☆ ☆
冒険者ギルドを後にした私たちは、それぞれ別行動をすることにした。
ホラーツとセリムは王都の探索に、リアは屋敷に戻って昼寝、アメノウズメは冒険者ギルドのお姉さんの手引きで、信頼できる商人の馬車に便乗させてもらって故郷に帰ることになった。
なおも私たちと離れるのが不安そうな彼女だったが、昨日の『ワショク』で故郷への想いが強まったのと、私やお姉さんの説得もあって、手を振りながら去っていった。
(正直あの子をネタにして、冒険者ギルドのお姉さんからサヤさんの居場所を聞き出すという作戦は失敗したんだから、これ以上私のために利用するのも可哀想だし……)
そう自分に言い聞かせながら、残った私は王都の中心部にある王宮を目指した。理由はもちろん七天のクラリッサに会うためだ。
あんなに情報を出すのを渋っていた冒険者ギルドのお姉さんだったが、私がクラリッサに会いたいと言ってみると一も二もなく承諾してくれて、王宮に入るための許可証を一人分発行してくれた。どうやら、自分で情報を提供することについては慎重なものの、私が他人からそれを聞き出す分には全く関知しないらしい。
(警備上の都合で王宮の中に入れるのは一人だけ──だからリアは連れて行けないけれど、戦いに行くわけじゃないんだし、いいよね……)
そうこうしているうちに、私は王宮の巨大な門の前に辿りついた。賑やかな王都だがここまで来ると、逆にほとんど人の姿は見えなくなる。──皆、王宮騎士団を恐れて近寄らないのだ。
王宮は石と鉄で造られた高さ5メーテルほどの塀によって円形に囲われており、上部には金属製の先が尖った飾りのようなものがびっしりとついているので、手練の盗賊ですら容易には侵入できないようになっている。
塀に東西南北と4つある門は、王宮直属の『王宮騎士団』という恐ろしく腕の立つ兵士たちで構成された組織の団員が交代で2人ずつ、日夜問わず監視しており、ネズミ一匹入れない厳重な警備だ。
私が門に近づくと、見張りの二人の兵士がすかさず近寄ってきた。王都の門を警護している兵士たちとは違い、槍などは所持していないが、腰には柄に豪華な装飾の施されたロングソードがぶら下がっている。少しでも怪しい動きをすれば、私の首はすぐさまあの剣によって胴体と別たれてしまうだろう。
「そこの女。止まれ」
兵士のうちの一人が地鳴りのような重低音で威圧してくる。それだけで私の背筋には冷や汗がびっしりと湧いてきて、膝が震えないように堪えるのが精一杯だった。
言われたとおり立ち止まると、前方に二人の兵士が立ち塞がった。
「あ、あの……私は……」
「迷子か?」
「いえっ、違います! あの、王宮騎士団のクラリッサ・コールザートに会いたいんですけど……」
「へ?」
「はぁ?」
私の言葉を聞いた二人は「言っている意味が分からない」とばかりに肩を竦めた。
「もしかして、クラリッサ分隊長のことか?」
「クラリッサ分隊長って、あのクラリッサ分隊長か?」
二人は顔を見合せながらブツブツと呟いていたが、やがてどちらからともなく大声を上げて笑い始めた。
「ぶぁぁぁっはっはっはっはぁっ! こんなガキが? あの鬼も裸足で逃げ出す分隊長にぃ? こいつぁケッサクだぜぇ!」
「寝言は寝て言えよお嬢ちゃん! くくくくっ! いくら憧れの七天だからって、そう簡単に会えるような人じゃないんだよ分隊長殿は!」
バカにしたような態度の二人に、さすがの私も堪忍袋の緒が切れた。背中の麻袋の中をゴソゴソと漁って、冒険者ギルドのお姉さんから貰った『入場許可証』を取り出す。そして精一杯のドヤ顔をしながらそれを兵士たちの目の前に突きつけた。
「だーれがガキですか! 私も七天なんですけど!」
「なんだこれ? あぁ? 入場許可証?」
