私は、昨日黒猫亭のおじさんから貰った硬貨を机の上に置いた。
「これで足りますか?」
「……私が欲しいのはお金ではなく“情報”です」
「どんな情報が欲しいのですか? 私が持ってる情報なんて限られてますけど……」
すると、お姉さんは私の方へ身を乗り出し、耳元で囁いた。
「ティナさんはゲーレに行かれたんですよね?」
「えっ!?」
改めて冒険者ギルドの情報網には舌を巻く。どこから情報を仕入れているのか、その正確性と早さには目を見張るものがあった。きっと、ゲーレの国内にもギルドの息がかかった者がいるに違いない。
驚く私に、お姉さんは続けて質問をする。
「七天のレイ・シーハンには会いましたか?」
「あっ、えっと……その……」
私は正直に白状するかかなり悩んだ。冒険者ギルドのお姉さんは信用できる存在だが、シーハンからは話した内容を口外しないように念を押されている。自国のためとはいえ、約束を破ってしまうのは気が引けた。
しかし、お姉さんはそんな私の様子を見て「この子はシーハンと会っているな」と見抜いてしまったらしい。さらに耳元で続けた。
「彼女からどんな話を?」
「い、言えませんそれはっ!」
「どうして?」
「約束だからですっ!」
相手は神出鬼没のライムントなので全く油断はできない。本当は話してしまいたい。もしかしたら冒険者ギルドのお姉さんが協力を申し出てくれかもしれないし。でも約束は約束だから言えない。──私は唇をギュッと噛み締めた。するとお姉さんは一旦私のそばを離れて、今度はアメノウズメに視線を向けた。
「これは私の勝手な推測ですけどね。──シーハンさんはサヤさんに接触をはかっていますね?」
「──!?」
なんでもお見通しらしい。そして、私の反応でお姉さんは確信しただろう。
(もはや隠しても仕方ないか……)
シーハンには申し訳ないけど、私は正直に話すことにした。
「はい……私がサヤさんの居場所を知りたいのは、シーハンさんから尋ねられたからです」
「やはりですね。理由は、ライムントさんに命を狙われると感じているから……とかですか?」
「……よくご存知で」
「そうなると私からはティナさんに協力できませんね」
お姉さんは顎に手を当てながら考えこんだ。しかし私にはその理由はなんとなく分かる気がした。──お姉さんはあくまで『冒険者ギルド』の立場に立って思考をしている。ということは、セイファート王国の不利益になることはしたくないはず。
つまり、王国に従わないシーハンとサヤが手を組んでライムントを倒すというような事態は避けたいに違いない。
「どうしても……ですか?」
「ごめんなさい。ティナさんも、あまり深入りすると反逆者として冒険者ギルドから追われることになりますよ?」
「むぅ……」
「私はこのことを上に伝える気はありませんので安心してください」
そう言われてしまえばもう食い下がることはできなかった。
(やっぱりしたたかだなぁこの人は……だからこそ頼りにしてるんだけど……)
「──まあでも、それはあくまでも『シーハンさんのお願いなのだとしたら』という話です」
お姉さんは突然視線をアメノウズメに向けた。
「は、はいっ?」
「あなたは……東邦出身の巫女さんなんですよね?」
「はいっ!」
慌てて返事をするアメノウズメ。この場の誰もが──私も含めてお姉さんの意図が分からなかった。彼女は何を思ってアメノウズメに声をかけたのだろうか?
「ゲーレ共和国とは違って、東邦帝国はセイファート王国の明確な同盟国です。その東邦帝国がサヤさんを探しているのだとしたら……東邦帝国の軍備に関する情報と引き換えにサヤさんについての情報を教える用意はあります」
「──と言われても……」
アメノウズメは俯いて困惑した顔をしている。それもそのはず、なぜならアメノウズメがセイファート王国を訪れた理由はサヤの捜索ではないのだから。となれば、私としても彼女に無理やり東邦帝国の情報を出させるわけにはいかない。
「無理に言わなくていいですよアメノウズメさん。──軍備に関する情報なんて……いくらなんでも対価が高すぎます」
「そうでしたね。失礼──でも、私たちにとってサヤさんの情報はそれだけの価値があるものなんです」
お姉さんは少しバツが悪そうに言った。お姉さんとしても私の手伝いをしたいものの立場上難しい状況にあるということがもどかしいのだろう。
少し考え込んだお姉さんは、やがて顔を上げると意味深な笑みを少しだけ浮かべた。
「サヤさんの情報は簡単には出せませんが、ユリアーヌスさんの情報ならある程度はお伝えできます」
「ほんとですか!?」
「ええ。もちろん王国の不利益にならない範囲ですが……」
「……というと?」
「ユリアーヌスさんの出身国はオルティス公国、彼は魔法学校卒業後にクラリッサさんと同じ『王宮騎士団』に所属していたのですが……」
そこまで口にするとお姉さんは一旦言葉を切った。私は息を飲んで続きを待つ。
リアやアクセルたちも、先程からずっと私やお姉さんの会話に聞き入っている。──完全に蚊帳の外のはずなのに。
私が見つめ返すと、お姉さんは視線を逸らして目を泳がせた。もしかしたらユリアーヌスの件についても冒険者ギルドとしては言えない部分があって慎重に言葉を選んでいるのかもしれない。
「冒険者ギルドの調べによると──彼の死因は病死ではありません。他殺で間違いないですよ。しかも犯人は不明。きっと神出鬼没の相手にでも殺されたんでしょうね」
「──!」
立場もあるのだろう。お姉さんは明言こそしなかったが、お姉さんの言葉は犯人を特定するには十分な内容だった。やっぱり本人の言ったとおり、ライムントがユリアーヌスを殺したのだ。それを冒険者ギルドは病死と偽っていた。──ライムントを庇うために。
(いや、正確には当たりはつけられるけど決定的な証拠はないといったところかな……なにせ転移魔法が使えるライムントの犯行を立証することはほぼ不可能なのだから)
「なるほど、それだけ分かれば十分です。私のやるべきことが分かりました。ありがとうございました!」
するとお姉さんは何気ない様子でこんなことを尋ねてきた。
「復讐……するんですか? 想い人の命を奪った相手に……?」
「ぶふっ!?」
心の中を見透かされたような発言は、齢18の乙女のピュアなハートに甚大な被害をもたらした。
「『どうしてそのことを知っているの!?』みたいな顔をしてますね」
図星だった。今度こそショックで私は何も言えなくなった。
「これだけは、女の勘……とだけ言っておきます。ただ……」
冒険者ギルド──王国を陰で操る組織の、恐らくかなり上の立場の職員であるお姉さんは、目をかけている魔導士である私の目をしっかりと見据えていた。
その表情は妹を心配する姉のようでもあり、取引先と交渉する腕利きの商人のようでもあり……駒を操りながら敵を追い詰めていく棋士のようでもあった。
「ティナさんのやろうとしていることは、冒険者ギルドとしても看過することはできませんね」
ライムントに復讐しようとしていることはもうお姉さんの中では完璧に見抜かれているらしい。
ただ、その後に彼女はこう続けたのだった。
「もちろん、ここで私はティナさんに何も話してませんし、ティナさんからなにも聞いてないので分かりませんけど」
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