「なにって……特別なものは食べてません……けど」
「東邦料理ですね! 東邦料理の『ワショク』を食べると胸が大きくなるんですね!?」
言ってる途中で、いやこれは違うなと思い直した。私の知っている東邦人は基本的に控えめな体型の人が多いし、七天のサヤなんかは私とどんぐりの背比べレベルでぺったんこ……だった気がする。少なくとも5年前までは。
結局、胸を大きくする方法が分からないまま、私たちは再び王都へと出発することになった。雇い主のことを喋ってしまったアメノウズメは、私たちと離れることを心底怯えているようだったので、リア監視の下で一緒に王都に連れていくことにした。王都から東邦へ向かう商人の馬車に乗せて国へ帰せばいいだろう。
ちなみに、彼女の衣服や荷物は少し離れたところに置いてあった。さすがにアルベルツ侯爵の元からずっと全裸で旅をしてきた訳ではないと分かっただけでも私は一安心だった。──危うく東邦人に変態のレッテルを貼るところだった。
東邦風の白い巫女装束に身を包んだアメノウズメはまさに清楚な女の子といった感じで、アクセルたち男衆の視線を釘付けにした。なんとなくモヤモヤしてきたので、照れくさそうにしているアメノウズメの頭を軽く叩いてやった。ペシッといい音がして黒髪がフワッと広がる。触り心地は──とてもフワフワだった。これが若さというやつか、ずるい。
「ふぇっ!?」
「ふぇっ、じゃありませんよ全く……」
「ど、どうかしましたか?」
「いーえ? べっつにー?」
「ティナはヤキモチをやいてるんだよ多分」
「あぁぁぁぁぁぁっ! ちがっ! もーばか!」
リアに図星をつかれた私は、真っ赤になってリアに殴りかかった挙句軽くあしらわれ、皆に笑われるなどした。
いつアルベルツ侯爵の密偵が殺しにくるかビクビクしていたアメノウズメだったが、幸いなことに王都にたどりつくまで彼女や私たちを狙った襲撃は一切なく、奇妙なほど順調に王都に入ることができた。
王都の検問は、案の定真っ先に引っかかった。
筋肉マッチョが二人、老人が二人、ここまではまだいいが、フライパンを背負った冒険者風の少女、褐色肌の猫耳娘、東邦の巫女の組み合わせは明らかに異質だ。オマケに大きな牛とシルバーウルフまで連れている。あっという間に私たちの周囲には大勢の兵士たちが集まってきて根掘り葉掘り質問された。
私がヘルマー伯爵の代理だと門番に訴えたものの見た目のせいか全く取り合ってもらえず、最終的にはホラーツが商業ギルドマスターのバッジと通行手形と王都での営業許可証を提示し、さらにはマクシミリアンを王都に入れないということを約束して事なきを得た。
「さてと、アメノウズメさん。あなたとはここでお別れです。無事に国に帰れますように……」
「えっと……大丈夫でしょうか……ティナさんたちと離れた瞬間に襲われて殺されたりしたら……」
「大丈夫ですよ。アメノウズメさんが王都にいるうちはアルベルツ侯爵も少なくとも派手な動きはできないはずです。あとは馬車の荷台にでも隠れていればそう簡単に見つかりませんよ」
「で、でもっ……」
マクシミリアンの背から降りて歩かざるを得なくなったアメノウズメは不安なのか身体を小刻みに震わせ、かなり怯えている。今にも泣き出しそうだ。旅している最中もずっとこんな感じだったし、睡眠もろくにとっていなかったように思える。──やはり少し心配だ。
「あ、そうだ。これから私は以前勤めていた『黒猫亭』を訪ねる予定なんですけど、一緒に来ますか? なにかご馳走しますよ?」
「ほ、ほんとですか……? いいのでしょうか……? でもティナさんと離ればなれになるのも不安だし……」
「あーずるい! あたしも行く!」
