☆ ☆
その後、林の近くで一夜を明かした私たちは、続々と集まってきた500人近くの兵士たちとともに再びゲーレ共和国との国境を目指して進むことになった。
ちなみに、夕飯に『ジャカバタ』を振舞った私は、老若男女多種多様な兵士たちから喝采を浴びてしまった。やはりジャカバタは庶民に人気のようだ。『黒猫亭』で貴族や商人、冒険者を相手に出していた時は、ただの料理の付け合せで、それだけで喜ばれるようなものではなかったのに。少し感慨深い。
さて、ミリアムの操る暴れ馬から、リアのシルバーウルフに乗り換えた私は、快適な旅路を楽しんでいた。
巨大なシルバーウルフは背も高く、見晴らしの良い背の上から眺める景色は絶景だった。シルバーウルフもゆっくりと歩いているように見えて楽々と馬について行ってるし、揺れも少ないのでそこまでスピードを出しているようには感じなかった。どこかのミリアムとは大違いだ。
おまけに、リアと私が乗っている背は銀色の体毛でモフモフとしていてとても乗り心地がよかった。
「リアさん。このシルバーウルフはアマゾネスが使役しているものなんですか?」
「使役……というか相棒だよ。上下関係はないの。マクシミリアンとあたしは幼い頃から一緒に育ったんだ」
「マクシミリアン……この子の名前ですか?」
「うん、そうだよ」
私はマクシミリアンという名前のシルバーウルフの背を軽く撫でてみた。モフモフでスベスベな、筆の先を触っているような感触が心地よかった。
「よろしくね、マクシミリアン」
シルバーウルフはグルルッと低い声で唸った。
(あれっ? 怒られちゃった……?)
するとリアはくすくすと笑う。
「マクシミリアンはティナのことを気に入ってるみたいだよ。すごくデレデレしてる」
「えっ、そうなんですか?」
「うんうん! ほんとに、ティナは人たらし──じゃなくて魔獣たらしなんだね」
「なんか複雑ですね……私初恋の相手に振られたことあるんですけど」
「えーっ、そうなの!? あたし恋愛したことないからわからないなー。あたしにも恋人できるのかなー? ねぇマクシミリアン、あたしの恋人になってよー!」
リアはマクシミリアンの背にべたーっと身体を伸ばしながら、その毛並みに頬擦りをする。と、マクシミリアンはまたグルルッと唸った。またデレたのだろうか。
「えー、なんでー!? あたし獣人の血が入ってるから多分大丈夫だよ!?」
(……何の話をしているんだろ? あまり深く知らない方が良さそうだな)
私はユリウスとミリアムのお陰で面倒くさそうな話題には首を突っ込まないということを覚えていた。ひとまず脳内に「リアは恋人を探している(獣の)」という情報を書き込み、これ以上の詮索は避けることにした。
しばらく進んでいると、先頭を駆けていたユリウスが腕を横に突き出して「止まれ」の合図を出した。そして隣を駆けていたミリアムの馬に近づいて何かを耳打ちする。ミリアムは神妙な表情で一つ頷くと、クルッと馬を方向転換させて私とリアの方に歩いてきた。
「後輩ちゃん」
「なんですか? 先輩の馬にはもう乗りませんよ?」
「いや、そうではなく……あれが見えますか?」
ミリアムが指さす前方に視線を向けると、300メーテルほど先に、進行方向を横切るように大きな川が流れているのが見えた。どうやら橋はかかっていないようだ。川幅が広いので渡るのは骨が折れそうだった。
「川ですね」
「川は川ですが……その向こうですわ!」
「えっ……?」
川の向こうに目を凝らしてみるが何も見えない。一面に広がる草原以外は……。
(いや待て……なにかざわざわと蠢いているような……)
「すごい数の人間だね!」
「見えるのですか!?」
突然リアが声を上げたのでミリアムは目を見開いた。するとリアは得意げに胸を張る。私とミリアムがミニサイズなので、余計リアの胸の大きさは際立っている。私がジト目をすると、隣でミリアムも同じような目をしていたので笑ってしまいそうになった。
「まあこれくらいは余裕だよ。だいたい8000人くらいいるかな。ゆっくりこっちに向かってきてるよ」
「ゲーレ軍で間違いなさそうですわね。ちなみにあの川がゲーレとの国境ですわ」
ミリアムは言うだけ言うとそそくさとユリウスの元へ戻っていく。
ミリアムが去るとリアはマクシミリアンの上に寝そべり「うぅぅぅぅんっ!」と猫のように体を反らせた。しっぽをピンと立てたその格好はなんというか、何故か色気があって目のやりどころに困ってしまう。
「ねぇティナ。あたしはあいつらを倒せばいいのかな?」
「あれがゲーレ軍なのだとしたらそういうことになると思いますけど」
「勝てるかな……?」
「今のままだと難しいんじゃないですかね? ユリウス様も、アルベルツ侯爵の援軍が来るまで時間稼ぎをするって言ってました。とりあえずあの川を越えさせなければいいのでは?」
魔法と料理にほとんどの脳内キャパシティを割いている私にとって、戦は全くと言っていいほど知識がない。ユリウスやミリアム等、慣れてる人に任せるしかない状態だった。
ユリウスから進軍の合図が出て、私たちは川から100メーテルほどの地点までやってくると、そこに陣を構えることにした。やがて川の向こう岸にやってきたゲーレも同じように陣を構え始め、双方は睨み合うような形になった。
私は接近してきたゲーレ軍を観察してみる。格好はさすがゲーレで、布がメインの軽装が多い。兵の機動力に重きを置くゲーレは重装を嫌う傾向があると聞いたことがあった。衣装は絹製が多いだろうか。華やかでキラキラとしている着物がほとんどだ。
と、その時、ゲーレ軍の中からフリフリのドレスを身につけた小柄な人影が一つとそれよりかなり大きな人影が一つ、こちらに向けて歩いてくるのがわかった。私とリアはマクシミリアンから降りて不思議そうにそれを眺めていると、人影は川のギリギリのところで立ち止まる。そして、ミリアム顔負けのハスキーボイスでこちらに向けて大声で喚き始めた。
「フェアレ・アル・ザイム・ディア・ル・ベルデン!!」
「──何語?」
「殺したくはないから話し合いをしようって言ってる」
私が首を傾げるとリアがすかさず通訳をした。
(そういえばこのリア、私と初めて会った時に訳の分からない言語を話していたっけ。あれはゲーレの言葉だったのかぁ)
「お嬢様は『我々は貴様らと殺し合いをしに来たのではない。交渉をしないか?』と仰っています!」
小さな人影の隣に立っていた背の高い男性がご丁寧に通訳をしてくれた。どうやらフリフリの小柄な人影はお嬢様らしい。
「ルオシェン、アタシだってセイファート公用語は勉強したんだから通訳は不要だわ! ──あー、アタシはゲーレ共和国首席、モウ・ジュンジェの娘、イーイーよ! そちらの盟主を出しなさいな!」
読み終わったら、ポイントを付けましょう!