「ここで使うはずじゃなかったんだがな……」
ユリウスがそう呟き終わるか終わらないくらいで、突然辺りの空気の温度が数度下がったような感覚に襲われた。
ピシピシピシッと、地表を氷が覆っていくのが見える。氷は逃げるアマゾネスたちとブラックハウンドの間に壁を築き上げ、その進路をさえぎった。──ミリアムの魔法だ。
ブラックハウンドはつるつると滑る壁面をのぼれず、後ろからはそんなことはお構いなく後続のブラックハウンドたちがやってくるので、壁の前はたちまち魔獣でごった返した。そこへ壁の向こう側から容赦なくアマゾネスたちの火矢が襲いかかり、ブラックハウンドたちは瞬く間に炎に包まれていく。
だが、今度はサイクロプスの生き残りが後方から氷の壁を破壊すべく進んできた。その数7体。壁が破られれば再びブラックハウンドの進撃を許すことになるだろう。
「ティナ、ここは頼んだわよ」
「頼まれました!」
サヤは私に一言告げるとなんと窓から飛び降りる。
(うそ、ここから飛び降りたら無事では済まないはずなのに……!)
私の心配は杞憂だったようだ。サヤが飛び降りると同時に彼女の魔法によって地面から土の塊が隆起してくる。それに身軽に飛び乗ったサヤは、坂を滑り台のように滑り降りて地面に降り立った。
「まったく、七天っていうのはほんとにとんでもない奴らだな……」
「激しく同感です」
ユリウスの呟きに、私は自分のことを棚に上げて同意する。が、現状私ができることは何もないので、あとはミリアムとサヤの二人に任せるしかない。
私がハラハラしながら、ゆっくりと進んでくるサイクロプスを眺めていると、突然ゴゴゴゴゴという地鳴りの音がした。巨人の足音とはまた別の……まるでこれは……。
「ゴーレム……」
突如としてサイクロプスの周囲の地面が隆起する。上ってきた朝日に照らされて、土煙が派手に舞う。
土煙の中から現れたのはサイクロプスに負けず劣らずの体格を誇る岩の巨人。それが5体。それらはサイクロプスの前に立ちはだかり、巨人よりも強力なその四肢でサイクロプスを殴りつけ、蹴り飛ばし、圧倒しはじめる。
アメノウズメは2体のゴーレムを操るので精一杯といった感じだったが、サヤは巨大なゴーレムを5体いとも簡単に操っている。それだけでも七天の規格外な才能の片鱗がうかがえる。
一人で1個師団の戦闘力を有し、二人揃えば国一つを壊滅させることが可能。七人揃えば世界を支配できると言われた七天。そこへ的確な作戦がハマれば最早無敵かに思われた。──そう、七天の唯一の敵は同じ『七天』なのだ。──だからシーハンやサヤはライムントを恐れている。
残りの2体のサイクロプスのうち1体はミリアムが氷の槍で串刺しにして仕留め、残り1体はアマゾネスたちの火矢の集中砲火を受けて倒れた。一見優勢に見えるこの状況。
しかしユリウスはもう一度鏑矢を撃ち、全軍に撤退を指示した。
オルティス軍は魔獣たちの後ろにしっかりと本隊が控えている。アマゾネスたちやミリアムの消耗具合から判断してこれ以上の城外戦闘は犠牲を増やすだけだと判断して早々に籠城作戦に切り替えたようだ。
私はユリウスの顔をしげしげと眺めてみる。恐らくこれほどの大規模戦闘や籠城戦の経験は皆無であろうユリウスだったが、その表情は落ち着き払っていて、老練な軍師を思わせるほどだった。
彼の中には大前提としてできるだけ犠牲者を抑えることを考えている。それが今のところ的確な指揮に繋がっているようだ。
そうこうしているうちに、撤退してきたアマゾネスたちやミリアム、サヤが城内に引き上げ、城門はしっかりと閉められた。すると、城門の前にサヤの操るゴーレムが鎮座し敵の進撃を遮る。
それでもなお城門を突破しようとする魔獣や兵士たちを、ヘルマー軍は弓矢や魔法で追い払い、両軍は膠着状態になった。
「はぁ……はぁ……やりましたわ! 見てました? わたくしの活躍を!」
天守に戻ってきたミリアムは息も絶え絶えな様子でソファに沈みこんだ。対するサヤはまだまだ余裕のようだ。顔色ひとつ変えずに、時折襲ってくる飛行能力を持つ魔獣を天守から魔法で撃退するなどしている。
「皆、ご苦労だった。──だが本番はこれからだ」
「もっと労ってほしいですわ……」
「いや、ミリアムもよくやってくれたが……正直サヤの活躍が目覚ましすぎて霞んだというか……」
「はぁ!? ユリウス様はどこに目ぇつけてますの!? わたくしが最強で、わたくしが一番頑張りましたのよ!!」
ミリアムは、ユリウスがあまり反応が良くないのでへそを曲げてしまったようだ。それにしても、七天であるサヤに張り合おうとするあたりはさすがミリアムである。
やがてオルティス軍は、無理に攻めても犠牲を出すだけだと分かったのか全くちょっかいを出してこなくなった。ただ城を包囲するようにして大軍を待機させているだけだ。その数はいまだに数万は下らないように見える。対するヘルマー軍はアマゾネスを加えても1000人にも満たない。サヤがいるとはいえ、今ここから打って出てもまず勝算はない。
一般的に城攻めには、攻撃側が防御側の10倍の戦力が必要だと言われている。それほどに防御側が有利な上に、七天もいるのではオルティス軍も迂闊には攻められないだろう。それがユリウスの狙いだった。
厄介な大型魔獣だけを倒してあとは籠城すれば、援軍が来るまで持ちこたえることができる。幸い、城の地下には十分に食糧を溜め込んである。
本土から遠征してきているオルティス軍の方が補給線が伸びて苦しいはずだった。おまけに街や周囲の村から略奪しようにも、私たちは予め城に入りきらない食糧を燃やしておいたためそれもかなわない。
そのため、上手くいけば向こうが勝手に撤退してくれる可能性もあった。
睨み合いは1週間ほど続いた。
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