それとなくアメノウズメになにか手料理を振る舞おうとすると、もれなくリアが釣れた。まあ、一人に料理作るのも二人に料理を作るのもあまりかかる手間は変わらないので、文句はない。むしろリアには道中何回か助けてもらったので、私からご馳走してあげたいくらいだった。
「いいですよ。──ということなので、私はしばらくアメノウズメさんとリアさんと一緒に別行動しますね」
「おう、じゃあオレらは王都のヘルマー伯爵家屋敷の整備をして、牛を入れておかないとな」
「すみません、お願いします」
「いいってことよ。たまには女の子同士で楽しんでくるんだな」
牛をアクセルたち男性陣に任せて、私とリアとアメノウズメの三人は『黒猫亭』へ向かうことにした。
石造りの王都、数ヶ月ぶりの懐かしい風景が私になんとも言えない安心感を与えてきた。足裏に感じる石畳のしっかりした感触も、建物の隙間から射し込んでくる陽光も、城壁を越えて吹き込んでくる心地よい風も、ここディートリッヒでしか味わえないものだ。
「うーん、帰ってきたぁー!」
伸びをしながら思わず叫んでしまうと、リアが不思議そうな顔をした。
「ティナの故郷って王都なの?」
「えーっと、生まれたのはまた別のところなんですけど、青春時代を過ごしたのは王都なので、第二の故郷という感じですね」
「ふーん、じゃあ生まれたところが第一の故郷なんだ?」
「違いますよ? 私の第一の故郷はもうヘルマー領です」
空を見上げながらしみじみとそう口にした私。
「……」
(あれ? 変なこと言ったかな私?)
そう思ってなんとなくリアのほうをうかがうと、彼女はこちらを凝視してきていた。
「なんで?」
「だって私、ヘルマー伯爵家のお抱え魔導士ですし──なによりヘルマー領が大好きですから」
「そっか……あたしたちアマゾネスは生まれた森が一番居心地はいいと感じるものだけど、確かにティナの傍にいるのは居心地悪くないし……」
リアはボソッと口にすると、私と同じように空を見上げた。
「あたしもいつかヘルマー領が故郷だと思えるようになるのかな?」
「あの、別にリアさんは森が故郷でいいと思いますけど──」
「故郷……わたしの故郷は……」
ふと、アメノウズメが小さな声で呟いたので、私は首を傾げてしまった。が、深く尋ねるのも気が引けるのでそのまま歩いていると、程なくして私たちは『黒猫亭』の前にたどり着いた。
王都でも珍しい赤いレンガ造りの建物に、金属製の猫をかたどったような看板、窓の前に設置されている花壇には色とりどりの花が咲いている。
そして、なによりも店の中から絶え間なく押し寄せてくる唾液が溢れ出しそうな匂い。今日も黒猫亭は元気よく営業中のようだった。
「おぉっ! ここがティナが勤めていた料理店だね! すごく美味しそう! 入ろう! 早く入ろう! ……じゅるり」
食いしん坊のリアは早速我慢の限界を迎えたようで、舌なめずりをしながら私を急かしてきた。
別れ方が別れ方だったので、一抹の気まずさがあったものの、私は木製の扉をゆっくりと押して、店内に入った。大きさとしては中程度の料理店。店内は相変わらず賑わっており、ほとんどの席が埋まっていた。と同時に古い木のような落ち着く匂いと、より一層激しい食べ物の匂いが私たちを包み込む。
(これだ……黒猫亭の匂いだ!)
幸せに浸っていると、店の奥から威勢のいい声が響いてくる。
「いらっしゃい! 何名様で──ティナ?」
厨房でフライパンを振るいながらこちらに視線を向け、目を丸くしていたのは、ハゲ頭でエプロンを身につけた中年の男──紛れもなく私がお世話になった『黒猫亭』のマスターだった。
「おじさん! ご無沙汰してます!」
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