☆ ☆
数週間後、私たちは品評会のためにヘルマー牛を連れて王都に向かうことになった。私に同伴してくれるのは、護衛役のリアと、王都の品々を見てみたいというホラーツ、ミッターの代理として酪農ギルドのマスターを兼務するようになったセリム、そして怪我がまだ治りきっていないウーリの代わりを買って出てくれたアクセル、そして同じく親衛隊の筋肉マッチョであるカルロスという青年の合わせて5名。
私を含めて6名の小規模パーティーだが、ハイゼンベルクの守りも疎かにするわけにはいかない以上、これが今のヘルマー伯爵家が出せるベストメンバーであった。
「いってきまーす!」
私が城に向かって手を振ると、城の外まで見送りに出てくれていたユリウスが手を振り返してくれる。クールな彼は出発前にただ一言「頑張れよ」としか言わなかったが、その言葉には多くの感情が乗っていた気がした。
隊列の一番先頭をアクセルが歩き、その後ろに私とホラーツとセリム、さらに後ろにヘルマー牛に器用にまたがって操っているリア、そしてしんがりをカルロスが務めるという布陣で、私たちは森の中に入っていった。
「さすがにここまで人数がいればイノブタみたいな魔獣は恐れをなして出てこないな」
「よしんば襲ってきたとしても、あたしがいるからすぐにわかるし、簡単に追い払えるよ」
「頼もしいこった」
後方のカルロスとリアは早速意気投合したのか、先程からのんきに会話している。私も周りの景色を眺めるのは飽きたので、隣を歩いているホラーツに声をかけてみた。
「ホラーツさんは王都へは何回くらい行ったことあるんですか?」
「実はこれが2回目なんですよ。前に行ってからだいぶ経っているので、街並みがどう変わったのか、どんな珍しい品があるのか楽しみです。はははっ」
ホラーツは小太りな腹を揺らしながら愉快そうに笑った。
「よろしければ王都の中を案内してくださいませんかティナさん?」
「ええっ、私でよければ……でも私、そんな掘り出し物が出てくる店とかあまり知りませんよ? 安い食料が手に入る店とか、私が勤めていた料理店とかくらいしか……」
「それでも構いませんよ。ゆくゆくはヘルマー領もそういう場所に野菜や肉を仕入れるようになるかもしれませんし、下見です」
「はぁ、それなら私もいろいろと用事があるので、王都の中を一通り見て回りましょうか……」
確かにホラーツの言うとおり、ヘルマー牛がブランド牛になったらどこか王都の有名な料理店や肉の専門店などに卸すことができる。事前にどこがいいかを見て回るのはアリかもしれない。
横で聞いていたセリムも「ワシも王都で売られている野菜を見てみたい」と言い出し、結局三人で街中を巡ることになった。
しばらく森の中を進んでいると、突然リアが大声を上げた。
「やばっ!」
「どうした!?」
「この音……匂い……間違いない! でもどうして?」
「何があったって聞いているんだ!」
最後尾のカルロスは、リアに釣られて鬼気迫る様子で周囲を警戒している。リアはそんなカルロスをよそに、目を閉じながら耳を澄ませていた。そのしっぽは真上にピンと伸びて、彼女の緊張を表現していた。
「皆さん、なにか来ます! 警戒を!」
「よしきた宰相殿!」
「その呼び方なんとかなりません……?」
「ユリウス様から、『ティナのことは俺の代理だと思って命令を聞き全力で守れ』と言われてるんでね。……愛されてるなぁティナは」
軽口を叩きながらも剣を抜いて戦闘態勢に入るアクセル。彼は私とホラーツ、セリムの三人を背中に庇うようにして森の奥に剣を向けた。あちらからなにか気配を感じるようだ。リアもずっとそちらを凝視している。
──突然、刺すような殺気が森の奥から襲ってきた、途端にアクセルが何か飛んできたものを払いのける。
咄嗟にそちらに背を向けて身をかがめると、カーン! となにかが、背中に背負っていたフライパンに当たって地面に落ちた。矢だ。何者かが森の中から矢を射掛けてきているようだった。
フライパンがなかったら今ごろ自分が串刺しになっていたと思うと冷や汗が出てくる。
「リアさん!」
「うん!」
私が声をかけるとリアは牛の背を蹴って森の中に飛び込む。そして草をガサガサと鳴らしながらあっという間にどこかに消えてしまった。
程なくして、森の中から何やら争うような音と、複数の男の悲鳴が聞こえてきた。
それらはものの1分ほどで収まり、しばらくするとリアが何事も無かったかのように森の中から戻ってきた。両腕にはそれぞれ2人ずつ、合計4人の気絶した男たちを引きずっている。
「……改めて、とんでもねぇなリアは」
小声で呟くアクセル。そんな彼の前にリアはどさどさと男たちを投げてよこす。男たちはアクセルやカルロスのような皮の鎧を身につけていたが、武器は剣よりもナイフや飛び道具がメインで、顔を覆う布や仮面をつけているものがほとんどだ。兵士というよりも盗賊と言った方がよさそうな身なりであった。
(盗賊……? こんなに商人も滅多に通らなくて寂れた道に……?)