「おい、冒険者ギルド本部のギルドマスターの印が押してあるぞ!」
「なんでガキがこんなものを持ってるんだぁ?」
「七天って言ってたよなこいつ──ってことは……」
二人の兵士は私が示した許可証を穴が空くほど凝視した後、目をぱちくりさせて再び顔を見合せた。そして、同時になにかに気づいたようにパチンと手を合わせ、ニヤニヤしながらこちらに視線を向ける。
「よくもまあそんな口からでまかせを言えるもんだぜ」
「許可証も偽造して、余程クラリッサ分隊長に会いたいらしいな」
「……えっ? いや、私嘘ついてるわけじゃ……」
「七天にはなぁ、そんなちびっ子はいねぇぞ?」
「もっとマシな嘘思いつくんだったな!」
「だから嘘じゃないですって!」
私は必死に訴えたが、もはや兵士たちは聞く耳を持たない。完全に私を嘘つきだと思い込んでいる。
無理もない。私の存在は冒険者ギルドによって揉み消されているのだから、文字通り『幻』の七天なのだ。彼らも、『七天』という存在が何故六人しかいないのか、考えたこともないのだろう。
よしんば考えたことはあったとしても、冒険者ギルドと密接な関係にある王宮騎士団に属していては、それを知る術はほとんどないのだが……
「そんなに会いたいなら会わせてやるよ。──ただし牢の中でな!」
「ちょ、ちょっと待ってください! 私なにも悪いことはしてませんよね!?」
ここで捕まるのは避けたい──というか絶対避けねばならない。雇い主であるユリウスに迷惑がかかるし、なによりも品評会に出れなくなってしまう。
「いいや、許可証の偽造と俺たち王宮騎士団を騙そうとしたことは立派な犯罪だ。──特に偽造は重罪。まあガキだから多少は大目に見てくれるかもしれんが……」
「だからガキじゃありません! 私はこう見えて18です!」
「あー、はいはい。それなら間違いなく地下牢行きだな」
「えーっ!?」
今から逃げても見逃して貰えないだろう。私は弱り果ててしまった。まさか王宮に入る段階でこんなにも苦戦することになろうとは……。改めて自分の容姿と出来損ないの魔力器官が憎い。
兵士たちは問答無用で私の手から許可証を取り上げると、腕を掴んでそのまま門の中に連れ込もうとする。
(ん? 待てよ? このまま連れて行かれれば意図しない形でクラリッサに会えるのでは? 彼女に会えればきっと私の冤罪も晴れて私は解放される……!)
「……急に大人しくなったな」
「おい、何企んでやがる貴様!」
しかし王宮騎士団の兵士たちは一筋縄ではいかなかったようだ。抵抗をやめた私は早速怪しまれ、私の計画は早速おじゃんになろうとしていた。
「な、なにも企んでませんですわよ。おほほっ」
慌てて返事をしたから、ミリアムが乗り移ったような口調になってしまった。
「──怪しいな。こんなやつを王宮に入れるわけにはいかん。ここで制裁を加えてからそこら辺にでも捨てておこう」
「え、いやちょっと待ってください! 痛いのは嫌です!」
「ほら、いきなり慌て出した。ということはさっきまでのは全部演技だったということだな。ふぅ、危ない危ない。危うく騙されるところだったぜ」
兵士の一人が私を羽交い締めにする。力はさすが王宮の精鋭だけあってかなり強く、私の力ではビクともしない。
「俺らとしても女の子を虐待するのは気が引けるんだが、罪には罰を与えないとだからな……」
もう一人の兵士は、腰のロングソードを鞘に入ったまま抜き、私のお腹あたりに向けて構えた。
「えっ、嫌! やめてくださいお願いします! 痛くしないで!」
そんな懇願が聞き入れられるわけもなく……。
兵士のロングソードが空を切り──ビシィッ! と腹部に耐え難い衝撃が襲ってきた。
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