終始テンションが高めのリアを先頭に、若干テンションの下がった私とミリアムがついていくという状況がしばらく続いた。その間、特に魔獣に遭遇するようなことも無く、順調すぎる旅路だった。
「魔獣が減ってきているみたいですね。狩猟ギルドの皆さんとアマゾネスの皆さんのおかげです」
「いやー、それほどでも……」
自分は魔獣の討伐については何もしていないはずなのに何故か得意げになるリア。
(まあいいか、リアさんはその間農地の周囲に罠を仕掛けるのを手伝ってくれたんだし……)
「……ていうかミリアム先輩はよくヘルマー領を離れるのを快諾してくれましたね。いつもなら『領地の外に出るのは職務放棄になるので──』とか言いそうなものなのに」
「あら、知りませんでしたの? わたくし、少し前に正式にユリウス様に雇われたんですわ!」
私の隣を歩いていたミリアムが胸を張る。そんなこと本人の口からはもちろん誰からも言われなかったので全く知らなかった。
「さすがにタダ働きはまずいと思ったんですかね」
「ユリウス様のためならわたくしなんでもしますのに……別に責任取って嫁にしろなんて野暮なことは言いませんわよ?」
「めっちゃ本音出てるじゃないですか……怖っ!」
「えっ、『怖いくらいに美しい』ですか? ──もー、後輩ちゃんったらー! 褒めても何も出ませんわよ?」
「そんなこと誰も言ってませんよ……」
(よかった。いつものミリアム先輩だ……)
ミリアムのいつも通りの反応に私が安堵したのも束の間。背筋をゾワゾワッと嫌な感覚が走った。これは……魔法に違いない。
(右? 左? ──いや、上!)
「──っ!? 伏せてくださいっ!」
私の声に素早く反応したリアが、ミリアムを突き飛ばして地面に身を投げ出す。するとそのすぐ上をなにやら黒い物体が高速で通過していった。──この禍々しい闇の魔力は、間違いない。
「──ライムント。また現れましたね?」
パンパンパンと手を叩く乾いた音が森に響いた。続けて耳障りな声も聞こえてくる。
「ピンポーン! 正解だよティナちゃん! ご褒美に何欲しい?」
ライムントは頭上2メーテルほどのところにある木の枝に腰掛けて足をぶらぶらさせていた。相変わらず腹の立つ態度だ。
「あなたと遊んでいる時間はないんですけど!」
「まぁまぁ、そうカリカリしないで? 今日はティナちゃんをいじめに来たわけじゃないから」
「さっき攻撃してきたじゃないですか!」
「あれはティナちゃんを狙ったわけじゃないって。そこの邪魔な氷使いにおねんねしてもらおうとしただけだけど、上手くかわされちゃったなぁ……くくくっ」
そんなことを言われてミリアムが黙っているわけがない。地面から立ち上がったミリアムはその布面積の狭い服をパンパンと叩いて前についた汚れを落としながらライムントを睨みつける。
「ちょっと! ちょっとちょっと! どーしてくれますの! 服が汚れたんですけど!」
「はぁ? そんなん知らないけど」
「あなた、後輩ちゃんと同い年ですわよね? ──年上に対する態度がなってないのではなくて?」
ミリアムの怒り方は、いつも通りのミリアムの怒り方で、一触即発の空気であるにも関わらず安心感さえ覚える。
「立場わきまえてないのはそっちの方じゃん? 僕がその気になったら何回でもお前を殺せるの分かってる?」
「なんですって!? この前わたくしと戦って負けて逃げた弱虫がなにを言ってますの!?」
「いや、何をどう勘違いしたら僕が逃げたってことになるのか分からないんだけど……」
(それにしてもこの二人、ほんとに話が噛み合わないな……主にミリアム先輩のせいだけど……)
私はいつどちらかが爆発して魔法の飛び交う修羅場と化してしまうか気が気でなかった。
「降りてきて正々堂々勝負なさいこの弱虫! ほんとにタマついてるならわたくしとタイマンしなさい!」
「上等だ、泣かすぞクソ女!」
「やば……避けてリアさん!」
慌ててミリアムから距離をとって地面に伏せると、頭上から襲いかかってきた闇の奔流とミリアムが放った巨大な氷の塊がぶつかり合って、ガッシャァァァァンッ! と激しい音を立てた。砕け散った氷の欠片がそこらじゅうに飛び散る。
ミリアムはその一撃に全力を尽くしたのか、その場に膝をついて荒い息をつき始めた。対する枝の上のライムントは平然としている。
いくらミリアムが優れた魔導士であるといっても、七天であるライムントとは天と地ほどの実力の差がある。それほど、七天というのは類まれなる能力の持ち主なのだ。
「危なっ! やりすぎですよ!」
「あー、そうだなぁ。僕はこの女とやり合うためにティナちゃんに会いに来たんじゃないんだよ」
「──というと?」
「ティナちゃんに会うためにティナちゃんに会いに来たというか……?」
「言葉遊びをしている時間はないんですけど? 目的を端的に説明してください」
次の瞬間、目の前にライムントが立っていた。魔法で瞬間移動してきたのだろう。彼の黒髪の下でその髪と同じくらい漆黒の眼が妖しく光る。
「聞いたぞティナちゃん。──ヘルマー領はティナちゃんのおかげで復興しかけてるんだってな。あんなに死に体だった領地をこんなに短期間で立て直すその手腕をアルベルツ侯爵は評価されている」
「つまり……何が言いたいんですか?」
私はじっとライムントの瞳を見つめ返した。この人は昔から何を考えているのかいまいち分からない。表面上の表情は読み取れてもその裏に隠している本音まではとても……。
ライムントは私の前で左右にうろうろと歩きながら呑気な口調で続けた。その様子からは敵意は感じられなかった
「つまり僕が言いたいのは……。──ティナちゃんお前、アルベルツ侯爵家に来ないか? 侯爵は特別待遇で雇ってやると言ってるし。ティナちゃんと僕が力を合わせればセイファート王国は愚か、周辺の四国も制圧して天下を取れると思うんだけど。──どうかな?」
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