☆ ☆
──翌日。
私はリアを連れて朝早くに起きて城にやってきた。
城の庭にはウーリやアクセル、カルロスたち親衛隊の面々が勢揃いしており、剣を振り回しながら朝稽古に励んでいる。
「おや宰相殿、今日は随分早いんだな」
「ウーリさん、皆さん。──ギルドマスターの皆さんとミリアム先輩を呼んできていただけますか?」
親衛隊の面々は一瞬面食らったような顔をしていたが、直ぐにその表情が引き締まった。何も言わずに駆け出していく筋肉マッチョたち。
ウーリだけは去り際に私の背中をポンと叩いてこんなことを言ってきた。
「皆、ティナがやる気になるのを待ってたぜ!」
「──!」
振り返ると既に彼らの姿は小さくなっており、私はユリウスに会うために城に入ることにした。──だが昨日のことがあったのでどうも気恥しい。
特にリアに見られるというのが……。
「リアさんっ!」
「な、なにティナ?」
「リアさんはこれからマクシミリアンを飛ばして東邦帝国へ行って、帝にユリウス様が提案を飲んだということを伝えていただけますか? そして早速ですがヘルマー領へ援軍を送っていただきたいのですが……」
「援軍……? 戦争でもするの?」
「そうなる可能性が高いです。手遅れになってからでは遅いので早めに備えておきたいのです」
「わ、わかった! ティナとかすっとこどっこいがいないと2倍くらいのスピードで飛ばせるからひとっ走りだよ!」
そう言うと風のようにリアは走り去っていった。冗談抜きで私たちの2倍以上のスピードで走っていくリアの後ろ姿を私はしばらく唖然として眺めていたが、それがやがて米粒のような大きさになって森の中に消えると、今度こそ城の中に入り、階段を上って三階のユリウスの自室の前へと向かった。
トントントンと三回扉をノックしてみると、中から眠たげなユリウスの声が聞こえてきた。
「ん? ウーリか? 悪いが今日はお前と寝る気分じゃないんだ……そうだ、ティナを呼んできてくれないか?」
「ぶふっ!?」
(こ、ここここれってあれ? もしかしてあれ? ウーリさんの代わりにわ、わわわたしと寝たいってこと!?)
齢18の乙女はパニックを起こしてその場に崩れ落ちながら悶絶した。
「ウーリ? どうした? また笑わないのか? 『男色家のユリウス様が女の子のティナを気にするなんてどういう風の吹き回しです?』ってバカにしないのか?」
「ゆ、ユリウス様待ってください私まだ心の準備が──!」
「ティナ? ティナがいるのか!?」
「あのっ! 私まだそういう経験がないので優しくしてほしいです……」
「おいおい、ちょっと待ておい……誰がお前と寝ると言った? そんなわけないだろ気持ち悪いな……」
「……へっ?」
部屋から出てきたユリウスは、死にそうになっている私の頭を叩いて正気に戻してくれた。
「──こほん。ユリウス様、円卓の間に集まってください。私の策をお伝えします」
咳払いをして気持ちを落ち着けてからそう告げたが、多分私の顔は真っ赤だっただろう。
「……そうかわかった。少し待て」
私は円卓の間に先に向かった。そして、誰もいない机の定位置に腰をかけながらユリウスとギルドマスターたち、そしてミリアムの到着を待った。せっかくなので、皆を待っている間にひと仕事、紙に筆を走らせて六枚の手紙をサラサラと書いていった。この手紙はヘルマー領の未来を左右すると言っても過言ではない手紙だ。とはいっても選択権は受け手に委ねられている。
やがて、ミリアム、ギルドマスターたちの順で円卓の間に現れ、最後にユリウスが私の隣に座った。皆いつになく真剣な顔をしていた。ここが重大な局面だということは痛いほど分かっているのだろう。
「──皆、今日は集まってくれてありがとう。すでに予想はつくと思うが、今日もティナの招集だ」
「ついに大勝負ですのね! それでこそですわ!」
ユリウスが開会を宣言するとミリアムが早速目を輝かせた。
「ミリアム先輩。先輩は王都へ行って冒険者ギルドのお姉さんと王宮騎士団のクラリッサ、そしてセイファート新報のパトリシアさんの三人を訪ねてください。──訪ねたら、これを」
私はミリアムに折りたたんだ紙を三枚差し出した。
「これは?」
「重要なことが書かれた紙です。私が知り得た全てと、これからのヘルマー領の方針、それに対してアルベルツ侯爵の取りうる行動を示してあります。──これを渡して、あとは皆さんの判断に任せましょう。三人とも賢明な判断ができる方たちなのできっとヘルマー領の力になってくれるはずです」
「責任重大ですわね。任されましたわ!」
重要な役回りを任されたと感じたのか、ミリアムはほくほく顔で紙を受け取って懐に収めた。
「ウーリさんはこれです」
私がウーリに差し出したのは先程と同様の二枚の紙。
「オレはこいつをどこへ届ければいいんだ?」
「ゲーレ共和国です。この手紙をゲーレのシーハンと──イーイーさんに渡してください」
「イーイー?」
「イーイーさんは私を雇おうとするほど私のことを信用してくれました。きっと悪いようにはしないはずです」
「なるほどな、わかった。任せろ!」
ウーリはその大きな手で手紙を受け取ると大事そうに懐に仕舞う。
(──あとは……)
「私は、東邦、王都、ゲーレのうちどれかの助力を得られることが分かってから、この手紙を持ってもう一度サヤさんを尋ねます。ライムントを退けるなら恐らく彼女の力が必要不可欠でしょうから」
「それではわたくしたちは急いだ方がいいですわね」
「頼みますよ、お気をつけて」
「いい知らせを待ってろよ!」
ミリアムとウーリはそそくさと城を後にした。
「──さてと」
私は残った面々を見回す。私、商業ギルドマスターのホラーツ、農業畜産ギルドマスターのセリム、狩猟ギルドマスターのアントニウス、そして領主のユリウス。
「ひとまず残り方たちとアマゾネスの皆さんは総出で領地の防衛力強化に努めます。女性や子供は城内に避難させられるように、そしてその動きをできるだけ外には分からないようにこなしてもらいます」
「そんなこと出来るのか?」
ユリウスの疑問に私は頷いた。
「幸いこの時期は稲刈りの季節も重なっていて、うまくカモフラージュすれば荷物の運搬もバレにくくなります。アルベルツ領から諜報員が紛れ込んでいても、援軍が来るまでの時間稼ぎにはなると思います」
「なるほどな……よし、皆聞いたか? 早速取り掛かるぞ!」
ユリウスは椅子から立ち上がると高らかに告げる。
「さすがはティナさんですね」
「初めて会った時は頼りなく思っておったが……ここまで成長するとは……今ではヘルマー領の誇りだわい」
「俺たちも負けてられないな」
ギルドマスターたちの士気も高いようだ。やはりユリウスは立派な領主──。
「いや違うな、今は間違いなく皆ティナの指示に従っている。すごいのは俺じゃなくてティナだ」
「なんで私の考えてることが──!」
(そういえば昨日言っていたな……全部じゃないけど分かることがあるって……なんだか少し恥ずかしいけど)
私の問いかけにユリウスは答えず、そのままギルドマスターや親衛隊たちを伴って部屋を後にしてしまった。私も慌ててその後を追いかける。
──ヘルマー領、一世一代の大勝負の幕が上がった。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!