「はぁ!? つまりリアさんは私と『そういうこと』がしたかったんですね!? だから寝ている間にこっそり……」
「うん……?」
リアは私の言葉を聞いているのかいないのか、私の胸に頬を擦り付けてきた。まるで動物が甘えてきているような感じだ。彼女のしっぽは私の視線の先でゆらゆらと揺れていた。
「ちょっとリアさんっ!」
押しのけようにも力がうまく入らなかった。身体のダメージはまだ残っているようだ。
「こうしてるとね……ティナが生きてるんだってわかって安心するの……」
「ん……?」
(寝ぼけてるのかな?)
その時、私はあることに思い当たった。もしかしたら、私はしばらく昏睡状態にあって、その間ずっとリアが看病してくれていたとか……。
「あの、私はどのくらい寝てましたか……?」
「うーん、3日くらい?」
「やっぱり……」
今まではもちろんこんなことはなかった。魔法学校で初めて倒れた時も、数時間ほどで目覚めたと聞く。
「ティナ、死んでるみたいに身体が冷たかったし……でも心臓が動いてたからこうやって温めてたの」
「……なるほど、そうだったんですね」
身体が冷たくなったのは恐らく体内のエネルギーを使い切ったから。昏睡状態に陥ったのもそのせいだろう。そういう時には確かに人肌の温もりで温めるというのはある意味正解ではあるのだが……。
「にしても、別に裸になることはないじゃないですか!」
「ううん、これが一番いいんだっておばあちゃんが言ってた!」
「キャロル長老が……」
なんか、アマゾネス独自の風習的なものがあるのかもしれない。
(もう無理に魔法を使うのはやめないと……リアさんに心配をかけたのは事実だし……)
「ごめんなさい、ありがとうございました」
「あっ、もしかしてティナはあたしがティナと交尾しようとしていると思って──」
「ぶふっ!?」
齢18の乙女には刺激が強すぎる発言だった。
「どーしてそうなるんですか! 確かに最初はそうかなって思ってましたけど!」
「あははっ、どうしてあたしとティナが交尾するのさ? ティナはこんなにちっこいしおっぱいも小さ──」
「みんなそうやって寄ってたかって私をいじる! そろそろ泣きますよ!?」
ユリウスに続きリアにまでそんなことを言われてしまったことにかなりショックを受けてしまった私は、なんとなく首を動かして横を向く。石造りの内装が目に入った。
どうやらここは城の中のとある一室のようだ。しかし、内装に見覚えがないことを考えると私の知らない部屋なのだろう。すると、少し離れたところにもう一つベッドがあり、ミリアムが寝かされているのがわかった。
だがどうも様子がおかしい。ライムントにひどい怪我を負わされたはずの彼女の身体の表面は、氷の塊のようなものでびっしりと覆われていた。水色の髪がなければミリアムとは分からないし、死んでいると言われても納得してしまうくらいピクリともしない。
「リアさん、ミリアム先輩は……」
「あぁ、このすっとこどっこいもティナみたいに冷たくなってたけど、これは触れられないくらい冷たいからもうどうしようもないよ。心臓は動いてるみたいだけど、死ぬかも?」
「……」
(ミリアム先輩……私なんかを庇って怪我をして……これで死んだら許しませんから!)
「ティナを襲ってたあいつは逃がしたし、あの後アルベルツ侯爵の軍は自分たちの領地に戻っていった。ミッターっていう人が死んでティナとすっとこどっこいとウーリが重傷。あたしは軽傷……かな? でもあの牛は守れたよ」
「……ひとまずは安心ですけど」
とりあえずヘルマー領の希望は残された。──首の皮一枚繋がったような状態だが。安心すると、途端に心配事が山のように脳内に溢れてきた。
(こうしちゃいられない!)
私はいまだに身体の上から退こうとしないリアを押しのけるようにして体を起こした。──大丈夫、力は戻りつつあるようだ。
「急に動いたら危ないよ!?」
「休んでる暇はありません! 品評会までもう日にちがありませんから、レシピの精査と材料の調達、そしてミリアム先輩とウーリさんの分の警護の穴埋めを……! そして私はその前にゲーレを訪れて謝罪しなくては……! 品評会で出払っているうちにゲーレに叩かれたら元も子もありませんから!」
「ティナ、その身体でゲーレまで行くつもり!?」
リアは私の肩を掴みながら心配そうに顔を覗き込んでくる。紛れもなく私の身を案じてくれているかのような表情。しかし頷くしかなかった。
「私が行かずに誰が行くんですか! 他に料理できる人はいないじゃないですか!」
「でも……無茶だよ」
「もうなりふり構ってられないんです! やるか、やられるか、です!」
「えぇ……」
その時、ガタンと音がして入口の扉が開いた。
「おい、リアはいるか? ティナがまだ起きてないなら相談したいことが──」
「えっち!」
──ドスッ!
「うわ危ねぇ! 危うく串刺しになる所だったぞ!」
部屋に入ってきたユリウスは、リアが投げたナイフを咄嗟に扉を閉めることで回避したが、ナイフは木製の扉に深々と突き刺さっている。
そうだった。私とリアはいまだに衣服を身につけていなかったのだ。
「女の子の部屋に入る時は必ずノックをしてください!」
私は胸の辺りを腕で隠しながら扉に向けて怒鳴った。
(いくらユリウス様が女の子の身体に興味がないといっても、ちょっとモヤモヤする……)
あるいはこの気持ちはユリウスを意識しているからなのだろうか。いや、まさか……。
「服、そこにあるから着て」
「は、はいっ!」
リアに示された方に視線を向けると、ベッドの脇に私の服が綺麗に畳んで積まれていた。
ユリウスがまた入ってこないうちに、早速その服を着込んでいく。気づくといつの間にかリアも服を着ていた。
「ティナ! ティナが起きているのか!? よかった! 入っていいか?」
「まだです!」
ユリウスは相当急いでいるらしいので、私も急いで着替えを終わらせると、ベッドから立ち上がって扉を開けに行った。
扉の向こうには不貞腐れた表情のユリウスが立っていた。まるで、仲間外れにされてぐずっている子どものようだ。とはいってもあの状況でユリウスを入れるわけにはいかない。どう考えても。
「ティナ!」
「ユリウス様!」
同時に口にして、同時に「しまった」というような表情になってしまった。
「……いいぞそっちから」
「いいえ、ユリウス様からどうぞ」
「なら同時に言うか」
「そうするメリットが分かりませんが、いいでしょう」
釈然としない表情の私たちは、それでもお互いに急ぎの用事があるのか、二人でせーのと声を合わせて用件を口にする。
「「ゲーレに謝罪──」」
声がピッタリと重なったので、私は驚いて目を合わせた。ユリウスも心底驚いているようだった。
「ティナもそう思うか?」
「はい、真っ先にやるべきことです。ゲーレに背後を脅かされては呑気に品評会に行けませんから」
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