玉ねぎを切っていると
「何をされているんですかー? 料理? でもさっき魔法を見せていただけるって……」
向こうからはパトリシアの声が聞こえてくる。あまり待たせられないので、手早く作らねばならない。
「少しお待ちくださいね! 今作っているので!」
「あの! ですから私たちは料理が食べたいのではなくて、魔法が見たいんですけどー?」
「あら? でも長旅でお腹が空いているのではないですか?」
「そ、それはそうですけど……」
話しながら玉ねぎを切り終えて、ヘルマー牛の肉と玉ねぎを一緒に炒めていく。ソイソースや酒、片栗粉やこしょうなどで味をつければ手軽に一品完成。牛肉と玉ねぎのソイソース炒めだ。
これを二つ皿に盛って、白米と共にパトリシアとイオニアスの元に持っていく。ちなみにこの白米もヘルマー領の田んぼから収穫されたもの。細かい調味料を除けば全てヘルマー領で作られたものということになる。まさに私が目指していた料理店の形が完成されつつあった。
「……これは?」
牛肉と玉ねぎのソイソース炒めを目の前に置かれたパトリシアは怪訝そうな表情をした。アレンジ料理なので、あまり見た事のないのだろう。
「美味しいですよ? 食べてみてください」
「私は魔法が見たいんですー!」
「まあまあそう言わずに食べてみましょうよ。すごくいい匂いがしますよ? ……僕たちさっき森を抜けてきたばかりだからヘトヘトじゃないですか……」
イオニアスが口を挟むと、パトリシアは頬を膨らませて抗議した。
「えーっ! じゃあ先にティナさんの魔法見せてください。そしたら食べますから!」
駄々っ子のように手をパタパタさせながらごね始めたパトリシア。まるで子供のようだ。
しかしその時、グゥゥッと誰かのお腹が鳴るような音が聞こえてきた。途端に下を向いて恥ずかしそうにするパトリシア。
(なんてわかりやすい……そして可愛らしいところがある人なんだろう……)
私は歳上であろうパトリシアに何故だか母性らしきものが湧いてきて、彼女の様子を微笑みながら眺めていた。そんな私の表情をチラッと見たパトリシアは、何かを感じたのか大人しく手を合わせて料理に手をつける。
料理を口に運んだパトリシアとイオニアスは瞬く間に顔を輝かせた。ここ最近、私の料理を食べた人の様子をたくさん見てきたけれど、ここまで反応がいいのはなかなか珍しい。
「んはっ、な、なんれすかこれ! しゅ、しゅごくおいひいんれふけど!」
「んっ、これは……なかなか……! ごはんがすすみますね!」
「えへへーっ、でしょでしょー?」
二人の反応があまりにもいいので、私は手を背中の後ろで組みながら体を揺らして喜びを露わにした。もう少しで踊りだしてしまいそうだった。
やっぱり自分の料理を褒められるのはたまらなく嬉しいものだ。
「これが私の魔法です!」
よほどお腹が空いていたのか、夢中で食べ進める二人がある程度食べ終わるのを待って私は言い放った。得意げな表情で二人の様子を見ると、二人はうんうんと大きく頷いていた。
「確かに、こんなに美味しい料理は久しぶりに食べた気がします。空腹は最大のスパイスって言いますけど、それを抜きにしても美味しい……これは確かに魔法ですね!」
「美味しそうに食べてもらえて私もとても嬉しいです!」
「『最後の七天──その正体は、魔法のような美味しい料理を作る天才魔導士!』と1面でぶち上げておきますね!」
「いやー、そこまで褒められるともっとサービスしたくなってきちゃいますねー!」
調子に乗った私は、すぐさまおかわりを作って二人の前に置く。
「どうぞどうぞ! たくさん食べてください!」
「ではお言葉に甘えて……いただきます!」
二人はヘルマー牛のソイソース炒めと白米をペロリと二皿平らげてしまった。
「あー、美味しかった。なるほど、私はティナさんを見くびっていたようです」
満足げに話すパトリシアは満面の笑みを浮かべている。よほど私の料理が気に入ったらしい。
「この魔法は確かに最強かもしれません! 属性魔法だと得意苦手がありますけど、料理ならそれはありませんからね。全人類に効果てきめんな魔法です!」
主な属性魔法──『炎』『水』『風』『土』『光』『闇』の六属性にはそれぞれ得意苦手がある。
炎は水が苦手だし、水は風が苦手、風は土が苦手、そして土は炎が苦手。光と闇は相克する。
なので、七天の中でも例えば水魔法を得意とするクラリッサは風魔法が得意なシーハンには勝てないし、シーハンは土魔法が得意なサヤには勝てないし、サヤは炎魔法を得意とするマテウスには勝てない。
水の派生としてミリアムの『氷』とか、光の派生で『雷』とか、そういう細かい分類はあるものの、基本的に魔法はこの法則に従って得意苦手が決まっている。
そういう意味では確かに『料理』は全ての人に効果のある最強の魔法と言えるのかもしれない。そもそも『料理』が魔法と言えるのなら……だが。
(いや、確かに料理は魔法だよ! だって、こんなちっぽけな私の料理にこんなにも人の心が動かされてしまうんだから!)
「それじゃあ、私たちは王都に戻って早速記事を書きますのでー! また取材に来ますからその時には別の料理を食べさせてください!」
「パトリシアさん、それ目的が……」
「細かいことはいいの! あんたもめちゃくちゃ美味しそうに食べてたじゃない!」
「そ、そうですけど……」
パトリシアとイオニアスはそんなことを言い合いながら去っていった。とても満足そうな後ろ姿だった。
「行っちゃったなぁ……上手くやってくれるといいんだけど……」
こればかりは二人の腕を信じるしかない。
と物思いに耽っていると、パトリシアがバタバタと走って戻ってきた。忘れ物だろうかと首を傾げていると、彼女は私の耳元に顔を寄せて囁いてきた。
「美味しい料理の代わりと言ってはなんですが、耳寄りな情報を……」
「……?」
「最近、国王の体調が思わしくないようです。もしかしたら近々──」
「それって……」
「私がお伝えできるのはここまでです。ここから先はご自分で考えて、ヘルマー領をより良き方向へ導いてください。──この店がなくなってしまうのは惜しいですからね」
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