剣は振るえないけどその代わりにフライパンを振るってもいいですか?

〜貧乏領地に追放された最弱冒険者は胃袋を掴むのだけは得意のようです〜
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73. 喧嘩するほど仲がいい

公開日時: 2021年1月7日(木) 21:52
文字数:2,284

 ☆ ☆



 ──その数日後。


 私とミリアム、そしてリアの仲良し女子三人組はハイゼンベルクを出発して、サヤが潜伏しているという噂のオルティス公国にほど近い山地に向けて出発した。親衛隊の誰かがハイゼンベルクを離れる時は名残惜しそうに見送りに来るユリウスは、女の子が相手の場合は見送りにすら来ないらしく、素っ気ないものだった。


 しかし、もう既に私はハイゼンベルクの人気者になっていたらしく、ウーリ率いる親衛隊やホラーツやセリム、アントニウスなどのギルドマスターたち、そして街の人達がたくさん見送りに来てくれた。



「ふんっ、もーいいですよ! どーせあの人は男の筋肉にしか興味無いんですから!」

「ティナ、いつにも増してご機嫌ななめだねぇ」

「当たり前ですよ! 誰のためにここまで頑張ってると思ってるんですか! 本当ならずっと白猫亭の主人として料理を作ってたいんですけど!」

「とか言いながらもユリウスのことが好きで諦められないティナが可愛いからギュッてしてもいい?」

「はぁ!?」


 ネコ耳をピクピクさせながら口元を押えてクスクスと笑うリアは私とは対照的にいつにも増して上機嫌だった。

 とぼとぼと歩く私たちの周りをスキップしながらぐるぐると回ったり、側転やバク宙をしながらついてきたり、森に入ってからは木に登って枝から枝へ飛び移ってみたり、その類まれなる身体能力を見せつけてくる。正直かなりイライラする。


「思春期の乙女をからかうものではありませんわ。後輩ちゃんはピュアな心の持ち主なので一途なんですのよ。それに不機嫌なのは“女の子の日”の前なのでナイーブな時期だからですわ」


 ミリアムがリアを窘めるも、フォローなのかバカにしてるだけなのかよく分からない。それと、いくら先輩とはいえ他人の“女の子の日”の周期を知っているのは純粋に怖い。


「先輩、一度ぶん殴ってもいいですか?」

「まあ! 先輩に対してなんという口の利き方を……あいたぁっ!」


 さすがに堪忍袋の緒が切れた私は容赦なくミリアムの頭──は届かなかったので叩きやすそうなお尻を叩いた。パシンッといい音がしてミリアムが悲鳴を上げる。


「ぶちましたわね! お父様にもぶたれたことないのに!」

「そりゃそうでしょうね! まともなしつけをされてたらそんな無神経な発言はできないはずですから!」

「なんですって!? 後輩ちゃん、わたくしを侮辱しましたわね!」

「しました! しましたけどなにか!?」

「許しませんわぁ!!!!」


「とーうっ!」


 売り言葉に買い言葉で一触即発の雰囲気になった私たち、しかし、同時に背中に衝撃を受けて私とミリアムは仲良く地面に突っ伏すことになってしまった。慌てて背後を振り返るとそこにはリアが仁王立ちしていた。どうやら私とミリアムの二人の背中に同時に飛び蹴りでも放ったらしい。

 その右手にはぐったりした小ぶりのウサギのような魔獣が握られており、リアの表情は先程のにこにこした笑顔とは一転して完全な“戦闘モード”に入っていた。


(──殺られる……?)


 そう思って身構えたが、リアはフッと笑い一瞬にして雰囲気を和らげた。


「二人とも喧嘩しちゃだめ。お腹空いてきたなら食べてよ。美味しいよ?」


 ドサッと目の前に投げられるウサギさん。いつの間に捕ったのだろうか。リアが狩りをしている気配すら感じなかったから、とてつもない早業だったに違いない。見れば見るほど可哀想に思えてくる。


 確かに、お腹が空くとイライラするものだ。美味しい料理で空腹を満たしてあげれば幸せな気持ちになれる。料理人である私がイライラしていては料理も不味くなるというものだ。私は急速に恥ずかしくなってきて、顔に熱が上ってきた。


(はぁ……やっぱり私は修行不足だな……)


「リアさん……ごめんなさい私……」



 モルダウ伯爵家の料理人、クリストファーが言うとおり、私はやっぱり未熟なのだ。そんな私にヘルマー領は救えるはずがない。

 私はすっかりネガティブモードになってしまい、近場の切り株に腰掛けて項垂れた。ミリアムもさすがに反省したらしく、同じように気を落としている。


(ミリアム先輩もちゃんと反省するんだな……)


 ミリアムのこんなにしおらしい様子は恐らく百年に一度くらいしか見れないだろう。しかし、今の私はそんなレアな光景を堪能できる精神状態ではなかった。



「ほら、食べて?」


 どれほど落ち込んでいただろうか、リアが目の前に焼かれた肉の塊を差し出してきた。仕留めるのも早業だったが、調理も早業だ。──いい料理人になれるだろう。


(……じゃなくて! このお肉すごく美味しそう……!)


 ここにきて初めて私は自分が空腹だったことを思い出した。

 ありがたく肉を受け取って頬張る。柔らかくジューシーで美味しい肉だった。それ以上にリアの心遣いに泣けてくる。


「ありがとうございますリアさん……」

「ん? なにが?」

「いや、なにがって……もういいです。ずるいですリアさんは……」


 素知らぬ顔で肉を頬張るリアはなんだかとてつもなくかっこよく見えた。ちっぽけな事で悩んでいた私がバカみたいだ。


「はぁ……わたくしもちっぽけな事で悩んでいたのがバカみたいですわ」


 肉を食べ終えたミリアムが私の気持ちを代弁してくれる。


「……さてと、行きますか」

「ですわね」


 幾ばくかの居心地の悪さと、リアに対する尊敬の念を抱いたところで、再び私たちはオルティス公国の方角をめざして歩き出したのだった。


 ヘルマー領の南へ行くには一度東へ森を抜けて、森の縁に沿って南下するしかない。つまりはしばらく森を行かねばならない。

 その道中でとてつもない危機が襲いかかってくるなど、まだこの時の私たちは知る由もなかった。

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