パトリシアは茶髪を頭の後ろで三つ編みに結い、眼鏡をかけた30代女性。ゴソゴソと早速外套のポケットから紙の束とペンを取りだし、私の言葉を一言一句聞き取ろうと興味津々の様子だ。
その隣で落ち着いた様子で店内を見渡している黒髪の男性がイオニアス。まだ若く、私とそこまで年齢は変わらないかもしれない。
二人は私が冒険者ギルドのお姉さんに依頼して紹介してもらった『セイファート新報』という新聞を発行している組織の記者──らしい。
新聞というのは、セイファート王国や周辺諸国の動向など、社会情勢一般または特定分野の出来事を報じ、対象とする層の中で広く読まれることを前提に定期刊行される紙媒体である。
私の作戦は、『白猫亭』を新聞で取り上げてもらって、それを読んだ人達に興味を持ってもらおうというものだった。そのために、『セイファート新報』の本部に頼み込んで取材をしてもらうことになったのだ。
辺境の貧乏領地にできた小さな料理店のことなんて正直あまり話題性は無いので、当然先方は渋ったが、ヘルマー牛を振る舞うと彼等の態度は一変した。今まで見向きもしなかった領地にこのような美食が眠っていることは、グルメブームに湧く世間にウケると判断されたらしい。
そして、派遣された記者がパトリシアとイオニアスということらしい。
「お待ちしておりました。私がティナ・フィルチュです」
「あなたがティナさんでしたか! ティナさんは『七天』だとうかがいましたが!」
早速食いついてきたのは眼鏡の三つ編み──パトリシアだった。
突然のことに私は戸惑った。まさかそこに食いつかれるとは思っていなかった。大方、パトリシアは七天について尋ねるのが目的でこの取材を引き受けたに違いない。
私が七天だということは、セイファート新報には伝えていなかったのに、恐るべき情報力である。
「……そうですけど、今回はそのことは関係なくてですね」
「ありますよあります! 七天が開いた店っていうだけでも付加価値があるってもんです! なにせ七天といえばあのライムントさんやクラリッサさんなど、皆さん英雄ばかりですからね! 『遂に七人目の七天現る!』みたいな感じのタイトルで、1面大見出しでドーンって出来ますよ! ──ところでティナさんはどんな魔法が使えるんですか?」
「いや、あの……私は彼らみたいに魔法をぶっぱなして無双するようなキャラではないので……」
「なるほど、謙遜されているんですね! 大丈夫です、私たちは皆七天が素晴らしい魔導士だということを重々承知していますし、悪いように書いたりしませんから!」
パトリシアは大きな身振り手振りを交えながら連弩のように語り続け、曲解を重ねていく。もはやどこから誤解を解いていけばいいか分からなくなってきた。
「ちょっとあなた。黙っていれば好き勝手に言ってくれますわね! 後輩ちゃんは他の七天とは違って魔法で力を示すようなタマじゃありませんのよ!」
「──あなたは誰ですか?」
「ばっ……わ、わたくしは『氷獄』のミリアム。ミリアム・ブリュネですわぁ!? まさかご存知でない!?」
見かねたミリアムが割って入ると、パトリシアはポカンとした表情で首を傾げた。まあ無理もない。ヘルマー領では鬼と恐れられているミリアムも、ひとたびヘルマー領を出ればほぼ無名に等しいのだ。
だが、パトリシアの隣のイオニアスはミリアムのことを知っていたようだ。顎に手を当てながら思い出すように言葉を紡ぐ。
「コキュートス。聞いたことあります。──なんでも、七天がいなければ第一線で活躍できていたと言われている魔導士の一角だとか。性格は極めて残念で、いつも謎の自信に満ち溢れた──」
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!!!! ほんとのこと──いえ、口からでまかせを言うものではありませんわぁ!!!!」
ミリアムは張り替えたばかりの床板をダンダンッ! と踏みしめながら地団駄を踏んだ。床が痛むからやめて欲しい。
(でも……イオニアスさんが言っていることが本当なら、実はミリアム先輩はちょっとすごい人……?)
複雑な心境でミリアムを眺めていると、彼女はキッとこちらを睨んできた。
「なんですの? わたくしの顔になにかついてますの? それとも──わたくしをバカにするつもりですのぉぉぉぉっ!?」
「あぁぁぁぁっ! 落ち着いてください先輩!」
「うるさい! 許しませんわぁ! 全員まとめて地獄行きですわぁぁぁっ!」
結局、暴れ始めたミリアムを宥めるのにしばらくの時間を要してしまった。ひとまずミリアムがいると話がこじれるので、適当な口実をつけて彼女をウーリと共に城に帰すと、私は『セイファート新報』の二人に席を勧めた。
「それで、ティナさんの得意な魔法っていったい……」
「これから私の『魔法』をお見せしますね」
(気恥しいけれど、こうでも言っておかないと収まってくれなそうだし……)
ミリアムのおかげで一度は気が逸れたパトリシアがまたしても目を輝かせながら私に迫ってきたので、私は胸を張りながらそう宣言した。そしてそのまま厨房に引っ込む。
今頃パトリシアとイオニアスは戸惑っているだろう。
(私にとって、魔法ってこれしかないから……)
ティナさんはどんな魔法が使えるのかと聞かれた時、頭の中に思い浮かんだのは、この言葉だった。
『美味しい料理には人を幸せにする魔法がある』
厨房に立った私が用意したのは、ヘルマー牛の切り落とし、そしてヘルマー領で採れた新鮮な玉ねぎ。これが、ご飯が進む魔法の料理に変身する。作るのはもちろん私。この白猫亭での主役は私なのだ。
「さてと始めますか……! ──調理開始!」
読み終わったら、ポイントを付けましょう!