私たちは森を抜けると王国を南北に縦断する街道を南下した。
魔力切れで気を失っていたミリアムだったが、森を抜けるまではリアが背負ってくれて、森を抜けるとリアがどこからか呼び寄せたシルバーウルフのマクシミリアンに乗せて運んでいたので、一週間近い旅路もほとんどお荷物にならなかった。
やがて、前方に黒く高い山脈が見えてくる。山肌が黒く見えるのは恐らくかなり背の高い樹木が生えているからだろう。
山の頂上付近には灰色の雲が帯のようにかかっており、越えるものを拒んでいるかのようだ。
「あの山を越えればオルティス公国ですね……」
「ということはあの山のどこかにサヤっていう人がいるんだね?」
「そうなりますけど……あの山を探すなんてかなり骨が折れそうですね。というか見つかるんでしょうか?」
「なんのためにあたしがいると思っているの?」
弱音を吐いた私に、リアが自信たっぷりに胸を張った。
(いくらリアさんでもあの中からサヤさんを見つけるなんて……砂漠の中の石ころを見つけるようなものだよ……)
「なにか考えがあるんですか?」
ミリアムを背中に背負ったリアは、首を捻ると笑顔で答えた。
「うーん……ない!」
「ズコーッ!」
思わず転びかけてしまった。まあ、リアが能天気なのはいつもの事だが。
「でも、なんとかなるでしょ? 七天っていうのは引かれ合う運命にあるんだと思う。ライムントがティナに絡んでくるみたいに……」
「それはちょっと違うような?」
「うーん、じゃあシーハンがティナに接触したように。ティナがクラリッサに会いに行ったように」
「あー、まあ……確かにここ最近はよく七天の皆さんに会ってますね……」
「ね? だからきっと会えるよ。ティナたちはそういう星の元に生まれているんだから」
「はぁ……」
(リアさんって意外とロマンチスト……?)
この子のことはイマイチ分からない。育った場所が違うから、考え方も普通の人間とは異なったところがあるのだろうか。でも、ここぞというときの思い切りの良さなど、私からしてみても見習いたいところがたくさんある。
「っていっても探す努力はしないとダメですよね……。とりあえず麓の村で聞き込みでもしてみますか……」
山の麓に小さな村を見つけたので、リアにはマクシミリアンやミリアムと共に村の外で待っていてもらって、私は一人で村を訪れた。
セイファート王国で主流の石造りの建物ではなく、村の家々は古びた木造で、十軒ほどが軒を連ねている。家の周りに広がっている畑や田んぼには葉野菜や稲が植えられており、ヘルマー領に少し似た雰囲気もあった。
畑の中に一人、農作業をしている小柄な老人を見つけたので声をかけてみることにする。
「すみません、教えていただきたいことがあるんですけど」
老人は反応を示さない。
「すみませーん!」
「あぁ!?」
大声で叫ぶと老人はやっと顔を上げた。どうやら耳が遠くて聞こえていなかったようだ。
私は畑の縁まで近寄ると、口元に両手を当てながら大きな声で話しかけた。
「私、ある人を探しているんですけど! この辺りにイザヨイ・サヤという人はいませんか!?」
「え!? なんだって!? イザヤ……?」
「イー! ザー! ヨー! イー!」
「うん」
「サー! ヤー!」
「イザーヨイサーヤ?」
(あ、知らないなこれは……)
老人は東邦名であるサヤには馴染みがないようだった。
「じゃあ、私くらいの年齢の女の子があの山に住んでたりしませんか!?」
「──あぁ、お嬢ちゃんくらいの幼子は最近見かけたことはないで」
「誰が幼子ですか! 私はこう見えても18歳、もうすぐ立派な大人になるんです!」
「……嘘は良くないで」
「ほんとなんですー!!!!」
この老人と話していても埒が明かないと思った私は、ため息をつきながら引き返そうとしたが、その時老人がふとこんなことを口にした。
「──そういえば、ここから山へ入って山脈の東の端の方に行ったところに大きな岩の城があるそうな。そこには大地の力を操る魔王が住み着いているとかで、その魔王を見たものは魔王の姿はちょうどお嬢ちゃんくらいの女の子だと言っていたな……」
「……!」
(その特徴はサヤさんかもしれない……!)
にしても岩の城とは……派手なものが嫌いなサヤらしくない。私は少しだけ違和感を覚えたが、有力な手がかりであることには変わりない。
「あ、ありがとうございます」
「えっ、なんだって!?」
「ありがとうございます!」
「はぁ!?」
「あーりーがーとーうーごーざーいーまーすー!」
「どーうーいーたーしーまーしーてー!」
そんなコミカルなやり取りをして私は村を後にした。
リアの元に戻ると、早速山脈の東の端の方に針路をとって山脈の麓を進むことにした。山の中を進むのは、山中に潜む恐ろしい魔獣や、鬱蒼と木が茂っていてマクシミリアンに乗れないということを考えてもあまりにも危険すぎた。
「岩の城かぁ……ハイゼンベルク城も、シンヨウの城もディートリッヒの城もそれぞれ個性があったけれど、今回の城はどんな城なんだろう……?」
人間の作ったものに興味津々のリアは、城のことが気になって仕方が無いようだ。私も、何故サヤが山の中に城を作ったのか理解できない。が、一つ思い浮かぶ理由があるとすれば……。
──シーハンと同じく、ライムントを恐れている。
城とは本来攻めてくるものから身を守るために作るもの。争いを好まないサヤがそれを作るとしたら誰かから身を隠している。そう考えるのが自然だ。そしてその相手として一番考えられるのがライムントだろう。恐らく城に魔力を遮断する細工をして、ライムントが転移して来れないようにしているに違いない。
しかも、サヤは認識遮断の魔法にも優れている。城を丸ごと人の目から隠すなんて造作もないだろう。が、何かの拍子に魔法が少しだけ解けたところに人が通りかかったのだとしたら……。先程の老人が言っていた話も納得できる。サヤのことだから、城を見られた相手も口封じせずに逃がしたのだろう。そのおかげで私はサヤの居場所が分かったのだが。
──と、ここまではあくまで私の予測。本当のところはよく分からない。
さらに数日かけて山脈の東端にたどり着いた私は、壁のような山を見上げてみた。一見、何も無いように見えるが、私にはその頂上付近からはっきりと強力な魔力を感じる事が出来た。
「──ここにいるのはどうやら間違いないようです。ここからは歩いて登りましょう。サヤさんに会えればミリアム先輩も回復できるかもしれませんし、リアさんにかけられた魔法の正体も分かるかもしれません」
私の言葉に、リアはミリアムを背負いながら深く頷いた。
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