考えてみれば奇妙な話だ。だからあんなにリアが不思議そうな顔をしていたのだろう。
「森の中でアマゾネスに勝とうなんて100年早いよ」
「リアさんありがとうございます」
「ティナを助けることくらい朝飯前だからあとでちゃんと美味しいご飯食べさせてね?」
「あー、助けてくれたこともそうですけど、この人たちを殺さずに気絶させてくれたことについてです」
隣で「どういうことだ?」といった感じで首を傾げるアクセルに私は説明する。
「こんな所に盗賊がいるなんて、普通じゃ考えにくいんです。だから──この人たちは“はじめから私たちを狙っていた”んじゃないかなって」
「……なるほどな」
「しかも誰か──別の人に依頼されて私たちを襲っているのかもしれません。だとしたら、殺してしまえば黒幕の正体が分からなくなってしまいますからね」
私はその後「もちろん無用な殺生をしたくないというのもありますけど」と口にしながら、リアに視線を向けた。リアは「そゆこと」と得意げに胸を張っている。
(まさかリアさんがここまで機転が利くとは思わなかった……てっきり皆殺しにして戻ってくると思ったのに)
皆で手分けして男たちを縄で縛ると、私はリーダー格と思しき一人だけ顔を隠していない男を起こすことにした。この男だけ装備が少しだけ高級そうだったのだ。こういうところは『黒猫亭』で多くの冒険者を見てきたので多少は分かるようになっていた。
男の頬をペシペシと叩いて目を覚まさせる。
40歳手前くらいのその男は目を開けると目の前の私の顔を見て不思議そうに眉をひそめた。
「こんにちは。私はティナ・フィルチュといいます。ヘルマー領のお抱え魔導士です」
「……チッ、オレを脅そうたってなにも吐くことはねぇよ」
「なんで私たちを襲ったかだけでも教えてくださいませんか?」
「──襲いやすそうだったから。ほとんどメスガキとジジイだったし。……それがまさか女の子一人にやられるなんてな……」
恨めしそうにリアを眺めながら呟いた男に、さらにリアは得意げになった。
ニヤニヤと笑いながら男にすり寄るリア。
「えーっ、こんな可愛い女の子にやられたのがそんなに悔しかったんだー?」
「……!?」
リアの挑発に男は恥ずかしそうに顔を逸らしてしまう。私は男が向いた方に回りこみながらしっかりと目を見すえた。さっき男が言ったことはなんとなく嘘だとわかった。
「質問を変えますね。──あなたたちは誰に依頼されて私たちを襲いましたか?」
核心をついたのか、男の瞳が揺れた。しばらく迷っているようだったが、やがて男は私の目をキッと睨み返しながらこんなことを告げてきた。
「その質問には答えられねぇが……これだけは教えておいてやる。お前らはどうせ王都までたどり着けない。これは警告だ。大人しく領地に帰るんだな」
読み終わったら、ポイントを付けましょう!