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店に戻ってきたウーリとミリアムに店番を任せると、私は入れ替わりに城へ向かった。どうせオープン初日はあの新聞記者の二人と、暇を持て余した親衛隊の筋肉マッチョたちしか来ないと思うので、彼らに任せておいても問題ないだろう。
あくまでも私の職業は『冒険者』であり、『魔導士』であるので、雇われ先のユリウスの──そしてヘルマー領の発展を第一に考えなければならないのだ。そして、先程パトリシアから聞いた情報はヘルマー領の未来を左右しかねないものだった。
城の最上階まで階段を駆け上がり、ユリウスの部屋の扉を叩く。
──とんとんとん
「──誰だ? ウーリか? ちょうどいい、少し人肌恋しくなっていたところだ。久しぶりに二人きりで楽しもうじゃないか」
「ぶふっ!?」
ユリウスは相変わらずだった。ある程度覚悟はしていたものの、想像を超えるユリウスの勘違いのろけに齢18の乙女の平常心は呆気なく崩壊してしまった。
そしてその音で彼は扉の向こうにいるのが私だと気づいたようだった。
「おいティナ! 俺の自室に近づくなと言っておいたはずだが? ここは俺と親衛隊たちの愛の巣なのだからお前のようなメスガキが近づいてはいけない聖域なんだぞ! 全く油断も隙もあったもんじゃない。……階段に女を引っ掛けるトラップでも仕掛けておくか」
酷い言われようである。
「緊急事態なんです! 多分!」
「あぁ? 厠ならここじゃないと言っているだろう!」
「だーかーらー! 厠じゃなくてユリウス様に用事なんですって!」
「後にしろ」
「ヘルマー領の今後に関わることなんですけど!」
「知らん。ティナに任せる」
(つくづく気分が乗らない時はやる気のない領主様だなぁ……よーし、こうなったら!)
「開けてくれないならここでずぅぅぅぅっと待ってますから!」
「おいやめろほんとに!」
私が扉の前に座り込み我慢比べの体勢に入ると、ユリウスはたまらずに扉を開いた。どうやら部屋の内側に開くタイプの扉らしい。まあそれならそれで好都合だった。
扉が開いた隙に私は素早くユリウスの部屋に滑り込む。こういう時に身体が小さいと便利だ。
「入ってくんなティナ!」
「──国王陛下のご容態が芳しくないようで」
怒声を放ったユリウスに身体を寄せて、その耳元で囁く。すると彼は一気に大人しくなり、表情も引き締まって領主の表情になった。
「──それを早く言え」
「すみません。廊下だと誰に聞かれているか分かったものではないので……」
「部屋に女を入れたのは初めてだぞ……」
ユリウスの部屋を見回すと、そこは8ラッシュ(約8畳)ほどのこじんまりとした部屋で、おおよそ領主が生活する部屋の広さではなかった。壁には窓と扉、ベッドが設置されているところを除いて一面に本棚があり、数多くの本が収められている。また、床一面にも本が転がっており、気をつけないとつまずいて転んでしまいそうだった。
そして、それとは対照的に何も置かれていない綺麗なベッド。
(あの上でユリウス様と親衛隊の筋肉マッチョたちが……ごにょごにょするんですか……)
少しだけ、ほんの少しだけその様子を想像してしまった私は、思わず眉をひそめた。同性愛を否定するわけではないが、ちょっぴり胸が痛かった。
その原因がわかるのはまだ先のことになりそうだ。
「で、ソースは?」
「ソース? オイスターソースがオススメですよ!」
「料理の話をしてるんじゃないぞ……どこまで料理脳なんだお前は。──情報源のことだ。誰からその話を聞いた?」
ユリウスは構わず話を続けている。自分の部屋に女の子を入れるのは初めてなのに、特に慌てた様子はない。こういう所がユリウスの領主っぽい、肝の据わった部分なのだろう。
「えっと、『セイファート新報』の記者さんからです」
「噂話ではなくて大手のマスコミか……なら信ぴょう性は高いかもしれんな」
ユリウスはそう口にすると考え込んでしまった。その横顔は相変わらず凛々しくて、思わず「あっ、好きだな」と思ってしまった。
「王都でクラリッサが言っていた王宮内の不穏な動き……謀反の動きとなにか関係しているのかもしれませんね」
「国王陛下はもう70を過ぎているから、いつ崩御されてもおかしくないご年齢ではあるが……謀反となると大方跡目争いだろうな」
王族の代替わりには、いつも王位継承権を巡って一悶着あるのが恒例だが、謀反となると話は変わってくる。下手すると国を二分した争いになり、他国からもつけ込まれやすくなるのだ。もし、七天が双方に分かれて戦うようなことになったら、多数の犠牲者が出るのは想像に難くない。
「ちなみに、現在王位が継承できるのはどなたでしょう?」
「確か、今の国王陛下のご子息──つまり王子様は若くして亡くなっていていらっしゃらなかったはずだから、ご息女か、まだ小さいお孫さんがお継ぎになるはずだな」
「なるほど……」
私は残念ながら王室の内情には詳しくない。そこは書物を読み漁っているユリウスを信じるしかないだろう。そうするとつまり、今の王家には決定的な跡継ぎはいないということになる。女が跡継ぎとなることに反対する者は孫側につき、子どもが跡継ぎになることに反対する者は娘側につく。あとは貴族たちの思惑が絡み合って、どう転ぶか分からない。
「とはいえ、ご息女はもう嫁いで行っているから王室からは離れているのだが、問題は嫁いだ先でな……そう簡単な話ではないんだよなぁ……」
「……というと?」
ふとユリウスの方に視線を向けると、彼は死ぬほど嫌そうな顔をしていた。とはいえ、私にはどうして彼がそんな表情をしているのかよく分からなかった。
「その嫁ぎ先というのが……」
「というのが……?」
「アルベルツ侯爵家だ」
「──なるほど」
確かにそれなら苦虫を噛み潰したような表情をしているのも納得できる。私もなんとなくこの騒動の全容が分かってきたような気がする。
「つまりはこうですね? ──アルベルツ侯爵が、侯爵家に嫁いできた国王の息女を王位につかせようとしている。そうなると、今後侯爵家が王家になり変わることになる。それが気に入らない貴族たちは孫を支援して侯爵家を潰そうとしてる……というわけですか」
「……そうだな」
「で、ヘルマー伯爵家はどちらにつくのがいいのでしょうか?」
「今の俺たちは侯爵家に従属している身の上だから、普通に考えたら侯爵家につかざるを得ないだろ?」
半ばやけくそにユリウスは答えた。
「でも……」
「まあ、あくまで『普通に考えたら』の話だがな。──侯爵家とはいつか袂を分かつつもりだった。もしかしたら今がその時なのかもしれないな」
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