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翌日、すっかり太陽が上った頃。私とシーハンは首席に謁見することができた。捕まっていた私が国の元首に会うことができたのは、ひとえにシーハンのお陰だ。彼女が「首席に会いたい」と言えば、一も二もなく承諾され、付き添いとして私の同伴も許された。
私はシーハンに連れられて、モウ首席がいるという広間に通されたのだが……。
(広い……こんな広い部屋見たことない……)
装飾できらびやかに飾られた、高さ5メーテルほどはあろうかという巨大な扉が開かれた瞬間、私はその広さに圧倒された。
天井は扉の高さよりも更に倍近く高いだろうか。幅は30メーテルほど、奥行きは50メーテル以上はありそうだ。部屋の奥の方は一段高い造りになっており、底に玉座や側近の座る金色に輝く豪華な椅子が設置されている。
そして部屋一面を覆うゲーレ風の装飾、彫刻の数々。左右に並ぶ色とりどりの衣服を着たゲーレ首席親衛隊。ちなみに衣服の色は兵士の階級を表していると聞いたことがある。
とにかくその全てが衝撃的で、私は軽いめまいをおぼえてしまった。
正面の玉座に座って、広い広間でも十分すぎる存在感を放っているのがゲーレのモウ首席だろうか。ゲーレ人にありがちな細身なイメージとは正反対に、モウ首席は筋肉マッチョのウーリをも凌ぐほどの巨漢であった。歳も国家元首としては若く40代くらいに見える。
袖がなく、裾の短い衣装から覗く両腕、両脚は大木のようで、ユリウスが見たら間違いなく虜になってしまうだろう。
そして、特筆すべきはその顎の辺りから伸びる長い髭、そして椅子の脇に立てかけてある巨大な槍ような武器──方天画戟。ゲーレの元首は戦場の戦闘であれを持って戦うのだろうか……想像するだけで鳥肌が立つ。
足がすくんでしまった私。しかしシーハンは臆する様子なく首席に歩み寄っていく。──段を上り、首席の目の前にたどり着くと、モウ首席はその巨体をゆっくりと立ち上がらせた。
(えっ……えっ? 何が始まるの!?)
動転する私。その視線の先で、首席はシーハンの身体をしっかりと抱きしめた。
「ぶふっ!?」
身長が2メーテルは超えていそうな首席が、女の子としては標準的な身長のシーハンを抱きしめていると、森の中に住むという巨人族が人間を捕まえているような絵面になる。しかも、その手つきは優しげでシーハンもまんざらではない様子なので……。
(昨日のはやっぱり冗談じゃなかったのかも……)
齢18の乙女は内心なにやらモヤモヤしたものを抱えることになった。
抱き合ったまま二、三言言葉を交わしたシーハンとモウ首席は抱擁をやめ、シーハンは段の下まで下がり、モウ首席は私の方へ視線を向けた。そしてその岩のようにゴツゴツとした手で私を手招きする。
(近くに来いということだろうか?)
ゲーレ語を話せない私が自分の胸を指して不思議そうな顔をしていると、首席は深く頷いてもう一度手招きをした。促されるままに段のすぐ下までやってくると、首席は左側に控えていた人物に視線を送る。
「モウ・ジュンジェ首席は、『お前はなんのために我が国を訪れたのか?』とお尋ねです」
流暢なセイファート公用語。よく見ると、傍らの人物はこの間出会った長身のイケメン──ルオシェンだった。首席はただ目配せをしただけで、絶対そんなこと言ってない気がするが、ルオシェンの言葉にゲーレ語が分かるはずのシーハンも異を唱えない。
「私は、モウ首席をはじめゲーレの皆さんに謝罪をしに来ました」
素直に答え、謝罪の意味を込めて深々と頭を下げると、ルオシェンが私の言葉を通訳するよりも前にモウ首席は深く頷いた。──これはセイファート公用語を理解しているのかもしれない。
「モウ首席は『我が国の兵士を大勢犠牲にし、我が娘を危険に晒したセイファート王国の行いは断じて許すことはできない』と仰せです」
(やっぱり……すんなり許してくれるわけないか……)
すると突然、首席の右側の席から小さい女の子がすっくと立ち上がった。あのフリフリの衣装は首席の娘のイーイーだ。どうやらイーイーとルオシェンはライムントの死の霧から逃れることができたらしい。もっとも、彼らが死んでいたらゲーレは有無を言わさずにヘルマー領を攻め滅ぼしているだろうが。
「そこのちびっ子はあのふざけた魔法を使った奴らの一味なのよ! 見せしめに殺すのがいいわ! さっさとやりなさい!」
「お控えくださいお嬢様。この場の指揮権は首席にあります」
「きーっ! ──ねぇお父様ぁ……こんなやつさっさと八つ裂きにして、死骸をアルベルツ侯爵に送り付けてやりましょうよー!」
イーイーの言葉に私の背筋は凍った。一つ間違えればイーイーの言うとおりになっていた可能性があるということだ。ここはモウ首席の寛大さに感謝するしかない。
モウ首席は娘を手で「邪魔だ」と言わんばかりにシッシッと追い払う仕草をした。イーイーはふくれっ面になって地団駄を踏んだ。
「アタシのかわいい兵士たちを殺して……ぜーったいに許さないから! 地獄の底まで追いかけていって必ずお前らとライムントの首を持ち帰ってくるつもりだから!」
「お嬢様!」
「チッ!」
ルオシェンに一喝されてさすがにイーイーは黙ったが、場の空気は一変してしまった。広間の左右を固める親衛隊たちが、明らかに私を睨みつけ始めたのだ。首席の御前でなければ私の命はなかっただろう。
(いざ殺意を向けられてみるとすごく怖い……でも覚悟していたことだし……)
私にもここで怖気付いていられない理由があった。私の交渉の行方には、ユリウスとリアの自由──下手すると命がかかっているのだ。そしてそれはそのままヘルマー領の未来をも左右する。
ふぅーっと深呼吸すると、私は傍観しつつもチラチラと私の様子を気にしていたシーハンに目配せをした。すると彼女はおもむろに両手をパチンと合わせた。
凍っていた広間にその音は異様に大きく響き、全員がシーハンに注目していると、ギーッという重苦しい音と共に広間の入口の扉が開いて、10名近くの召使いと思しき人達が何かを持ってきた。
それは──銀の器に、同じく銀の蓋がつけられた容器で、中には私が作った料理が入っているはずだった。
テキパキとした動きで召使いたちは首席やイーイー、ルオシェンら重鎮の前にテーブルを置いて、その上に料理の器を乗せていく。
イーイーは何事かと動揺し始め、あまり物事に動じなさそうなルオシェンやモウ首席も目を見開いて驚きを露わにしていた。
「さーて、この料理はここにいるティナが皆さんのために作ったものだよっ! ティナをどうするかはこの料理を食べてから決めてもいいんじゃないかなー?」
そう言いながら、シーハンは私にパチーンとウィンクをしてみせる。「後は任せた」ってことだろう。とはいっても私ももはや首席たちがあの料理を気に入ってくれることを祈るしかなかった。
──人事は尽くした。あとは天命を待つのみ。
私は胸の前で両手を握りながら、首席が料理の蓋を開くのを待った。
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