「お前……それは……」
「小さい頃につけられたの。あたしの村が人間に襲われて、逃げようとしたら斬られた。──背中をザックリ。しばらく死の淵をさまよったらしいよ」
ユリウスは痛々しい傷跡に言葉を失っていた。私も同じだった。
「周りで仲間がどんどん殺されたり連れ去られたりしてるのを隠れて見てたんだあたし。怖くて……痛くて……何もできなくて……だから強くなりたくて、狩人を目指したの」
(まさかリアちゃんにそんな壮絶な過去があったなんて……)
私は人間とアマゾネスの関係について詳しくはないけれど、きっと人間が彼女たちの領域を侵すようになったのはここ十年ほどの出来事なのだろう。
ユリウスはやっとの思いで口を開いた。
「それは……すまなかった。謝って済むとは思わないが、その人間に代わって俺が謝ろう」
「当然だよ。領主なんでしょ? ってことはここら辺じゃ一番偉いんだよね? お前の差し金でしょう?」
「そ、それは……」
困惑するユリウス。無理もない。リアが小さい頃といえば、ユリウスはまだ領主になっていなかっただろう。その時のことを自分のせいにされても困るし、かと言って先代の父親のせいだったらと思うと責任を感じなくもない。──そんな思いだろうか。
「リアさん! それはユリウス様のせいじゃありませんよ! 見ればわかるとおりユリウス様はまだ若くて領主になって日が浅いんです。リアさんの村を襲うように指示したのはユリウス様じゃありません!」
「じゃあ誰のせいなの!? 人間のせいで多くの仲間が死んだり辱められたりしたんだよ!? 誰が責任取ってくれるの!? あたしは、誰にこの気持ちをぶつければいいの!?」
私の方に向き直ったリアは、衣服の布を胸の前でギュッと握りしめながら、血を吐くような勢いでまくし立てる。その剣幕に私はたじたじになってしまった。
「でも……ユリウス様は悪くないです」
「ティナ、もういいんだ。確かに俺は今、ヘルマー領の領主だ。親父のせいだとしても俺が責任を取るしかあるまい。こんな酷いことが行われているとは知らなかった。──許してくれ、リア」
「ちょっと待ってください! ユリウス様はさっき言ってたじゃないですか! 『自分を貶めるな』って。謝らなくてもいいことを謝るのは──」
「今は謝る時だ!」
私の言葉にユリウスは珍しく怒りの感情をあらわにした。私はその一言でもう何も言えなくなってしまう。
「確かにティナには自分を貶めるなとは言ったが、それはな──謝るのが俺の……上に立つ者の役目だからだ。部下に好きにやらせて責任は全て上に立つ者が取る。──それが領主のあるべき姿だと思う。現にこうやって苦しんでいる者がいるのだから、領主として──一人の人間として、手を差し伸べない訳にはいかないだろう!」
「ユリウス様……」
私が間違っていた。ユリウスは私が思っているよりも何倍も優しく、そして何倍も立派だった。
(それなのに私は、ユリウス様のその決意をないがしろにするようなことを言ってしまった……)
ユリウスのことを思って口にした言葉が、かえってユリウスの邪魔になってしまうというジレンマで、私は激しい羞恥心の渦に飲まれた。ユリウスの方をまともに見れなくなってしまった私は、なんとなくリアの方に視線を戻す。するとなんとリアは逆さ吊りになって布を握りしめた体勢のまま涙を流していた。
リアの髪色と同じ翠色の瞳から、キラキラと輝く液体が目尻を伝っていく。その光景は彼女の美しさと相まって幻想的で、私も少しもらい泣きしそうになってしまった。
「お前……やっぱり良い奴だね。──良い奴過ぎるよ。ずるい。怒る気なくしちゃった……」
「リアといったか……ヘルマー伯爵家がお前にできるだけの支援をしよう。──といっても今にも潰れかけの貧乏領主だから、できることは限られているが……」
「──ううん、もういいの。お前──ユリウスは関係ないのに、あたし勝手に怒って悪かったなって思って……もしあの時の領主がユリウスだったら……たくさんの仲間が生き残ってこの傷もなかったのかなって……」
嗚咽を堪えながらゆっくりと紡ぐリアの言葉は、鬱蒼とした森に静かに響いた。リアは何かを思い返すように虚空を見つめている。私も、ユリウスも何も言わずにリアが思い出に浸っているのを眺めていた。
やがて、リアは脚で体を引き上げて枝の上に戻ると、衣服を身につけ、マントを羽織って身を翻した。
「どこへ行くんだ?」
「長老を呼んでくる。話がしたいんでしょ?」
「あぁ、頼む」
ユリウスが答えると、リアは枝から枝へ飛び移りながらどこかへ去っていってしまった。早業だ。こんなところで戦闘になったら、人間はアマゾネスには勝てないだろう。勝つにはそれこそ森を焼き払うしかない。私はブンブンと頭を振って邪な考えを頭の外へ叩き出した。
「……にしても」
「──?」
ボソッと呟いたユリウス。私は黙って首を傾げた。
「リアとかいう子、いい筋肉してたなぁ……」
「あぁぁぁぁぁっ! せっかくユリウス様いい人って皆が思って終わってたのに、そんな下心丸出しなこと言わないでください! はっ! もしかしてリアさんに支援を申し出たのも……?」
「うむ、是非とも我が親衛隊に加えたいほどの筋肉だ。──しなやかでかつ無駄がない。機能性に優れ、森を駆け回るのに最適化されている。ウーリたちとはまた異なる、まさに芸術とでもいうべき肉体美だな! 惜しむらくは彼女が女ということだが、それは些細な問題だ。良い筋肉はなんとしても保護せねばならない! この手で!」
(筋肉好きここに極まれりー! まさに変態! いや、ここまで来るともう病気!)
いきなり舌の滑りが良くなったユリウスは、リアの筋肉について思いの丈を述べ始めた。私はひたすら呆れた。と同時に少し前までこのユリウスに心酔していた自分が馬鹿らしく思えてきて、縛られていなければ今すぐフライパンに数回頭を打ちつけたい気分だった。
リアに聞かれていたら、彼女は別の意味でまた涙を流すことになるだろう。アマゾネスが地獄耳でないことを祈るしかなかった。
幸いなことに、ユリウスの残念発言はリアには聞こえていなかったらしい。しばらくしてリアがもう一人のアマゾネスを連れてやってきた。
リアより少し背が高いくらいの女性で、年齢は30代くらいに見える。筋肉もリアよりついていて、緑色のセミロングの髪に、同じ色の猫耳としっぽをつけている。一見長老と言うよりはリアのお姉さんのような見た目だったが、その目つきは確かに猛禽類のように鋭く、数々の修羅場をくぐり抜けてきているようだった。
「お待たせー! この人が長老の、キャロル・パウエル。あたしのおばあちゃんだよ」
(お……おばあちゃんっ!?)
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