしなかったし、どうやらこの子は大人しい性格のようだ。
と、私が改めて牛に愛着を感じていると、おじさんは牛の首に『23』と数字の書かれた木の札をかけた。そして、牛を眺めるのと同じくらいじっくりと私とリアを眺めている。
「あの……なにか?」
「お嬢ちゃんたち、お父さんかお母さんは?」
「は……?」
「あたしのお父さんとお母さんは人間に殺され──むごごっ」
真顔でとんでもないことを口走りそうになったリアの口を慌てて塞ぐと、私は改めておじさんの質問の意図を理解しようとした。
(多分、誰かの付き添いで来てるんだと思われてるな……)
こんなことはもう慣れっこである。でも、めんどくさくなるならせめてホラーツかセリムのおじいちゃんコンビのうちどちらかを連れてくればよかったと悔やまれた。だが、彼らはよほど王都の街並みや店が気に入ったのか、今日も二人で王都の散策だ。もう品評会のことなんかそっちのけである。
「私がこの牛の所有者ですけど……」
「はぁ……って、えぇぇぇぇっ!?」
小太りで髭のおじさんは大声を上げて驚いた。
「そんなに驚かなくてもいいのに……」
「いや、これは失礼」
おじさんはこほんと咳払いをすると、次の牛を見に行ってしまった。私はなんとも言えない気分になった。
(はぁ……やっぱりこの見た目だと色々損だなぁ……)
同い年の七天のシーハンやクラリッサは私よりもっと身体が成長しているし、なにより私より歳下のはずのリアですら私よりも背が高い。……世の中は不公平で理不尽なものである。
さて、30頭全ての牛の首に札をつけ終えた商業ギルドのおじさんたちは、前方に設置された木の段の上に三人ほど集まってなにやら話し合いをしている。この中から王宮に連れ込む5頭を選出しているのだろう。
「……ねぇ、ティナ。大丈夫だよね……?」
「大丈夫ですよ。いや、大丈夫じゃないとダメです! ここでダメだったら全てが無駄になってしまいますから……」
「ティナのその慌て方……大丈夫じゃなさそう!」
「あぁぁぁぁぁっ! そんなこと言わないでください!」
こればかりは私の力ではどうにもならないので、祈るしかなかった。
(お願い……ここで終わるわけにはいかないの……お願い……)
永遠とも思える時間の後、段上のおじさんのうちの一人が、参加者立ちを見回しながら徐に口を開いた。
「えーっ、皆さん。大変長らくお待たせいたしました! ただ今より予選通過の5組を発表いたします」
おおっー! と広場全体がざわめく。私も口には出さなかったものの心臓がバクバクと高鳴っていて、どうにかなりそうだった。横を見ると、珍しくリアも真剣な表情をしていたので少し笑いそうになってしまった。
「予選通過は──5番、8番、12番、19番……23番です」
「えっ、今23……23番って言いましたよね!?」
「えっと……あたしの聞き間違いじゃなかったら……多分?」
「えっ、えっ、うそ……やったぁぁぁっ!」
私は我を忘れて喜びの声を上げた。リアとハイタッチをして喜びを露わにする。
「これでやっとスタートラインに立てたんですね!」
「まだ、ここで優秀賞を取るまでは油断はできないよ」
「そうですね……まだ……」
牛を王宮に持ち込めたとしても品評会で優秀賞を取れるとは限らないし、品評会で優秀賞を取れたとしてもヘルマー領が栄えるとは限らない。ヘルマー領が栄えたとしても……。
悩みは尽きないけれど、まずは一歩、目の前のことを考えなければ。
「ミッターさん……ユリウス様……見ててください。私、必ずヘルマー牛をブランド牛にしてみせますから!」
私が決意を新たにしていると、ふと隣のリアがこんなことを言い始めた。
「ってことはさあ……ティナは殺されなきゃいけないってことだよね……せっかく仲良くなったのになぁ……」
「はぁ?」
リアの言ってる意味が分からなかった。突然頭がおかしくなったのだろうか。
「あっ、人間のティナじゃなくて、牛のティナだよ?」
「リアさんあなた──」
「──牛になんて名前をつけてるんですか!」
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